19───────────激突!井の頭公園!!
先日、あやまってこの話の次の話(炎と爆発)を先に投稿してしまいました…。話が繋がってなかったので、読んでいらっしゃる方々に大変ご迷惑をおかけしました。
今話の後、もう一度次話を読んで頂ければ話がスムーズに繋がります。
本当に申し訳ありませんでした!!
「…来たみたいだ」
マドンナの横でオペラグラスを覗き込んでいた刑事が、小さく叫んだ。
「なに!?」
周りの刑事たちが一斉に池の対岸に目を注ぐ。
小さなか弱い赤い鳥居が、桜の影から僅かに姿を見せている。
そこには、二人の刑事が緊張した面持ちで控えているはずだ。
マドンナの目が、きゅっと細められた。
「あいつだ」
鳥居の元で待つ刑事たちも、“彼”に気付いた。
黒いジャンパーに灰色ニット、サングラスにマスクという怪しい出で立ちの男。ポケットに両手をつっこみ、道の小道を蹴りながら歩いてくる。
桜を楽しむ人々の波に掻き消され揉まれて。
しかし怪しい男は、それでもゆっくりと近づいてくる。
「来たわね…」
二人の刑事の1人――ザザが呟いた。ダイヤモンドダストのように、冷たく瞳を輝かせて。
「…仕留めてやるわ。絶対に」
肉食獣が獲物を狙う目付きだった。
*
「岩波さん!来ました!」興奮して叫ぶ角川の頭を、岩波はすかさずパコンと殴った。
「わかってる!とにかく黙ってるんだ!!」
…最近の若手は、これだから困る。被疑者確保の基本がわかってねぇ。
岩波は心の中で悪態をついた。
二人が立っているのは、古い木の橋の真ん中。
万が一被疑者がこちらに逃走してきたら、二人が食い止める手筈だ。
岩波は背広の懐で、拳銃のボディを触って確かめる。できれば使いたくないが、相手が追い詰められたときに何をしでかすかわからない。
全ては文春を救うためだ。例え自分が被疑者を傷つけることになっても、人質は守らなければならない。
それが刑事だ。
井の頭公園は、武蔵野中から集まった刑事たちによって、完全に包囲されていた。
住宅地に抜けるどんなに細い道も、吉祥寺の街に出る混雑した坂も。
被疑者は、まさに網の中の魚だ。
桜が散る。
池の水面に、花筏が泳ぐ。
男が、赤い鳥居の袂で立ち止まった。
「刑事か」
変声器を使っていない声は妙に甲高かった。
二人の刑事は、じっと動かない。
「身代金。持ってきたんだろうな」
「はい。確かに」
刑事の一人が、足下に置かれた巨大なアタッシュケースを指す。
「5000万に、間違いないな?」
男が念を押した。
二人の刑事たちは、こくりと頷いた。
ザザが、密かに手に握られた手錠を、ゆっくりと握りしめる。
そんな彼女の動きを察知したのか、男が急に怒鳴った。
「あのガキは、俺が無事に逃げ切ったら解放するからな!
