Lv16 プレイヤーキラーのワカナ①
[“自由界”30階層 氷山のタルナミ]
この階層はいつだって雪が降っている。
雪はあらゆるものを白く染め、視界が悪く探索のしにくさは自由界の中でも屈指。どこを向いても真っ白なので帰り方が分からなくなり遭難するプレイヤーが後を絶たない。
そんな性質の世界なので、自由界の中で最も探索が不十分な階層でもある。仮に未探索の隠し要素があったとしても、手間の割に合わないので誰もここを探索したがらない。
さらに吹雪が吹き荒れる日なら、誰も足を運ばないだろう。
「はぁー…」
そんな吹雪の日、白い息を吐く少女が一人。
焼け焦げたように乱れた黒い髪の彼女は、この銀世界で存在を主張するかのような真紅の着物を纏っている。そして赤いのは着物だけではない、通常なら白いはずのユーザー名までもが真っ赤に染まっていた。
レッドネーム。
それがこのワカナがFOOで犯した罪の証だ。
「…」
彼女は何もない雪原に向けて杖を構えた。
“豪炎華”
杖から放たれた小さな火の魔法は、目的地に到達するとつぼみが開花するように燃え広がる。その豪快かつ繊細に輝く炎の花は見栄えも良く、制作者の拘りが感じられる逸品だ。
広範囲の炎は真っ白な世界を真っ赤に染め、雪で隠されていた地肌が露になった。
「…」
ワカナは雪が吹き飛んだ付近を探る。
この世界は様々な要素が雪で隠されているのが特徴だ。そんな雪化粧を剥がすには、広範囲の火魔法がうってつけである。
「…」
何もないことを確認したワカナは、マップに印をつけて次のポイントに移動する。
“豪炎華”
ワカナはその作業を繰り返した。
その様子は、とても楽しそうには見えなかった。
「…?」
五つ目のポイントに魔法を放つと、ワカナはある物を発見した。
【クリスタルゴーレムの洞窟】(推奨レベル37)
それは洞窟だった。
まだ未探索の隠しダンジョンだ。
(ダンジョンか…私一人で挑むのは無謀ね)
本来なら大収穫の成果なのだが、ワカナには探索に必要な仲間がいない。前衛の剣士ならともかく、後衛の魔法使いがソロでダンジョンに挑むのは自殺行為だ。
「はぁ…」
せっかく隠し要素を見つけてもこの結果、ワカナは項垂れる。
(一人で何やってるんだろう、私)
ワカナは自分自身を客観的に見て呆れていた。
PKという罪を犯し、仲間も友達も失い、居場所もやり甲斐も失くしたというのに、惰性にこのゲームを続けている。まるで遊んでもないソーシャルゲームにガチャ目的でログインしている気分だ。
(そろそろ潮時か…)
全てを諦めて、ワカナは洞窟に背を向けた。
「…」
振り返ったワカナは吹雪の中、一人の少女を視界に捉える。
その青い着物を纏った赤髪の少女は、ワカナの着物や名前に負けじと吹雪の中でも存在感を放っていた。それだけ美麗で、可憐で、魅力的な容姿のアバターだった。
「こんにちわ」
その美少女、ヨウカはワカナに近付き挨拶をする。
「……こんにちは」
話しかけられるとは思っていなかったワカナは、面食らいつつ挨拶を返した。
「その洞窟、もしかして隠しダンジョンってやつですか」
ヨウカは露になっている洞窟を指差す。
「…そうみたいよ」
「挑まないんですか?」
「私には挑むための仲間が一人もいない…だから挑めない」
適当にヨウカの相手をするワカナ。
レッドネームになってから、ワカナは誰かと仲良くなることを諦めていた。新しい人間関係など期待するだけ無駄、仲間を作る資格などない、それがPKの常識と考えている。
「なら一緒に挑んでみません?」
そんなワカナに向けて、ヨウカは能天気な提案をしてきた。
「えーと…ヨウカさん?ギルドに所属してたり、他の仲間はいないの?」
ワカナは相手の頭上に表示されているユーザー名を確認しながら尋ねる。
「仲間は一人いますけど、今日は来れないんです。だからワカナさんがよければ」
ヨウカも同じく相手の頭上に表示された名前を確認する。その女性の名前は確かに“ワカナ”とレッドネームで表示されていた。
「…ヨウカさんは、私の名前がなんで赤いか知ってる?」
ヨウカが自分の名前を確認する仕草を見て、ワカナは身構える。
「えっと…このゲームで悪いことをした証ですよね」
「その通り。私みたいな悪質プレイヤーに関わると後悔するよ」
ワカナは自分からヨウカを遠ざけるよう仕向けた。
「後悔するかどうかは、関わってから決めます。自分はまだワカナさんに悪いことされてないですし」
だがヨウカは意思を変えない。
理由はハンナリにお願いされたからでもあるが、ヨウカは自分の目でワカナという人を知りたいと思っているからだ。
「………」
レッドネームには近づかない方がいい…そんな偏見を持たないヨウカは、ワカナにとってゲーム内で初めて会うタイプのプレイヤーだった。
(…丁度いい、このまま惰性にゲームを続けても意味がない。この人との冒険で得るものがなかったら、このゲームを引退しよう)
