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27───────────潜入!天使の館!!

「岩波さん…」

角川が、ふらふらしながら呼んだ。

「ぁあ?」

面倒くさそうな声が、前方から返ってくる。

どうやら、上司はご機嫌斜めだ。

こんな時は、言動に気を付けなければ。

わずかな失言が、岩波の怒りの導線に火をつけてしまう。

角川は、大事をとって「何も言わない」ことに決めた。

重い足を引きずりつつ、上司の後ろをついていく。


ここは、多摩川沿いの遊歩道。

京王多摩川駅で電車を降りた二人は、右手に川を臨みながら、延々と歩き続けていた。

自転車をレンタルすればもっと楽だったかもしれない。

しかし、今の二人には自転車に乗って倒れないようにバランスをとることは出来ないように思われた。

歩くだけで足元がふらつき、大きく左右に身体が揺れてしまう。

そんな状態だった。

ヨーコ達よりもひと足早く井の頭公園を脱出した岩波達は、自力で本町署まで戻ってきた。

マドンナ達が次々に運ばれていると知っても、岩波は病院行きを拒否した。

「文春を一刻も早く助けてやらなきゃならねぇんだ。俺たちに休んでる暇なんてねぇよ」

岩波がそう決意した時、ペアを組む角川も従った。

勿論彼は病院に行くこともできた。

けれど、そうしなかった。刑事の1人での行動は、時に命取りになる。

井の頭公園で二人が助かったのは、お互いに助け合えたから。

どちらか一方でも欠けていたら、冷たい水底で死んでいただろう。

それを思うと、角川は身震いした。

だから、岩波に従うことを決めた。

周囲には反対された。

ザザなどは「ボスと一緒にいるなんて、あんた命が惜しくないの?」とまで言った。

けれど、決心は揺るがなかった。

少しでも、岩波の役にたてたら。

少しでも、事件解決の力になれるなら。

自分は、なんだって出来る。

…それに、角川は今、岩波のことを恐ろしいと思わなくなっている自分に気付いていた。


二人は、川面に映し出される朝の光に目を細めた。

川がこんなに美しいとは、いままで思ってもみなかった。

二人は真っすぐ、ある家を目指していた。

桜の大木の木陰にたたずむ、西洋風の家。

そこが、被疑者の家であるとヨーコから知らされたのは、夜明け前のこと。

一晩中、被疑者の男は黙秘を続けていた。

文春の居場所はおろか、名前すら吐かない。

その時、困惑する刑事達の前に、ヨーコと見知らぬ青年が現れたのだ。

ヨーコが被疑者を逮捕したと知っていながら、岩波は彼女を見て見ぬ振りをした。

気まずい空気がその場に流れる。

角川も気が気ではなかった。

一言くらいヨーコに言ってやって欲しかった。

が、岩波は無言だった。

沈黙を破ったのは、プリン頭の青年だった。

彼は男の顔を凝視し、岩波達にこう告げた。

「こいつは、佐藤ユリアの弟だ」

「誰だ、それは?」

岩波はヨーコを無視しながら山川を睨み付けた。

「それに、お前は…?」

山川は後の問いを完全に無視した。

「ヨーコ…じゃなくて桐原刑事が、この男の住みかを知ってるはずです」

「?」

今度こそ、岩波はヨーコに目を向けない訳にはいかなくなった。

嫌々、といった感じで口を開く。

「…被疑者は、どこに住んでる?」

うつむきがちだったヨーコの表情が、ぱあっと太陽のように明るくなった。

…その表情を、川辺を歩く今も、角川は忘れることができない。

致命的なミスを犯してから彼女が刑事たちに見せた、初めての笑顔を。


ヨーコから「天使の館」の所在地を聞き出した岩波は、すぐさま行動に移った。井の頭線から京王線に乗り換え、ここまでやってきた。

そして二人は、桜の花散る館の、門の前に立った。

 *

「おい、お前もっと速度でねえのか?!」

山川が後ろから怒鳴る。

「出ないわよっ!!」

必死にバイクを走らせながら、ヨーコが叫んだ。

免許をとってからというもの、全くといいほど乗っていなかったバイク。

1人で乗るだけでも、事故を起こしてしまいそうでドキドキするのに、後部座席に山川までもが乗っている。

緊張で手のひらには汗をかいていた。

「早くしないと、あの岩波って刑事に手柄取られちまうぞ!!」

再び山川が叫んだ。

風が、声を後ろに吹き飛ばしていく。

「手柄ってー?」

バイクの轟音に負けないように、ヨーコは必死に大声を絞りだした。

「だからあ、」

山川が怒鳴る。

「佐藤ユリアを逮捕してぇ、文春を救出する手柄だよっ」

ガタン!!

バイクが大きく揺れた。

ヨーコが小さく悲鳴を上げ、山川は思わず彼女の腰に手を回す。

しかし、何事も起こらずにバイクは走り続けた。

「びっくりしたぁ…」

ヨーコが浅い息のまま胸を撫で下ろす。

「びっくりしたぁ、は俺のセリフだよっ」

山川があわてて腕をヨーコから離した。

「死ぬかと思ったじゃねーか」

「おおげさなんだからっ」ヨーコがクスッと笑った。「おおげさじゃねぇっ」 山川はまだドキドキしているようだ。

「お前といると、殺されかねないっ!」

「…何よソレ」

バイクは、多摩川のほとりに出た。

そのまま、唸りを上げて突き進む。

「あのねっ!」

ヨーコが山川をチラッと振り返った。

「あたし、手柄とか、どうでもいいんだ!!」

「まえっ!前見ろって!」山川は気が気ではない。

あわてて目を前に戻し、ヨーコは続けた。

「早く、文春くんが助かれば、それで良いの!」

「…!」

山川は、目をパチクリさせた。

ヨーコが、変わった。

彼はそう感じた。

つい昨日まで、自分のミスを帳消しにする、ただそれだけの為に事件を解決しようとしていたのに。

彼女の意識は今、自分の利益から遥か遠くへと向かっている。

被害者を助けること、

事件を終わらせること、

不安な表情を笑顔に変えることへと…。


二人の眼に、ひらひらと舞う一枚の花びらが映ったのは、そのすぐ後のことだった。

「佐藤ユリアだな」

玄関が開くなり、岩波は強引に中へ押し入った。

「!?」

清楚に応対したユリアは、突然のことに棒立ちしている。

それをいいことに、岩波は勝手に家に上がり込んだ。「ちょっと!何してるんですか!」

ユリアが叫ぶ。

しかし、岩波はそれを無視した。

行く先々で部屋のドアを開け、室内に顔を突っ込んでは、文春の気配が無いか確かめていく。

「佐藤ユリアさん、ですね」

後から入ってきた角川が、丁寧にユリアに一礼した。すすけた背広の内側から警察手帳を取り出し、彼女に見せる。

「警察の者です」

「…」

「佐倉文春誘拐・監禁容疑ならびに殺人未遂現行犯で、あなたの弟が逮捕されたのは、もちろんご存知ですね?」

ユリアが、小さく頷いた。「…ニュースで見ました。本町署の刑事の方々が皆お怪我なさったとか」

「ええ」

「でも、この5年弟には会っておりません。

タケルが逮捕されようと、私には関係の無いことです」

ユリアは早口に言い終えると、岩波を止めようと後を追った。

後ろで、角川が氷柱のような微笑みを見せているとも知らずに…。


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