14───────────天使の住む家
「どうぞ」
その女性は、ヨーコと山川を、日の当たるリビングルームへと案内した。
吹き抜けの天井から白木の床までをつなぐ、一枚の大きな窓ガラス。
その向こうに、春の花々が風に揺れているのが見える。
二人は、窓際のテーブルを勧められた。
古いテーブルで、脚はロココ風に優雅にうねっていた。
ヨーコも山川も、妙に縮こまりながら並んで席についた。
白いワンピースの女性は、ペンダントをキラキラさせながら紅茶を運んでくる。カタン、と小さく音を立ててテーブルに置かれたのは、ウェッジウッド製のカップだ。
「申し遅れました。わたくし、佐藤ユリアと申します」女性が軽く頭を下げながら言った。
「よろしくお願いします」ヨーコも倣って頭を下げる。
山川が無遠慮にキョロキョロと周りを見回しているので、ヨーコはテーブルの下で彼の足を踏ん付けた。
「いってっ…」
山川が上げた声に、ユリアが不審そうな目を向ける。「ごっ…ごめんなさい、この人、あまりこういう場に慣れてなくてっ」
急遽、ヨーコが笑ってごまかす。
「新人刑事さんなんですか?」
ユリアがしげしげと山川を見るので、ヨーコは気が気ではない。
「え、ぇえ。山川圭司といいます。
これからビシバシ教育するつもりなんですよ」
「そうなんですか」
ユリアが軽く微笑み、二人の向かい側に腰掛けた。
まさか、目の前にいる男が犯罪者だと知ったら、彼女は卒倒するだろう。
「では…」
一口紅茶をすすり、ヨーコが切り出した。
「お聞かせ願えますか。例の男のこと」
「はい」
ユリアが頷いた。
「訪ねてきたのは、30代くらいの男です。中肉中背で、キャップを被って、マスクをしていて…とにかく、顔はよく見えませんでした」
「そして、酸素ボンベを要求した。そうでしたね?」ヨーコが確認する。
「ええ」
女性が頷いた。
ストレートの黒髪が、サラリと揺れる。
「先ほども申しましたように、その時はお断わりしました」
「その男は、どうしてここに酸素ボンベがあると解ったのでしょう?」
ヨーコがもう一口紅茶を飲んでから聞く。
「わかりません…」
ユリアが顔を曇らせた。
「弟さんの知り合いでは?」
山川が口を挟む。
しかし、ユリアは首を振った。
「一応聞いてみましたが、弟も知らないと…」
「そうですか」
沈黙が流れた。
ヨーコは、ダージリンを飲み干した。
ふいに山川が立ち上がった。
紅茶には全く口をつけていない。
「どうしたの?」
ヨーコが訪ねる。
山川は答えず、すっと漆喰の壁ぎわに寄っていく。
そこには、見事な写真の数々が飾られていた。
深いコバルトブルー、鮮やかなアクアブルー。
さまざまな“青”の中を、人間が泳いでいる。
何の重力制限も受けないその様子は、まさに自由そのものだ。
色とりどりの南国の魚たちの写真もある。
大きく成長した珊瑚の写真もある。
どれも、まるで竜宮城のような美しさだ。
「弟さんが撮られたんですか?」
ヨーコが見とれながら聞いた。
「ええ、ダイビングした時に」
ユリアが微笑む。
「二階には、もっと飾ってあるんですよ。ご覧になります?」
「ぜひっ」
ヨーコが子供のように目を輝かせた。
「では、参りましょうか。山川さんもどうぞ」
ユリアが天使のような美しい表情で勧める。
しかし、彼は写真を見上げたまま、動かなかった。
「いや…俺はまだここにいる…」
何かに魅せられたように、じっと見つめている。
「山川さん?」
怪訝そうにユリアが声をかけた。
「いいですよ、あんなやつほっといて」
ヨーコが山川を軽く睨みながら唇を尖らせる。
「勝手にさせときましょっ」
ユリアはいいのだろうか、という表情で山川を見た。が、気を取り直したかのように笑った。
「行きましょうか」