Lv34 ハンナリの日常②
ハンナリは一人で竜刀・千本桜をじっくりと観察していた。
「これに合う桜色の着物でも作ろうかな~」
見栄えのいい刀を手に入れてご機嫌なハンナリは、白紙のレシピをカウンターに敷いて新作着物のデザインを始めた。
その時、再び来客を報せるベルが鳴る。
「こんにちは~」
やって来たのは平凡な見た目の男性だった。
しかしハンナリはその男性の正体を知っている。五大攻略ギルド“神々しき獣”のリーダーであるラグロだ。
「…」
これまでずっと笑顔だったハンナリの表情が一瞬で強張る。
「いやいや、お久しぶりですな」
ラグロはどこか慎重な足取りで店内に侵入する。
「まさか復帰してくれてるとは思わなかったよ」
「…」
「相変わらず見事な品揃えだね。また防具でも新調してもらおうかな」
「…」
「えっと…」
いくら喋りかけてもハンナリから言葉が返ってこないので、ずっと余裕ぶっていたラグロの調子が乱れる。
「…攻略組のお偉いさんが、こんな陳腐なギルドにどんな用でしょう」
やっとハンナリの返事が聞けても、その声音は酷く冷たいものだった。
「ここには攻略に役立つ装備はありませんよ」
「いやいや、そんなことは…」
「それともまた私たちを厄介事に巻き込んで破滅させるつもりですか?」
「うぅ」
辛辣すぎるハンナリの対応に、ラグロは苦悶の表情を浮かべながら音を上げた。
「その…半年前の件は申し訳ありませんでした」
「…」
「うちのギルドメンバーの勝手な行動のせいで、ハンナリさんと親友さんの大切な居場所を奪ってしまった。無法を犯した奴らはもうこのFOOの世界には居ないからどうか安心してほしい」
「はぁ」
「和道の装が活動を再開させるなら、同盟や宣伝などの援助を…」
「結構です。目立ってまた変な輩に目を付けられるのは嫌なので」
ハンナリは容赦なくラグロの提案を突っぱねる。
「もう攻略組に関わるのは二度と御免なので、変な詮索とか妙な噂を流さないでくださいね?」
「了解…」
ラグロは今のハンナリの活動方針を尊重して言葉を選ぶ。
「それでも必要なことがあったらいつでも連絡してください。騒ぎが起きないよう可能な限り裏でサポートしたいので」
「…」
冷たい態度を崩さないハンナリだが、内心では困っていた。
(ワカナの件でラグロくんを責めるのも違うんだけどねぇ)
半年前に起きた事件…それはワカナのPK騒動のことだ。
しかしラグロはその事件において加害者側ではあるが、被害者でもある。なので全ての罪を彼に背負わせるのはハンナリの本意ではない。
(…あ、そうだ)
そこでハンナリは手元にある竜刀を見てあるアイデアを思いつく。
「この素材を探してるんだけど、何か情報はない?」
ハンナリは素材図鑑から切り取った二つのデータをラグロに渡した。それはヨウカに見せてもらった竜刀レシピの中で、気になっていた刀の必要素材だ。
「これは…かなりのレア素材ですね」
データを見てラグロは険しい表情に変わる。
「二つともギルドの共有ボックスに保管されてるけど、申し訳ないがこれを見返り無しで手放すのは難しいかな。昔に比べてうちも巨大ギルドになっちゃったから」
個人的な理由でギルドが管理するレア素材は渡せない。
それは当然の判断だ。
「なら取引しましょう」
ハンナリもその答えが返ってくることは分かっていた。
「この刀を無期限でレンタルさせる代わりなら、その素材に釣り合うでしょ」
そう言ってカウンターに持っていた刀を置いた。
「刀?」
ラグロは訝しみながら桜色の刀を手に取る。
「………」
そしてステータス画面を開いてしばらく沈黙した。
「…最近、オークション界隈で偽物の竜刀が出回るようになったんだ」
「へぇ」
「うちで落札した“竜刀・日炎”と七聖戦士団が落札した“竜刀・風刃”は攻略で大活躍してて、もう世界中でその名が知れ渡ってるくらいだ」
「そこまで話題になれば偽物も出回るでしょうね」
「偽物と本物の区別なんて武器コードとステータスを見れば一目瞭然なのに、騙されて購入するプレイヤーが後を絶たないんだ」
「相変わらず治安悪いなぁ」
急に語られた竜刀の偽物問題。
その話題が出るのも、ラグロの手に本物があるのだから無理もない。
「でもこれは間違いなく本物…三本目の竜刀だ!」
竜刀を手にしたラグロは興奮していた。
「まさかハンナリさんが竜刀の制作者!?」
「違うよ」
「じゃあ誰が?」
「詮索するならこの取引は無かったことに…」
「待ってください」
ラグロは我に返って深呼吸を挟んだ。
「ちょっと混乱してきた…これまでの話を整理しますね」
「はい、どうぞ」
「まずハンナリさんの今後の活動を邪魔したりはしません。復帰してることも無暗に広めないし、騒ぎが起きそうになったらすぐ諫める」
「そうしてもらえると助かります」
「次に取引についてですが、こちらとしては文句なしです。契約は無期限のレンタルで本当にいいの?」
「たまに着物の小道具に使いたいけど、基本はそっちが所有してていいよ」
「…了解」
竜刀の用途について言いたいことはあるだろうが、ラグロは余計な言葉は口にしない。このゲームをどう楽しむかは本人の自由だ。
「お姉ちゃん、来たよ~」
すると店の奥から妹のアヤトリが姿を現した。
「あ、お客さんの対応中?」
「もう終わるから大丈夫よ」
アヤトリの登場で重苦しい空気が和らぎ、ハンナリは強張った表情を解いた。
「ふぅ…そちらは妹さん?」
ラグロも緊張を解いて話題を変える。
「はい、アヤトリと言います」
「なるほど~姉妹で活動を再開させたんだ」
「これから和道の装をご贔屓にっ」
「へぇ~…」
それよりもラグロが気になったのは、アヤトリの腰に差している小さな刀だった。ここに一本あるのなら他にもあるのではないか…そう考えるのが自然だ。
「おいロリコン、早く素材を出しなさい」
探るような視線を察知したハンナリは軽蔑の眼差しをラグロに向けた。
「し、失礼しました…」
五大攻略ギルドのリーダー格であるラグロは、今後もこの弱小ギルド“和道の装”に頭が上がらないだろう。
それだけの事件がワカナと攻略組の間に起きたのだ。




