Lv17 プレイヤーキラーのワカナ② □
ヨウカとワカナは順調に洞窟を攻略していった。
(なるほど…これが後衛のいる戦闘か)
初めて後衛と組んで戦闘を行ったヨウカは、パーティーバランスの重要性を実感していた。
前衛が敵の注意を引きつけ、その隙に後衛が長い詠唱の魔法を唱える。最新のゲームになっても、その王道かつ堅実な連携は今でも有効だ。
「ヨウカ、下がって。そのままだとモンスターに囲まれる」
そして後衛の役割は魔法支援だけではない。後方から広い目で戦況を分析して、適切な指示を前衛に出せる。
“豪炎華”
高威力の豪炎華はレベル30程度のモンスターを軽く一掃する。ワカナはベテランの後衛として、初心者であるヨウカを完璧に支援していた。
(それにあの魔法…豪炎華か)
ヨウカは目の前で燃え盛る炎を観察する。
(よく見たらちゃんと花の模様してる。花びらは五枚…モデルは桜かな?範囲は確かに広いけど、咲くタイミングを踏まえて間合いに気を付けていれば巻き込まれることはない)
豪炎華は一見すると攻撃的な魔法だ。
しかし、綺麗に輝く炎の花は見栄えも良く美しい。燃え広がるタイミングは前衛が下がれるよう考慮してあるので、初心者のヨウカでも簡単に回避できる。
作り手の遊び心と配慮が伝わってくる魔法だ。
「ヨウカ、体力が少し減ってるから回復しな」
戦闘が終わるとワカナは回復アイテムをヨウカに手渡す。
(それに…会った時から俺の心配ばかりしてる。やっぱりこの人、悪い人じゃない)
もし相手が本物の悪人なら、ハンナリの頼みであっても関わることを避けていただろう。だがヨウカは自分の目で判断して、これからもワカナと一緒に遊びたいと思えた。
「ありがとうございます」
「…別に敬語なんて使わなくていいわよ」
「え?でも見たところ年上ですし」
「その配慮は偉いけど、私はいいの」
「わ、わかった」
そんな雑談を挟みつつ、ダンジョンの洞窟を進んで行く二人。
「あれ、もう道がない…ダンジョンはここで終わりか?」
そしてついにヨウカたちは洞窟の最深部に到達した。行き止まりには、小さな宝石が埋め込まれた石の台が設置されているだけだった。
「なんだこの台?」
「ヨウカ、その台に触れないで」
ワカナは慌ててヨウカを静止させる。
「それは転移台よ」
「転移台?」
「ダンジョンに設置されてるギミックの一つで、起動させると特定の場所へワープするの。多分だけど、その転移先にはボスがいると思う」
「ボス…」
ダンジョンにはその最後を締めくくるモンスターの親玉、ボスが待ち構えているのがゲームの定番だ。このダンジョンも例に漏れず、そのボスを討伐しなければお宝は手に入らない。
「どんな強敵が待っているか分からないけど…どうする?」
ヨウカの意思を確認するワカナ。
「挑もう!」
ヨウカは迷わずそう答えた。
どうやら負けるかもしれないという不安はないようだ。それだけ道中での探索が順調かつ、ワカナのサポートが頼もしかったということだ。
何よりここで撤退してしまったら、楽しい冒険が終わってしまう。
「ふ…いい度胸じゃない」
その気持ちはワカナも同じだった。
「じゃあ行きましょうか」
「了解!」
強敵と戦う準備と覚悟を終えた二人は、転移台に触れた。
※
ヨウカとワカナは氷の壁に囲まれた広い空間に転移された。障害物や逃げ道のないシンプルなこの空間は、いかにも戦闘が起きますといった地形だ。
そんな空間の中心に、一体のモンスターが立ち竦んでいる。
クリスタルゴーレム Lv.37(ボス)
ゴーレムのボスと聞けば巨体を連想させるが、そのゴーレムの体長は3m弱とヨウカの二倍程度の大きさだ。虹色に輝くそのゴーレムは、今まで遭遇してきたアイスゴーレムとは雰囲気が違う。
「こいつがボスか…レベルは大したことないな」
「油断しないで。レベルに差がなくともモンスターとボスは強さの格が違う」
「了解」
ヨウカは気を引き締めて前に出た。
クリスタルゴーレムはヨウカの接近に反応して臨戦態勢に入る。
「はっ!」
まずヨウカが竜刀で先制攻撃を仕掛けた。
(HPゲージが長い…!)
