Lv18 ヨウカとワカナ
ワカナさんとの冒険を終えた次の日。
俺は一人で和道の装に足を運んでいた。
「まさか一回会っただけであのワカナを懐柔させるなんて、流石はヨウカさん」
「流石といっても普通に遊んだだけなんですけどね」
「ふふ、そうかもね」
勧誘作戦が成功してハンナリさんは上機嫌だ。
ハンナリさんには昨日あった事の顛末を全て伝えた。ワカナさんが俺のパーティーに加わってくれたこと。それと、まだ和道の装には行けないこと。
「それで…どうしてワカナはこっちに来てくれないの?」
「レッドネームが店に来たら営業妨害になるからって拒まれた。今はアヤが竜の里でレアアバターについての事情を説明してます」
「相変わらず水臭いなぁ」
ハンナリさんは残念そうにしている。
「それならハンナリさんが竜の里に来ます?」
「うーん…その内ね」
「…」
残念がっている割には、ワカナさんとの再会には乗り気じゃない。二人は半年前まで仲良しだったはずなのに。
「…ワカナさんのPKが事故だったのはなんとなく察せましたけど、ハンナリさんはその件でどんな被害に遭ったんですか?」
勧誘には成功したわけだし、二人の関係について詳しく聞いてもいいだろう。俺とアヤで二人の仲を取り持つことが出来るかもしれない。
「話せば長くなるから要点だけ言うと…私とワカナはリリース当初に出会った、最初のフレンド同士だったの」
ハンナリさんは俯きながら語り始める。
「ワカナがPKを故意でやらかしたって情報が広まった時、私は掲示板で大暴れしたんだよ。ワカナはそんなことしないってね。そしたら私もPKの共犯者だって反撃してくる奴が現れた…それでも私はとにかく暴れ続けた」
その気持ちはよく分かる。友人がひどい目に遭っているのに、黙って見過ごすなんて出来ないよな。
「でもワカナは私に向けられた悪口の書き込みを見て、私に迷惑をかけまいと動き出したの。もう庇わなくていいってメールを貰って、和道の装にも来なくなって、私をフレンドリストから消した」
なるほど…本当に優しい人なんだな、ワカナさん。
「でも当時の私はその意図が読めなくて……ワカナに嫌われたと勘違いして、悲しくなってゲームから逃げた」
「あ…そこで食い違いが起きちゃったんだ」
「半年で心の整理ができてさ、ワカナの意図にも気付いた。それでアヤと一緒にログインしてみたんだけど、もう何もかもが終わった後だった…」
何という悲しい末路。
確かにそんなことがあった後で、顔を合わせるのは気まずいだろうな。でも誤解は解けたんだから、お互いに勇気を出して再会するべきだ。
「そんなことよりヨウカさん!」
暗い雰囲気を吹き飛ばすようにハンナリさんは顔を上げた。
「ワカナがこっちに来れないなら、代わりにこの着物を渡しておいてよ。それとこれも渡してほしいんだ」
ハンナリさんからアイテムを託される。
「自分で行けばいいのに」
「わ、私には心の準備期間が必要だから」
せっかくワカナさんをパーティーに加入させたのに、人伝でやり取りなんて……どうにかしてあげたいな。
※
和道の装に寄った後、俺は竜の里に帰還した。
アヤとワカナさんは和室かな。
今まで使わなかったけど、俺のマイルームには鍛冶場の隣に小さな和室がついている。畳の床に座卓、座布団、棚が置いてあるだけのシンプルな部屋だ。
自由にアイテムを設置できるらしいから、暇を見つけたら模様替えでもしようと思ってる。
「それでね、世間を賑わせてる竜刀はヨウくんが作ったものなんだよ」
「マジか…」
和室の方から二人の声が聞こえる…やっぱりこっちか。なんというか、無人だった竜の里に人がいると思うとホッとする。
「入るぞ~」
一応声をかけてから、ふすまを開ける。
室内ではアヤとワカナさんがお茶を飲みながら寛いでいた。
「あ、ヨウくんおかえり」
まずアヤが俺を迎えてくれる。
「お姉ちゃんはどうだった?」
「昨日の件を報告したら喜んでた。それと…ワカナさんに会いたがってた」
そう言ってチラッとワカナさんの方を見ると、目を逸らされた。
「…私には心の準備期間が必要なの」
ハンナリさんと同じこと言ってる。
「ていうか全部ハンナリに仕組まれていたのね。どうりで都合が良すぎると思った」
アヤから大方の事情を聞いたのだろう、ワカナさんは不服そうに頬杖を突く。
「仕組むといっても、ハンナリさんにはワカナさんと会って遊べとしか言われてないぞ。PKが事故だったことも、ワカナさんが優しい人だってことも知らなかった」
「…」
説得を試みてもワカナさんは納得できないご様子。
「ハンナリと繋がりがあったことはいいとして…ヨウカがレアアバターで、ここは竜人専用ワールド?ご都合主義が過ぎるでしょ!」
それに関しては俺も同意見だ。
俺だってレアアバターの事実を受け入れきれてないんだから、ワカナさんが混乱するのも無理はない。
「レアアバターの件はひとまず置いておいて…ハンナリさんから、ワカナさん宛にお届け物があるぞ」
「お届け物?」
ハンナリさんから預かっているアイテムは二つ。
一つ目は今のワカナさんが装備している着物のリメイク版、バージョンアップされた真紅の着物だ。
「新しい着物かぁ…そういえば半年前に依頼してたっけ。律儀なところは変わってないな」
懐かしみながら着物を受け取るワカナさん。
そしてワカナさんは立ち上がり、今着ている装備を外して下着姿になる。着替える時は装備を脱がないとだからね。
「…」
ワカナさん、スタイルいいな。
まだ幼さを残すスレンダーな俺に比べて、胸も大きくてすごく色っぽい。こうして見ていると俺の中の男心がだんだん…
………あれ?
