君がみせてくれた世界の色は恋色でした
君の目には私がいる。私の目には何もいない。君はいつも何かを描いている。鉛筆で何かを書くササッといような音。筆を水に浸けるポちゃんという音。絵の具をだしているチューという音。何を描いているのかは分からない。でも、何かを描いているのは音でわかるよ。いつか見せて欲しいな。
私は病気で目が見えない。生まれつきだから、自分の顔も親の顔も知らない。もちろん、空の青さも、星の綺麗さも知らない。知らないことだらけの私に、いつも天気や周りの様子を教えてくれるのは怪我で入院している男の子、広瀬 洸弥。私と同い年らしい。同い年なのに、まるで住んでる世界が違うみたい。だって、洸弥は私が知らないことも沢山知ってるから。私もみたい。空も見たいけど私が1番見たいものは空でも、海でも、親の顔でもない。
朝、目覚めると
「おはよ」
と洸弥の声がした。なんで、洸弥がいるの?まだ、5時くらいなんじゃ。時計も見えないから私には時間という感覚があまりない。だから、時間を考える時は大体、勘と周りの声で判断している。
「美知留、遅起きだなぁ。もう、10時だぞー」
と洸弥が言う。私が思っていた時間よりも4時間遅かったなんて。
「やっぱり気に食わない」
私の名前。小さい頃から嫌いだった。
「名前か。美知留っていい名前だと思うけど」
と洸弥はいつも言う。
「美知留って色んな美しいものを見て、知識をためてるって感じがして私とは真逆」
なんでこんな名前を私につけたんだろ。
「美知留って名前にはおばさんたちからの願いが込められてるって思わね?」
「うわぁ、なにそれ。なんか、キモ。願いというよりかは期待でしょ。目の見えない私に何かを望んでも無駄なのに」
「もしかしたら、いつか見えるかもよ」
「え、なに。走馬灯とか?」
「やめろよ、そういうこと言うの」
「でも、もし走馬灯に何も映らず、真っ暗だったら」
「大丈夫。そうならないようにしてくれる」
会話をしながらも洸弥は手を動かす。今日は水の音があまりしない。でも、絵の具の音はすごいする。色が濃い絵を描いてるのかな。見てみたいな。私が1番見たいもの。
「ねぇ、洸弥」
「なに?」
「洸弥はいつも何を描いてるの?」
「内緒」
「なんで、教えてよ」
「手術が成功して、見えるようになったら教えるよ」
「うん…。絶対成功させる」
「それ言うの医者だろ」
洸弥の声がどこか悲しげだった。洸弥も足の手術がある。洸弥はサッカーの試合中に怪我をした。そのことが今にも鮮明に蘇るそうだ。この手術が成功しなければ洸弥は二度とサッカーが出来ない。もしかしたら、サッカーを嫌いになってしまうかもしれない。サッカーをする洸弥を見た事はないけれど、サッカーについて話す洸弥の声はとても明るい。だから、嫌いになって欲しくない。洸弥の描く絵と同様、サッカーをしてる洸弥も私は見たい。
洸弥の手術日がきた。朝、洸弥は来なかった。お母さんが
「洸弥くん、掛け布団で顔を隠しながら、泣いてたよ。不安と恐怖からくる涙なのかしらね」
と言っていた。洸弥が泣いていた…。私は目が見えない。1人で歩くことも出来ない。でも、洸弥のそばにいてあげることは出来る。母親が仕事に行き、しばらくすると看護師の高森さんの声がした。私は大声で高森さんを呼んだ。高森さんがどれくらい離れた場所にいるか分からなかったからだ。高森さんは
「どうしたの」
と心配そうな声で駆け寄ってきた。私が時間を聞くと高森さんは9時と答えた。洸弥の手術は午後の3時からだからまだまだ時間がある。私は高森さんに洸弥の病室までの送迎をお願いした。高森さんは快く引き受けてくれた。そして、私の手を洸弥の手にもっていってくれた。
「洸弥」
私が声をかけると洸弥の泣き声が薄れていった。
「え、美知留?なんでここに」
「高森さんに連れてきてもらった」
「高森さんに?」
「うん、洸弥が心配で」
「そっか、ありがと」
「うん。何も話さくていいよ。泣いてていいよ。私は見えないから。そばにいるだけだからさ」
私はそっと洸弥を抱きしめた。その後、洸弥はいつまでも泣き続けた。