攻撃は効いているが、ボスの体力はほとんど減っていない。この膨大な体力こそがボスの特徴だ。
そしてヨウカの攻撃のカウンターで、クリスタルゴーレムが腕を振り下ろす。
「っと」
ギリギリで攻撃を躱すヨウカ。
このまま近距離で戦うのは危なっかしい上、決定打に欠ける。
「ヨウカ!」
そう判断したワカナが後衛から指示を飛ばす。
やはりヨウカでは攻撃力不足。ボスに大ダメージを与えるには、ワカナの強力な魔法が必要だ。
「こいつ…意外と速い!」
ヨウカはボスとの距離を離そうと後退するが、クリスタルゴーレムは間合いを空けさせない。クリスタルゴーレムの移動速度はそこまで速くないが、ヨウカはステータスの速度にポイントをまったく振っていないので振り切れない。
(まずいわね…)
これでは魔法を唱えることが出来ない。豪炎華を放っても、ヨウカが巻き込まれてしまう。
「俺に構わず撃ってくれ!」
するとヨウカから耳を疑う指示が飛んでくる。
「何言ってんの!?」
「大丈夫、策があるから!」
「…」
初心者のヨウカにどんな策があるのか、それをあてにしてもいいのか、ワカナは悩んだ。おまけにワカナは自分の魔法でプレイヤーを焼いてしまったトラウマがある。
ヨウカを信じるか、過去に怯えるか。
これは分岐点だった。
(…この先ヨウカと一緒に遊ぶなら、ビビって策に乗らないなんてありえないわね)
ワカナは覚悟を決めて魔法を唱えた。
「いくよ、ヨウカ!」
「おう!」
“豪炎華”
生み出された小さな火種がクリスタルゴーレムに向かっていく。ヨウカとボスの間合いは近い、このままでは間違いなく炎に巻き込まれてしまう。
それでも放たれた豪炎華は、容赦なく咲き誇る。
その威力は凄まじく、ボスの体力を四分の一も削った。ヨウカの攻撃では微動だにしなかったクリスタルゴーレムは膝をついて体勢を崩す。
そしてヨウカは…
「あちち!」
炎の中から生還した。
その体力は、減っていない。
「ヨウカ、大丈夫なの…?」
「大丈夫だよ。実際は熱くないから」
「いやそういう意味じゃなくて、どうして体力が減ってないの?」
ワカナの目から見ても、ヨウカは間違いなく豪炎華に巻き込まれていた。それなのにどうしてダメージがないのか。
「ああ、ワカナさんの魔法って花みたいに開くだろ?だからその花びらの隙間に避難したんだ。思った通り、ダメージはなかった」
「!」
豪炎華を花の形にした理由は、単なるワカナの趣味だ。
それなのに、その花びらの隙間を避難場所として使われるのは想定外だった。前衛の目線だからこそ気付ける抜け道だろう。
「…危険な賭けね。そこにも当たり判定があったかもしれないし、隙間だって僅かだったでしょ」
「確証はあったぞ。地面の焦げ跡も花形だったし、人一人分くらいの隙間があったことも確認した」
「じゃあ花びらの向きは?どうして咲き方を見極められたの?」
「ワカナさんが向いてる方向で、咲き方が固定されてるだろ。それくらい見てれば分かる」
「…」
ワカナは衝撃を受けていた。
まさか会って間もない初心者に、ここまで自分の魔法を分析されるとは思ってもみなかった。PKになる前まで一緒に冒険してきたプレイヤーたちと違って、ヨウカは豪炎華をしっかり見てくれた。
「それにしても、すごい威力だな。やっぱり決定打になるのはワカナさんの魔法だ」
衝撃を受けているワカナを余所に、ヨウカはボスを警戒していた。まだクリスタルゴーレムの体力は半分以上も残っている。
「…畳みかけましょう、ヨウカ」
ワカナは気を取り直して次の魔法を唱える。
最初は負けても仕方がないと思いながらボスに挑んでいたが、今はヨウカとの初めての冒険を勝利で終わらせたいと強く願っていた。
「了解!」
後衛から豪炎華が飛んでくることを信じて、ヨウカは恐れることなく前に出た。
※
