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20───────────炎と爆発

「ああっ!!」

角川が大声を出す。

稲荷は炎の柱に飲み込まれ、ごうごうと燃え盛っていた。

「新潮さん達が!」

角川は岩波が止めるのも振り払い、木の橋を駆け出した。

ザザ達があの炎の中にいる。

助けないと!!

煙は今や池の水面を濃く漂い、白い靄となって迫ってきた。

焦げ臭い匂いが、つんと鼻をつく。

ガソリン系の油が爆発したようだ。

「角川止まれ!」

岩波の大声が響いた。

「え?!」

訳が分からないまま、角川は足に急ブレーキをかける。

稲荷のある対岸まではあと少し。

どうして立ち止まる必要があるのか、角川にはわからない。

「早く行かないと!!」

角川は岩波に怒鳴った。

「新潮さん達が危ないんですよ!岩波さんは2人を見殺しにするつもりなんですか?!」

「ちげぇよ!とにかくそれ以上動くな―――」

岩波の言葉が終わらないうちに。

ドカアァァン!


角川は、何も聞こえなくなった。

煙にかすんだ風景が、ゆっくりと目の前で回転していく。

「うぁ…!」

ふわあっ、と体が浮く感覚があった。

何の重力も感じずに。

次の瞬間、彼は岩波の足下に叩きつけられた。

「っ!!」

激しい痛みが全身を貫く。呼吸ができない。

息が詰まっている…!

「角川!」

岩波の焦った声が上から降ってきた。

「角川、角川!!」

何度も、頬を叩かれる。

反応したくても、角川にはできなかった。

酸素がほしい。

息がしたい…。

ぐらぁっ。

再び、体が浮き上がる感覚が走った。

「うわぁっ!」

岩波の叫び声がする。

朦朧とする中で、角川は落ちていった。

深い深い、闇へと…。


「橋が!」

稲荷にむかって走っていたマドンナが悲鳴をあげた。古い木の橋は、稲荷に近い側で爆破され、火を吹き上げている。

欄干も吹き飛ばされて、水面に浮かんでいた。

「岩波さん達が!」

他の刑事も口々に叫ぶ。

橋がぐらっと揺れたのが見えた。

まさか。

刑事達が息を呑む。

ゆっくり、スローモーションのように、橋が傾いていく。

「あっ!」

彼らは、何もできなかった。

橋は、炎に耐えきれず、どんどん池に飲み込まれていく。

マドンナの目が、橋にしがみつく岩波と、彼に抱えられた角川を捕らえた。

「岩波さ…!!」

近寄るまもなく、橋は完全に崩れ落ちた。

岩波達の姿も、橋と共に池に吸い込まれていく。

「いやあぁあああ!!」

マドンナの叫び声が、花見客の騒ぎや悲鳴と重なり合った。

そして。

ドカァン!

ドオオォン!

ズンッ!

ドガアァッ!

マドンナ達の目の前も、煙と炎で一杯になった。

何も見えない。

何も聞こえない。

井の頭公園全体で、火柱が上がっていた。


「桐原さん!しっかりつかまってろよ!!」

山川が呼んでいる。

その声に、ヨーコはハッと我に返った。

崩れ落ちる稲荷や橋に気をとられ、体が傾いていた。「…いったい、何が…」

擦れた声を絞りだし、力の入らない腕で懸命に山川の背中にしがみつく。

山川はそれを感じ取り、自転車をこぐ脚にムチをいれた。

ぐんっ、と自転車が速度をあげる。

ヨーコの髪が風で後ろにたなびき、山川のコートがパタパタと音を立てた。

そこら中に煙が漂っている。

炎が桜の樹を焼き、パチパチとはぜながら辺りをオレンジに染めていく。

「花が…」

あまりに無残な光景に、ヨーコは言葉を失った。

花見客はパニックに陥っていた。

ブルーシートや弁当をその場に打ち棄てたまま、街や住宅地への道へ殺到した。山川はそれに巻き込まれないよう、何度も鋭くハンドルを切った。

そのたびにヨーコは振り落とされまいと山川にしがみつく羽目になった。

けたたましい悲鳴とざわめき。

男も女も、若いものも年寄りも、泣き声をあげている。

負傷した家族や友人を支えている人々。

傷つき、1人で煙の中に横たわっている人を見付け、ヨーコは山川の背を叩いた。

「止まって!」

「えっ!?」

山川がすっとんきょうな声を上げる。

「何で?!」

「いいから早く!!」

キキィーッ。

自転車が大きく前につんのめった。

よろけるように飛び降り、ヨーコは倒れている人の元へ必死に近寄る。

脚がいうことをきかない。人波に逆らうように動く。煙が濃くなってきた。

早く助けなきゃ、あの人は死んじゃう…。

体がふらつく。

視界が煙で霞む。

ヨーコはよろよろと、その人の所にたどり着いた。

白髪の、痩せたおばあさんだった。

煙を吸ってしまったらしく、身動きしない。

「おばあちゃんっ。起きて。早く逃げよう…」

呼び掛けるが、反応がない。

ヨーコはおばあさんの身体を抱き抱えた。

…絶対、たすけるから!!歯を食い縛り、おばあさんを背負うようにして立ち上がる。

早く、池から離れなきゃ。しかし、ヨーコの回りはすでに煙で真っ白だった。

思いがけない程近くに、オレンジの光が見える。

炎の熱は、肌を焦がすかのようにヨーコに伝わってきた。

早く、行かなきゃ…。

必死に、一歩ずつ歩み始める。

右足、左足、右足…。

しかし、数歩もいかないうちに、脚がぐらついた。

あと一歩。もう一歩。

念じるが、脚は棒のように重い。

ぐらぐらっと視界が揺れたかと思うと、ヨーコはその場に力なく崩れた。

「たすけ…なきゃ。逃げなきゃ…」

呟くものの、力が出ない。立ち上がることもできない。

…私、ここで死ぬの?

ヨーコがぼんやりと考えた時だった。

「桐原さん!!」

ふわ、と身体が持ち上げられる。

バシン、と激しく頬が叩かれた。

「いっ…たっ!」

ヨーコが呻く。

瞬きをすると、目の前に山川の顔があった。

すすで黒くなっている。

「どこ行ったかと思った。探したんだぜ?」

「あ…う、うん…」

山川はヨーコを立たせると、おばあさんを背負いあげた。

「つかまって」

右手を差し出す。

すっきりした顔立ちに似合わず、ごつごつした手だった。

ヨーコは、迷わずその手をとった。


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