手ぇだそうなんて思うなよ!」
刑事二人は、すくみあがった。
どうしたら良いか、まるでわからない。
ここで男を捕らえるつもりだったが、そうすれば文春の身に何が起こるか…。
男が、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「ヨーコ、今4時きっかりだ」
山川が叫ぶ。
その声は耳元をビュンビュンと音を立てて通り過ぎる風に交じって、ヨーコに届いた。
「気やすくヨーコって呼ばないで!!」
殴られたショックから大分回復してきたらしく、ヨーコが怒鳴り、山川の背中をポカッと叩く。
「はいはい。4時になりましたよっ、桐原さん!!」山川がムスッとして怒鳴り返した。
風が、彼のコートをなびかせ、膨らませていく。
二人は、廃材置場に捨てられていたボロ自転車を盗みだし、それに乗って井の頭公園へと突っ走っているのだった。
もっとも、自転車を盗み、タイヤに空気を入れ直し、油をさすという大作業をパッパッと遣り遂げたのは山川だ。
ヨーコは後頭部の痛みでぐったりしながら、ドラム缶に寄りかかっていただけだった。
けれど、山川を止めもしなかった。
捨てられていたとはいえ、自転車を盗むのは確かに犯罪だ。
けれど、それを咎めている場合ではない。
文春の命がかかっている。山川は自転車の後部座席にヨーコを座らせ、しっかりと自分にしがみつかせた。そして、猛スピードでこぎはじめたのだ。
「4時ってことは、被疑者はもう現れてるってことね?!」
ヨーコが、後ろから山川に呼び掛ける。
「ああ。そうだな」
「じゃあ、もう警察に捕まったかしら?」
「イヤ」
山川の返答は、確信に満ちていた。
「奴らは、捕まらないさ。何も知らない、警察どもにはな…」
「…?」
ヨーコには、よくわからない。
けれど、迷うことなく井の頭公園へひた走る山川の背中を見て、彼女もまた確信していた。
…あんたは、全部わかってるのね。この事件について、何もかも…。
「金。渡せよ」
男が、2人の刑事に迫った。
ザザは、唇を噛み締めた。身代金を渡した後、男を尾行するしかない。
確実に遣り遂げなければ。彼女は、もう1人の刑事に頷いてみせた。
刑事は、重いアタッシュケースを抱え、よろけながら進み出る。
男は、ニヤリとしてケースを受け取った。
「身代金、渡したようね」目を細めたまま、マドンナが呟いた。
そして、キッと周りの刑事達を振り向く。
「みんな、位置について!何があっても、被疑者を逃がすんじゃないわよ!」
「ハイ!!」
刑事達は、ビシッと一斉に答えた。
マドンナに命令してもらえて、嬉しくてたまらない様子だった。
「角川、いつ被疑者が逃走してもおかしくねぇからな!!
構えとけよ!」
岩波が声を飛ばす。
「勿論です!」
角川がすぐに答える。
「…それから」
少しボリュームを落とし、岩波がささやいた。
「もし、被疑者が俺達に襲い掛かってくるようなことになったら…」
彼は、やる気満々になっている角川を見つめた。
「お前は逃げろよ」
「…は?」
思わず、角川はガクッとなった。
逃げる!?
「どうしてですか?!私達は銃を持ってるじゃないですか!被疑者なんて怖くも何ともありません!」
「だからこそだ!」
岩波が怒鳴った。
「お前に銃は使わせねぇよ!」
…あの時みたいになったら、どうすんだよ。
岩波の頭の中に、一瞬血に染まった地面がフラッシュバックする。
…絶対、もう二度と、あんなことは…。
角川は何か言いたげだったが、やがて諦めたかのように水面に目を向けた。
視界が開けた。
目の前に広がるのは、大きな池。
着いた。
井の頭公園に着いたのだ。「身代金の受け渡し場所はどこだ?」
ビュンビュン自転車をこぎながら、山川が叫ぶ。
「稲荷神社よ!場所わかる?」
後ろからヨーコが答えた。「あぁ、知ってる!!」
「弁天さまじゃないからね?!」
「弁天さま?ぁあ、カップルで去くと破局するってジンクスのあるとこ?知ってるよ、稲荷はその反対側だろ?」
風が耳元で鳴る。
桜の花が、2人のうえに舞い落ちる。
突っ込んできた自転車に、花見客は慌てて飛びのき、道をあけた。
西日がカッと照りつけてくる。
身代金の入ったアタッシュケースを持ち上げ、男は不敵な笑みを見せる。
その表情に、ザザの背筋がゾクッとした。
そして…
ドオオォン!!
爆音が響き渡った。
稲荷全体が、白い煙であっという間に包み込まれる。何も見えない。
煙は大きく膨らみ、完全に辺りを覆い隠していく。
その中から、オレンジ色の火柱が立ち上った。
「!!」
公園中の時間が止まった。刑事達も、花見客も。
ただ、その炎と煙を見つめていた。
やがて、あちこちで悲鳴が上がり始めた。