こうしてヨウカとワカナは、ボスを討伐することに成功した。
「ふぅー」
初めて本格的な戦闘を行ったヨウカは尻もちをつく。
ワカナが魔法を放つタイミングを見計らいながら、クリスタルゴーレムの攻撃をギリギリで回避するのはかなりの神経を使う。何度か攻撃を食らってしまったが、青色にしていた和装・七花繚乱に守られ最後まで生き残ることが出来た。
「おつかれ」
そんなヨウカに手を差し伸べるワカナ。
「ワカナさんもお疲れさま」
ヨウカは差し伸べられた手につかまり立ち上がった。
「それで、ボスを倒した報酬はどこに?」
「ボスにとどめを刺したのは私だから私が受けとった」
ワカナは獲得したアイテムをヨウカに見せる。
モンスターを倒した場合、経験値は共闘した全員が獲得できる。だが報酬のアイテムは最後に攻撃したプレイヤーだけが得られる。
「装飾品の指輪だけど、欲しい?」
「それはワカナさんのものだ」
「いいの?」
「そもそもこのダンジョンを見つけたのはワカナさんだろ」
「…じゃあ遠慮なく」
ワカナは指輪を握りしめる。
(…久しぶりのバトルは楽しかったけど、やっぱり心臓に悪いわ。ヨウカはいい奴だからつるむのは悪くないんだけど、冒険に出るのはなるべく避けたいな)
ボスを倒しても弱気なままのワカナは、手に入れた指輪のステータスを開いた。
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【友好の指輪】
階級 三級作品
種類 指輪
【スキル】
・親善なる防護
[装備者の攻撃によって、他のプレイヤーはダメージを受けない]
―――――――――
「…」
ワカナは指輪のテキストを何度も往復して確認する。
「それで…ワカナさん」
「…なに?」
「改めてになるんだけど…俺とパーティーを組んで、これからも一緒に冒険しないか?」
ヨウカは恐る恐るワカナをパーティーに誘う。
このダンジョンの冒険はこれで終わりだ。なので誘うならこれが最後のチャンス、また会えるかはワカナ次第になる。
「いいわよ」
するとワカナはあっさりヨウカの誘いに乗った。
「え、いいのか?」
「なんか…ここまで都合のいいことが立て続けに起きると、断るにも断れないし」
苦笑するワカナは友好の指輪を右手人差し指にはめた。
この指輪を装備すれば、ワカナの魔法はもう誰かを傷つけることはない。もう事故を気にすることなく魔法を放つことが出来る。
「これからはヨウカと一緒に行動する。それでいい?」
「あ、ああ…よろしくお願いします」
「よろしく」
少しずつ距離を縮めるつもりだったヨウカだが、いきなりワカナをパーティーに加入させることに成功した。
(都合のいいことってなんだろう………まあいいや)
何がきっかけでワカナが心変わりしたのかヨウカは理解していない。それでもハンナリの依頼を達成することが出来たのだから、それ以上のことは深く考えなかった。
「それでヨウカはギルドには所属してないのよね。拠点は…秘密基地があるんだっけ?」
今後の活動についてヨウカに尋ねるワカナ。
秘密基地とはレアアバター専用の隠しワールド“竜の里”のことだ。他のプレイヤーがいないそこならレッドネームでも周囲を気にせず活動できる。
(いきなり竜の里に招待させたら混乱させちゃうよな…)
だがワカナはまだ、ヨウカが竜人であることを知らない。なので最初にすべきことは、レアアバターについてを説明することだ。
「そこもあるけど、まず俺をサポートしてくれるギルドに行こう。そこでいろいろ話したいことがあるんだ」
「支援ギルドか…気乗りしないけど、どこのギルド?」
「和道の装ってとこだ」
「…」
この後、ワカナは自分の抱えているもう一つの悩みに直面することとなる。
それでも一つの壁を乗り越えたのだから、めでたしめでたしだ。




