Lv23 竜の里①
俺たちは和室で寛ぎながら、今後についての話し合いを始めた。
「それじゃあ竜の里探索の計画を立てましょうか」
話し合いの仕切りはゲームのベテランであるワカナさんに任せることにした。
「ヨウカ、このワールドのマップとかってある?」
「マップなら広場にあったぞ」
竜の里の中央には広間があって、そこに掲示板とかマップとかが設置されている。だったらここに集まって話し合うより、広場に集まった方がよかったな。
「こんなこともあろうかと、マップの写しを作成しておいたよ!」
そこでアヤがアイテムボックスから、このワールドの全体図が書かれた紙を取り出した。
「写すなんて出来るのか?」
「地図制作のスキルがあればできるよ。これも冒険者の必須職業の一つだから、後でヨウくんに伝授してあげるね」
「あ、ありがとう」
仕方がないとはいえ、女性陣に頼りっぱなしだと男として情けなくなってくる。
「どれどれ…」
アヤからマップを受け取ったワカナさんは、それを拡大して見やすく表示してくれた。
「このワールドの探索ポイントは、大きく分けて五つね」
ワカナさんが大まかなポイントを指で囲った。
まずは拠点となる竜の里が一つ。そして竜の里の平原…略して“竜の平原”にある四つの探索ポイント。この全てを探索することが、取りあえずの目標だ。
「二人はどれくらいここを探索してるの?」
「まだほとんど進んでないんだ。里は軽く歩いて回っただけだし、平原も周辺でモンスター狩りをしたくらいだ」
「そっか…中途半端に進んでなくて助かるわ」
後から加入したワカナさんだけど、スタートラインは同じだ。俺たち三人はゼロからこの未知のワールドを探索することになる。
「里の探索はすぐ済みそうだけど、問題は平原の探索ねぇ」
ワカナさんの言う通り、拠点となる里の広さはそれほどではない。しかもどの場所に何があるのかマップに記されているから、その気になれば小一時間で探索を終えられそうだ。
問題は外の平原だ。広さはマップの九割以上を占めているから、隅々まで探索するとなると長丁場になるだろう。
「探索しがいがあるね!」
アヤは勢いよく立ち上がる。
今すぐにでも冒険に出たいといった様子だ。
「そうだな、行ってみるか」
実は俺も冒険に出たくてうずうずしていた。
ステータスも調整したことだし、早くモンスターと戦いたい。
「落ち着きなさい二人共。冒険に出る前に、里の探索を済ませましょう。どんな物資が調達できるか確認しておきたいし」
ワカナさんは冷静に俺たちを宥める。
「それもそうか…じゃあ早速、里に下りてみよう」
本日の最初の予定は竜の里の探索だ。
※
マップに記されている竜の里の施設は四つ。
大きな掲示板が置かれている広場。
食事ができる茶屋。
竜刀の材料が売っている素材屋。
立派な城のような湯屋。
まず最初に俺たちが足を運んだのは、里の中心部にある広場だ。
「ここは中間拠点ね」
ワカナさんが周囲を見回して頷いている。
「中間拠点?」
「どのワールドにも必ずある、公共の場みたいな場所よ」
「なるほど…」
広場には大きな掲示板にマップ、ベンチが並ぶスペース、それに茶屋もある。もしこのワールドが解放されていたら、ここで多くのプレイヤーが情報を交換したり交友関係を広めたりするんだろうな。
「あ、お茶屋さんがあるよ。行ってみよう!」
アヤが近くにある店まで駆け出して行った。
「すごい勢いね…あの子」
「足が速いからそう見えるんだよ」
俺とワカナさんはゆっくり歩いてアヤの後を追った。
「そういえば、ゲームの世界で食べる意味ってあるのか?」
「あるわよ。料理によって一定時間、ステータスを上昇させる効果が得られるから」
「へぇ~」
食事による一時的なステータス強化か。
だったら冒険に出る前に、ここに立ち寄って食事をとった方がいいな。まさに腹が減っては戦ができぬだ。