洸弥の手術は無事成功し、洸弥は今までの無邪気さとサッカーを取り戻した。退院は明後日と言っていた。洸弥とは今日を入れて、あと3日間しか会えない。洸弥の絵を見ることは一生ないのかな。
「あ、俺、退院しても見舞いくるから」
と洸弥はへらへらして言うから、寂しいとは思わない。でも、本当に来れるとは限らないんだよね。私のお母さん、誕生日の日、来るって言ってたけど来なかった。仕方ない。シングルマザーでここまで育ててきてくれたんだもん。だから、伝える言葉は
「嘘つき」
じゃなくて
「ありがとう」
なんだ。だから、洸弥も来てくれたら
「ありがとう」
なんだよね。
洸弥は退院した後も毎日のように来てくれた。サッカーも頑張っているらしい。私は明日、手術がある。怖いし不安だけど、真っ暗な世界より怖いものなんてない。
洸弥の鉛筆の音がいつもと違う。
「洸弥、何書いてるの?」
「手紙」
「手紙?」
「そう、美知留が目が見えるようになった時用に」
「おおー。でも、私、文字読めるかな?」
「あ〜、俺が音読するよ」
「ありがとう」
洸弥は私の楽しみを凄く増やしてくれる。その楽しみは私にとっての生きがいだ。
「美知留ちゃん、行くよ」
と高森さんが私を呼ぶ。私は
「はい」
と返事をし、そのまま手術室へ運ばれた。そのまま、だんだんと意識が薄れていき、気がつくともう手術は終わっていたようだ。私は結果が怖くて、目を開けることが出来なかった。するとお母さんが
「ありがとうございます!」
と何度もお礼を言っている声が聞こえた。そして、洸弥の
「美知留、良かったな。手術成功だってよ」
という声がした。私はその言葉に感動し、ゆっくりと目を開けた。目の前には泣き笑いしてる男の子がいた。誰だか分からないけど、すごく眩しい。部屋を見渡すと沢山の絵が飾られていた。色々な色があって、明るくて、眩しい。キラキラしている世界が目の前にあった。カーテンの裏側には青空が広がっていた。泣き笑いしてる男の子が
「美知留!聞こえるか」
と言った。その子の声は洸弥と全く一緒だった。
「洸弥?」
と聞くと、その子は大きく頷いた。ずっと見たかった洸弥。会いたかった洸弥。やっと、会えたんだ。洸弥の目、すごくキラキラしてて、中には私がいる。凄い。壁に飾ってある絵は洸弥が描いた絵なんだ。どの絵にも私がいる。病室にいる私。空を見上げてる私。一緒にサッカーをしてる私。きっとこの絵は洸弥が見たいと思ってる世界なんだ。私には知らなかった世界を今、洸弥が見せてくれているんだ。
「手紙、読むね」
と洸弥が言った。洸弥の手紙には洸弥の思いが綴られていた。
「美知留、これを読んでいるってことは目が見えるようになったんだね。手術お疲れ様。美知留が今まで見てきた世界はどんなだった?俺が見てきた世界には色があったよ。そんな世界を美知留に見せたくて、絵を描いてたんだ。気づかれてたけど。美知留は俺が辛い時、いつもそばにいてくれた。俺の話を楽しそうに聞いてくれた。美知留はいつも笑顔だったよ。またさ、一緒に出かけようぜ。俺のサッカーの試合も応援来てよ。花火だって、見せてあげたいしさ。新しい世界を一緒にみよう」
洸弥の手紙通り、私は新しい世界を沢山みた。世界の色を知った。ずっと見たかった洸弥の絵も見れたし、洸弥のサッカーをしてる姿も見れた。花火大会だって一緒に行った。ただ1つ、手紙には書いてなかった世界、知らない世界を知った。それは恋の世界だ。私は好きという想いを知り、ドキドキとズキズキの毎日を送ることとなった。洸弥と同じ高校に進学できたけど、女子と仲いい洸弥を見てると嫉妬しちゃうんだよな。
そんな洸弥と私がどうなったかと言いますと
「結婚した!」
「僕と蘭を産んだ!」
「ちなみにお父さんはサッカー選手になって、引退後はイラストレーターになった!」
「お母さんは心理カウンセラーとして活躍してる!」
私達は今、長男の優羽と長女の蘭との4人で幸せな家庭を築き上げている。
世界には色があることを私は知らなかった。世界の色を見たかった。そんな願いを叶えてくれた君。そんな世界を見せてくれた君。色づく世界は、恋をすると、恋色に変わるんだね。
私がみた世界の色は恋色でした。君がみせてくれたから知った世界の色。