Lv2 ネカマになった件 □
眩しい日差しが暗闇を照らす。
もうゲームの世界に入れたのか?
「…ん」
俺は横になって寝ているようだ。
目を開き、体を起こす。
「よいしょ…」
周囲には広大な草原が広がっていた。
すごい…本当に異世界転移したみたいだ。
少し歩いて平原の高台に上る。どうやらここは崖の上だったらしく、ここからこの世界の果てまで見渡せる。
「…」
目の前の光景に圧倒され身が震えた。
広大な平原、生い茂る森、遥か彼方に見える山脈。これが最新ゲームのグラフィックか…もうほとんど実写じゃないか。こんな夢のようなファンタジー世界を探索できるなんて信じられない。
わくわくして来たぞ…!
「う…!」
その時、強い風が俺の髪を撫でた。
「……ん?」
風でなびく俺の髪は、真っ赤な長髪だった。
おかしい…俺の姿は黒髪の短髪だぞ。
俺は自分の姿がどうなっているのかを確認した。
黒い和服を着てる。
腕は細くて綺麗だ。
それに…胸が膨らんでる。
「…」
膨らんだ自分の胸を掴んでみた。
ふにふにと柔らかく形を変え、これが外せるような物ではないことが分かる。流石は最先端のVRゲーム、男の俺には付いてないものなのに感触も感覚も完璧だ。
「…いやいや、なんだこれ!?」
そう叫ぶ俺の声には男らしさの欠片もない。
どうなっているんだ?
このアバターは俺の作ったものじゃないし、これ…まさか性別が…?もっとちゃんと自分の姿を見たい、どこかに鏡みたいな物はないか?
背後を振り返ると、そこには大きな和風の建物があった。
「…お邪魔していいのかな?」
恐る恐る建物の中を覗く。
中は薄暗いが倉庫のようだ、武器の材料のような道具が散乱している。
いや…倉庫じゃない。
あの大きな鉄の作業台はもしかして金床か?
他にも大槌、テコ棒、火箸、水が溜まった水槽など、時代劇に出てくる刀鍛冶が使いそうな器具が散乱している。
ここは誰かの鍛冶場なのか…?
鏡は見当たらないが、あの水槽を覗けば自分の姿が写るかもしれない。
俺は水の入った水槽を覗き込んだ。
「…これが、俺?」
水面にはくっきりと自分の姿が映し出された。
その姿は、どう見ても女だ。
※
長い髪、女性らしい体型、可愛い顔、頭に角!?
しかも尻尾まで生えてる!
「な、なんで…?」
俺の種族は人間だぞ。
しかも性別が女ってどういうことだ?
ゲームを始める前に公式サイトと攻略サイトで確認している。性別は偽れない、男になるはずだ。そもそも俺が作ったキャラはどこにいってしまったんだ!?
「そうだ、ステータス!」
俺は慌てて自分のステータス画面を開いた。
――――――――――――――――――――
名前 [ヨウカ]
性別 女
種族 竜人
職業 鍛冶【竜刀】Lv.1
調合【竜薬】Lv.1
【ステータス】
Lv 5
体力 1000
魔力 50
筋力 15
持久力 10
速度 5
運 5
ステータスポイント(0)
【スキル】
・竜化 Lv0
・竜の瞳 Lv1
・竜鱗生成 LvMax
【装備】
武器 なし
防具 普通の着物
装飾 なし
――――――――――――――――――――
名前はちゃんとヨウカになってる…
でも名前以外は全部間違ってるぞ。
竜人?
竜刀?
そんな単語、攻略サイトでも見たことない。
これって何らかのバグなのか?
…いや、でもこのゲームに限って不具合はあり得ない。
このゲームは完璧を売り文句にしているくらいだ。リリースされてから一年、バグやチートなどの不具合が発生したことがないで有名だ。
バグじゃなかったら…このアバターは何なんだ?
「…」
そういえば攻略サイトである噂が囁かれていた。
このゲームにはレア素材やレア装備以外にも、レアアバターという特殊なアバターが存在するかもしれないという噂だ。
もしかしてこれがそうなのか?
竜の人とか強そうだし。
「だとすると………どうしたものか」
まさかいきなりこんな特別なものが手に入るとは。
こんなアバターを手に入れてしまったら、世界中のプレイヤーから注目されてしまうだろう。どれだけ強いのか知らないけど、このアバターの力を使えば主役級の活躍が望めるかもしれない。
…だがダメだ。
だってこれ、ネカマだし。
ネカマとは男プレイヤーが女性アバターを使用すること。逆に女性が男アバターを使うことをネナベと呼ぶらしい。
攻略サイトを覗いている中で…
“ネカマのいないFOOは神ゲー”
“ネカマを撲滅した運営は神”
“疑心暗鬼にならず女性と接することが出来る”
こんな感じでネットゲーム界隈でのネカマの酷い印象はよく目についた。
俺はこのゲームで数少ない…下手をすれば唯一のネカマということになる。これがバレたらきっと世界中のプレイヤーから総叩きにされるぞ。俺は嘘をつくのが下手なんだ、咄嗟に“俺”とか言ってボロを出すのが目に見えている。
アバターを削除して作り直すか?
でもせっかく手に入れたレアアバター、手放すのは惜しい。
「………」
ふと思ったんだが、ここってどこなんだろう?
ゲームが始まったらまず世界中のプレイヤーが集まる“ゼニス”っていうワールドのマイルームからスタートするはず。ネットで画像を見たけど、ゼニスはこんな和風チックな世界じゃなかった。
「………一先ず落ち着くか」
俺は近くの椅子に座って一息つく。
まだゲームは始まったばかり、分からないことだらけだ。
未知の出来事が続いて気が動転している、もっと冷静になって少しずつ状況を整理しよう。そうすれば今後の身の振り方が見えてくるはずだ。アバターを削除するのは、その後からでも遅くはないはず。
ゲームなんだから楽しむことを忘れちゃダメだよね。