ヨウカと出会ったことで、ワカナはゲームを引退する一歩手前で踏みとどまった。
「じゃあ、ちょっと探索してみましょうか」
「はい!よろしくお願いします、ワカナさん」
「よろしく…」
こうして二人は氷山に隠された洞窟のダンジョンに挑むのだった。
※
クリスタルゴーレムの洞窟は一面が氷となっており、青白く輝く洞窟内はとても幻想的だ。中は洞窟の奥を進むにつれて広くなり、ちらほらとモンスターが出現し始める。
アイスゴーレム Lv.23
ダンジョンは推奨レベルより高いモンスターは出現しない。今のヨウカのレベルは20と推奨レベルよりかなり低いが、苦戦することはなかった。
「よし、倒せた」
ヨウカは竜刀・陽華を振るい、屈強なゴーレムを次々と両断していった。
(防御力の高そうなゴーレムを軽々と…随分といい武器を装備してるみたいね。だけど細かい技術は初心者っぽい。あの容姿だし、周囲からもてはやされて装備を恵んでもらった新人ってところね)
そんなヨウカの様子を後衛から観察するワカナ。
(それにしてもあの綺麗な着物…まさかハンナリの作品?いや、ハンナリは半年前にゲームをやめたから違うか)
どうやらハンナリが復帰したことに気付いていないようだ。
(もしかして戻ってきてるのかな…まぁ、仮に戻ってきてても合わせる顔なんてないけどね)
寂し気に赤くなった自分の名前を見つめる。
「うわ、すごい数!」
ワカナが上の空になっていると、ヨウカはゴーレムの群れに押し戻されていた。
一対一ならどうにか戦えていたが、三体以上が一度に押し寄せてきたらヨウカの技量では処理しきれない。
「ヨウカ、私の後ろに下がって」
我に返ったワカナはそう指示を飛ばして魔法を唱える。
“豪炎華”
後方に下がるヨウカとすれ違いで、ワカナが放つ火の魔法がゴーレムに向かっていく。
この魔法の長所はすぐ燃え広がるのではなく、小さな火種が着弾点に到達した瞬間燃え広がることだ。つまり前衛には後退する猶予がある。
火種はゴーレムの群れに到達すると、一気に燃え広がりゴーレムを一掃した。
「おお…すごい」
初めて魔法を目の当たりにしたヨウカは圧倒される。
「ふぅ」
ワカナはヨウカの無事を確認して、安堵の息を吐く。
「どうかしました?」
「いや…私の魔法は巻き込み事故が怖くて、使う時は神経を使うのよ」
「確かに凄まじい範囲と威力ですよね…」
燃え広がるタイミングを調整しているとはいえ、絶対に他の仲間に当たらないという保証はない。威力も凄まじいので体力の少ないプレイヤーが巻き込まれたら無事では済まない。
「もっと弱い魔法はないんですか?」
「あるにはあるけど…威力の弱い魔法は好みじゃないの」
FOOは自分だけのプレイスタイルを拘らなければ遊ぶ意味がない。この“豪炎華”こそがワカナの拘り極めた個性だ。
「もしかして…その魔法の巻き込み事故が原因でPKになっちゃったんですか?」
「…」
ヨウカに図星を突かれ、ワカナは口をつぐむ。
その反応を見てヨウカは確信した。
ワカナは故意でPKになったわけではない、魔法による誤爆事故が原因だった。しかしどういうわけか事故が事件となり、世間で悪者扱いされてしまった。
「…もしよかったら、この冒険が終わった後も一緒に遊びませんか?」
ヨウカは思い切ってワカナの心に踏み込んだ。
「はぁ…」
その誘いを聞いたワカナは呆れたため息を吐いた。
「確かに、PKになったのは事故よ。でもさっきの魔法を見たでしょ?私の魔法は仲間を巻き込む危険なものに変わりはないのよ」
たとえ悪意がなくても、ワカナの放つ魔法は非情に危険なものだ。
なら使わなければいい話なのだが、それは今まで積み重ねてきた拘りを捨てることを意味する。自分のプレイスタイルを捨ててしまったら、このゲームをやる意味も失ってしまう。
「でも範囲の広い魔法って、さっきみたいな大群には有効じゃないですか。それにこのゲームは冒険だけが全てじゃないですし、その魔法が役に立つイベントを探しましょう」
ヨウカは無意識に、ワカナの気持ちを擁護する意見で返す。
「…レッドネームが一緒だと、ヨウカまで指を差されるわよ」
負けじとワカナは、もう一つの心の傷を打ち明ける。
レッドネームは自分のみならず、仲良くなろうとする周囲のプレイヤーまで敵視されてしまう。それをワカナは、友達だったハンナリを失ったことで学んだ。
「大丈夫です。人のいない、いい秘密基地を知ってるので」
それでもヨウカは引き下がらない。
「もちろん無理強いはしませんが…どうですか?」
「………」
言い返せなくなったワカナは言葉を詰まらせる。
本心では自分を受け入れてくれるヨウカの誘いに乗りたい。だが前に起きた事故がトラウマとなり、素直に頷くことが出来なかった。
「…考えとくわ」
今はどっちつかずの答えを出すのが精一杯だった。




