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23───────────刑事抹消計画


「うっ…」



微かな呻き声。


それが、自分の発したものだと気付くまで、少し時間がかかった。


重い瞼をそっと開く。


地面がオレンジ色にチカチカと照らされ、瞼の裏側まで炎の色に染めていた。


「先輩。…新潮先輩っ」


誰かが、呼んでいる。


ザザは瞬きし、その声の主を見つけて微笑んだ。

「ヨーコ…」

「先輩。もう大丈夫ですから」

桐原ヨーコが、頼もしい表情で言った。



あの、最初の爆発。

ザザ達は幸運なことに、その直撃を受けることはなかった。

それでも大きく吹き飛ばされ、ザザは全身を強く打ち付けて意識を失ってしまったのだ。

その後どうなったのか、全くわからない。

「…松田くん!」

はっとしてザザが叫び、上体を起こす。

それをヨーコは慌てて止めた。

「ダメですよっ、まだ立ち上がったりしちゃあ!」

後輩の腕が、少々手荒にザザを押し戻す。

「松田くんは!?」

夢中で叫ぶ。

「私と一緒に被疑者を待ち伏せしてたの…松田くん!!」

「先輩、落ち着いてください!」

めずらしく取り乱したザザを見ると、ヨーコも落ち着かない気分になってしまう。

「松田さんは…怪我してるけど、大丈夫ですから!」言ってから、ヨーコはチラッと脇に目を走らせた。

山川が、倒れている刑事の傍らに屈みこみ、止血しようとしていた。

二人が見つけたとき、この松田という中年刑事は、ザザを守るように多いかぶさっていた。

背中には被疑者に刺されたらしい深い傷が、数ヶ所刻まれており、そこから流れだした血が地面に跡を残している。

山川が懸命に止血を試みているものの、彼の意識は既に無かった。

果たしてこの状態を、「大丈夫」と言えるのだろうか?

それも知らず、ザザは安心したかのように再び目を閉じた。

ヨーコが羨ましがっていた長い睫毛が、火の粉で焦げてしまっている。

「救急車…早く来て…」

祈るような気持ちで、ヨーコは呟いた。

池の周りは炎に囲まれ、もはや逃げることは出来ないのだ。


「血ぃ、止まってきた」

山川が呟いた。

ヨーコは振り返り、松田刑事に目を落とす。

蒼白な顔面。

ぴくりとも動かない、血まみれの身体。

「早く病院に連れていかないと、本当に死んじまうぞ」

そう言った山川の手も、松田の血で真っ赤だった。

山川は、いつの間にかTシャツ姿になっている。

自分のコートを引き裂いて傷口をふさいだのだ。

山川のピストルは、コートのポケットから取り出され、ジーンズのベルトに収まっている。

それを見たヨーコは、一瞬吐き気に近い嫌悪感を覚えた。

どんなに事件解決のために尽くしてくれようと、やはり山川は犯罪者だ。

このピストルを撃ち、人を殺すことも出来るのだ。

しかし、今はそんなことを言ってはいられない。

ピストルから目を離し、ヨーコは山川に呼び掛けた。「一応救急車は呼んだわ。でも、公園から逃げてきた人の看護で手一杯みたい。おまけに…」

「こんな火の海じゃ、さすがに来れないよな」

山川が周りを見回した。

炎は、すぐそばまで迫っている。

樹を焼き、花を焼いたその勢いは凄まじい。

救助が来るまでには、ここも炎に飲み込まれてしまうだろうことは、二人にもわかっていた。

「もう、逃げ道は一つしかねぇな」

山川が苦笑いした。

「?」

ヨーコは不安げに山川を見つめる。

炎の熱で、呼吸すると肺が焼けてしまいそうに痛む。「池に飛び込むぞ」

山川が告げた。


被疑者の男が動きだしたのは、その時だった。

急に立ち上がった彼は、ポケットからビンを取出し、何やら液体を振りまいた。そして、迷うことなく山川に向かってきた!

