33───────────ガラス越しの約束
「冤罪、だったんですね。ユリアさんのお父様」
ヨーコが、つぶやいた。
ここは、留置場の中。
薄暗く不気味な空気が漂っている。
防弾ガラス越しに向かい合ったヨーコとユリアの顔は、白く幽霊のように浮かび上がって見えた。
「冤罪が、あなたの家族を壊してしまったんですね…角川くんから聞きました。だから、あなた達が刑事を皆殺しにしようとしたことも」
「…」
ユリアは、目を上げない。地の底を見ているかのように、彼女の瞳は光を失っていた。
「でも…どんな理由があろうと、あなたが人を傷つけたことに変わりはありません」
ヨーコは、喋り続けた。
「ザザ先輩は回復して、もういつも通りチャキチャキやってます。
でも、松田さんは未だに立てません。現場復帰には、まだまだかかるでしょう」
「…」
「ユリアさん。
私は、あなたに知ってほしいことがあるの」
ヨーコは、更に続けた。
「あなたは、こういう風に思ってるんじゃないかしら。
―――刑事は、ただ人を捕まえては脅し、傷つける存在だと」
「…」
「確かにそうよ」
ヨーコは、俯いた。
「悲しいけど、そうなの。理由なく罪を犯す人は殆どいないのに、容疑者の動機や感情なんて、汲み取って上げられない。
できるのは、捕まえることだけ。
ミスをすれば、いろんな人を傷つけるわ」
「…」
「冤罪なんて、その典型。でもね…」
ヨーコは、膝の上で、ぎゅっと拳を握り締めた。
「わたしは、あなたと約束したい。
今はまだ、未熟だけど…、私はいつか、被害者だけじゃなく、容疑者のことも汲み取れる刑事になりたい。どうして事件を起こしたのか、なぜ罪に手を染めなきゃいけなかったのか。
私は、それを考えられる刑事になりたい」
ユリアが、顔を上げた。
光の無い眼差しが、ヨーコを捕らえた。
「容疑者の声を真っすぐ聞くことができたら。
そしたら、冤罪なんて起こさなくて済むわ。
きれいごとって笑われるかも知れないけど、でも、私はそういう刑事になる!!約束する!!」
「…どうして、その約束を私としたいの?」
ユリアが、ちょっとだけ笑った。
「あの山川って刑事と約束すればいいのに。
相棒なんでしょ?」
「あの人は、刑事じゃないわ。相棒でもない」
ヨーコが、ユリアに答えるように笑った。
「でも、私はあの人から、大切なことを教わった気がするの。
本人には、言えないけどね…」
ヨーコは、小指を差し出した。
ガラス越し、ユリアの正面に。
「私は、あなたとタケルさんの逮捕を、ムダにはしたくないの。
お願い。
約束させて。
二度と、こんな悲しい冤罪を起こさないって」
ヨーコの瞳は、どこまでも真っすぐだった。
強い光の眼差しは、ユリアを奥底まで貫いた。
「…わかったわ。約束よ」
ユリアが、背筋をのばした。
いつもの清楚な微笑みが、わずかに浮かんでいた。
ガラス越しに、2人の小指が触れ合った。
その時、ユリアの脳裏に蘇ったのは。
あの夏の日の、青い青い海と、幸せいっぱいに笑う家族の写真だった。