「それと一部のユーザーは味の追及をしててね、料理ギルドに料理人ランキングなんてのもあるわよ」
「ほんとに何でもありだな…このゲーム」
「料理なんてまだ普通よ。もっとコアでマニアックな職が、この広いゲーム世界に潜んでるから」
FOOのCMで“なんでもあり”とは言っていたけど、一千万人ものプレイヤーを飽きさせない多彩な要素は流石の一言だ。きっと永久に廃れないオンラインゲームになるんだろうな。
「ヨウくんカナちゃん、どれを注文しようか」
茶屋に到着すると、アヤがメニュー表を持ってきてくれた。
「えっと…メニューは和菓子だけだな」
三色団子、饅頭、緑茶…とても茶屋らしい渋いチョイスだ。
「じゃあこの“竜饅頭”にしてみようかな」
中でも目に付くのが目玉商品と書かれているこれだ。名前に竜が付いてるし、きっとこのワールドの特産品に違いない。
「じゃあこれとお茶を三つください」
ワカナさんは所持金を取り出し、お店の人に料理を注文してくれた。
「お待たせしました」
注文すると数秒でお饅頭とお茶が出てきた。
近くに赤い傘がさしてある床机があったから、俺たちはそこに腰を下ろして料理を頂くことにした。こうして和風の世界観を眺めながらお茶するのは、とても風流である。
そうだ、食べたらどんな効能が得られるのか詳細を開いてみよう。
――――――――――
【竜饅頭】
[一定時間体力と持久力が上がる]
――――――――――
…地味な効果だな。
「へぇ、悪くないじゃない」
一緒に見ていたワカナさんはそうは思っていないようだ。
「そうなのか?」
「どんなゲームでもHPとスタミナは、あるに越したことはない基本ステータスよ。体力があればゲームオーバーにならないし、持久力があれば行動できるから」
「なるほど…」
ステ振りの時は軽視してたけど、そう聞くともっと体力を優先してもいいのかもしれない。ゲームオーバーにはなりたくないからな。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
「いただきまっ」
それは置いといて、早速食べてみよう。
「うまい!」
ふわふわな生地の中から、優しいあんこの甘みが口いっぱいに広がる。ゲームの中とは思えない体験だ。
「おいし~」
「緑茶に合うわね」
アヤとワカナさんは軽いリアクションでお饅頭を味わっている。やっぱりこのくらいのこと、FOOなら当たり前なんだ。
「なんだか…ゲームと現実がごっちゃになりそうだな」
ここまで完成度が高いと、もう一つの現実だと言っても大袈裟ではない。
「そう言ってゲームに入り浸って、現実を疎かにする若者が多いのよね…まったく最近の若者は嘆かわしい」
ワカナさんがお茶をすすりながら、なんだかおばさん臭いことを言ってくるぞ。
「ていうか今日は平日なのに、二人は学校とか大丈夫なの?」
「今は夏休み中だぞ」
「うん、だから遊び放題!」
今日が平日でも夏休みなら関係ない。
アヤがどこの学校の何年生か知らないけど、時期はどこでも連休真っ只中。ワカナさんだって学生なら夏休みのはずだけど。
「え?あ、ああ…そうだったのね」
何故かワカナさんは目を背けた。
「…ワカナさんってもしかして、思っているより年上?」
「失礼な、私はまだ十代よ」
「それはそれで謎が深まるな」
「う、うるさいうるさい!ゲーム内でリアルの話を持ち出すのはマナー違反よ!」
ワカナさんはムキになって話を切り上げようとする。
先に話を振ったのはそっちなのに…
「確かに現実の話なんてどうでもいいか。俺たちはゲームをしてるんだから」
せっかくファンタジーの世界にいるのに、リアルの話を持ち込むのは趣がない。俺はお饅頭の最後の一口を放り込み緑茶で流し込んだ。
「よし、探索を再開させよう」