「!」

ヨーコは息を詰まらせた。男が手にしているのは、小さいカセットテープのようなものだ。

しかし、ヨーコにはすぐに察しがついた。

爆弾だ!

山川は男に背を向けていて、気付かない。

とっさにヨーコは山川の手をつかみ、ひきよせた。

「ぅわっ!!」

山川が驚いた声をあげ、引っ張られた弾みでヨーコにぶつかる。

次の瞬間。


ドカァン!!


すぐ背後で、小さな爆発が起きた。

立ち上がった火柱は小規模だったが、威力は大きい。二人は宙に投げ出された。そして、そのまま池のほとりに叩きつけられる。

「ぅあっ!」

背中を打ち付け、あまりの痛みにヨーコは叫び声をあげた。

その横を、男が走り去っていく。

「待て…っ!」

山川の声。

しかし、男は池に飛び込むと、あっという間にどこかへ泳ぎ去った。

ヨーコのぼんやりした視界に山川が現れた。

「無事か?!」

「う…ぅん…」

なんとか身体を起こす。

背中がひどく痛み、ヨーコは顔をしかめた。

「いた…っ」

しかし、顔を上げて山川の姿をはっきりと見たとき、その痛みは吹き飛んでしまった。

「やっ…!!」

山川は頭から血を流していた。

血は筋となって、ヨーコの膝にも落ちてくる。

「大丈夫!?」

慌てて、手を彼の額にあてた。

ぬるっとした生暖かい感触。

「え?あぁ、大したことないよ。心配すんな」

こんな時だというのに、山川は笑って答える。

しかし、彼が一瞬、痛みに顔を歪めたのをヨーコは見逃さなかった。

「痛いんでしょう?なんで嘘つくの!」

「痛くねぇって!」

「バカ!!」

ピシャッと怒鳴ると、ヨーコはボロボロになってしまったシャネルのバッグからハンカチを取り出し、山川の額に当てた。

「なんでバッグからハンカチが出てくんだよ」

山川が面白そうにヨーコを見つめる。

「普通ポケットから出すもんだろ。お前トイレで手、洗ってないんじゃねぇの?」

「おだまりっ」

…素直に感謝しなさいよ!そう思いながらも、ヨーコは何も言わなかった。

そして、振り返った。

すぐ背後に、燃え盛る炎の波。

ザザと松田は、運良く爆発に巻き込まれない位置に倒れていた。

それを見て、ほっと安堵する。

ズキズキ痛む背中と力の入らない脚。

ユリアに殴られた頭も、鈍く痛んでいる。

それでもヨーコは、力のかぎり動いた。

まず軽いザザをひきずるようにして池の傍まで運んでくる。

松田も同じように引きずってみたが、ヨーコの弱った力では、なかなか 難しい。

すると、山川がふらつきながらも歩み寄ってきた。

無言で松田を背負い上げる。

ヨーコはなるべく山川に負担をかけないように、松田を支えた。

こうして二人を池のほとりまで連れてくると、ヨーコも山川も疲れ切ってしまって、もう立ち上がることもできなかった。

あとは、炎に飲み込まれる前に救助されることを祈るしかない。

幸い、池のほとりの土は湿っていた。

火の勢いも少し衰えるかもしれない。

「…もう、気付いてるよな」

山川が擦れた声で呟いた。「被疑者の狙いは、身代金じゃなかった。金なんて、とっくに燃えちまってる」ヨーコも、小さく頷いた。わかっている。

被疑者の狙いは、なるべく多くの刑事を傷つけることだった。

文春を攫うことで佐倉長官に精神的ダメージを与え、更に身代金受け渡しのために集まってきた刑事たちを火の海に陥れた。

「おっそろしい刑事抹消計画だな…」

絶体絶命だというのに、山川がニヤリと笑った。



ついに、犯人の恐ろしい狙いが明らかになりました!絶体絶命の二人。

傷を負い、力尽きています。


二人の運命は…?

そして、文春はどこに?

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