女性のお着替えシーンって、俺が見たらまずいのでは?
「!」
慌てて目を逸らした。
なにまじまじ見てんだ俺は…同じパーティーに加わったワカナさんには、ネカマであることを自分の口から説明しようと思ってたのに。
「なによ急に、同性なんだからいいでしょ」
そんな俺の挙動を不審に思うワカナさん。
「あやや…」
アヤから困った声が聞こえる。
この状況は流石のアヤでもどうすることも出来ない。
「いや…その…」
今の状況でネカマを打ち明けるのは最悪のタイミングだ……でも今言わないと、事態はどんどん悪化してしまう。
ええいままよ!
「自分…ネカマなんです」
俺のカミングアウトで、この場の空気が一瞬で凍りつく。
「………………………は?」
長い沈黙の後、ワカナさんの絶句した声が聞こえた。
「いやいや…このゲームでネカマはあり得ないでしょう」
「それがレアアバターだと可能性があるようで…」
「………」
ワカナさんは無言になる。
そして今がどんな状況なのか、理解するのにそう時間はかからないはずだ。下着姿になった自分の目の前には、ネカマを名乗る男が一人…何も起きないはずはなく。
「…!」
ワカナさんが取り乱すのは、女性として当然の反応だ。
※
「ごめんなさい」
俺は生まれて初めて土下座をした。
悪いのは俺だ。
新しい装備を渡したらワカナさんがどうするか、ちょっと考えれば分かるはずなのに。人の心配ばかりしている場合じゃなかった、俺もネカマという重い十字架を背負っているのだから。
「カナちゃん。ヨウくんに悪気はなかったから、許してあげようよ」
擁護しようとアヤが間に入ってくれる。
ワカナだからカナちゃん…可愛いあだ名だな。
「……レアアバターで竜人で和風で美少女でネカマ?属性盛り過ぎだろ」
新しい真紅の着物を纏ったワカナさんは、顔まで赤くしている。
「男がいたら装備は脱げないようプログラムされてるはずなのに…ネカマってのはそういう偽装までされてんのか。これじゃあセクハラ防止システムも疑わしいわね」
ワカナさんはご立腹だ。
このゲームにはセクハラを規制するセキュリティがあるらしいけど、どうやら俺は女として判断されているようだ。だからワカナさんの着替えシーンを見れてしまったんだ。
「本当にすみませんでした…」
うう…やはりこの失敗は致命的だ。
嫌われても文句は言えない。
「…はぁ」
しばらく怖い顔で俺を睨んでいたワカナさんは、ため息を吐く。
「まあ…すぐネカマであることを告白した度胸に免じて、多少は大目に見てあげる」
ワカナさんは寛容にも俺を許してくれた。
「ただし罰は受けてもらうから」
「ペナルティあるんですね…」
「不可抗力であっても罪は罪、ここはそういう世界なのよ」
PKを経験したワカナさんの言葉が重い。
でも罰を受けて許されるのなら、俺としても文句ない。
それに…ネカマの存在を全否定されなくてよかった。
「そ、そうだワカナさん。ハンナリさんから預かってるアイテムはもう一つありますよ」
この険悪な空気を変えるため、残りのアイテムを差し出す。
それは赤い宝石の指輪だ。
「…」
ワカナさんは無言でアイテムを受け取り詳細を開いた。
―――――――――
【金満の指輪(赤)】
階級 二級作品
種類 指輪
【スキル】
・黄金の魔力
[所持金の量に応じて魔法の威力が上がる]
―――――――――
「これ、いらないからハンナリに預けてたアイテムじゃない。なんでこんなものを今更…」
俺にも装備の詳細が見えるけど、そんな悪いアイテムには見えない。
「所持金があればあるほど魔法の威力が上がるなら、ワカナさんにピッタリの装備だろ?」
「でもこれ、上昇値が低いのよ。実用的になるには少なくとも…10000000Gくらいお金を溜めないと装備する価値はないわね」
「それは…確かにハードルが高いな」
余程の大金持ちじゃないと装備する意味がないってことか。俺も多少は冒険してきたけど、所持金は大して増えてない。買いたい物だって色々あるし、このゲームで大金を溜めるのは簡単ではなさそう。
でもどうしてハンナリさんは今になって、このアイテムをワカナさんに渡したかったんだろう。
「あ、なるほど!」
そこでアヤが何かに気付いたようだ。
「ほら、今日の夜。オークションの結果が出るんだよ」
「……あ」
これまでいろいろなことが起きたせいで忘れてた。俺がゲームをスタートして、制作した竜刀をオークションに出品してからもう一週間が経った。
つまり今日の夜、竜刀は大金に変わる。




