Lv9 ギルド“和道の装”②
「…なるほど。偶然手に入れたレシピを使ったら竜刀が生まれて、それを初心者チュートリアルに従ってオークションに出品したら大変なことになっていたと」
「はい…そんな感じです」
ヨウカは自分の現状をハンナリに説明した。
竜刀に関してはもう隠せないが、自分がレアアバターの竜人であることはまだ秘密にしている。それはハンナリたちが信用できる相手か確信を得ないと話せない。
「ヨウカさんのここまでの経緯はわかりました」
話を聞き終えたハンナリは、腕を組んで現状整理を始めた。
(竜刀はこのゲームなら稀によくある、偶然の産物ってやつね)
FOOは何が起きるか分からない、故に何が起きても不思議ではない。偶然レアアイテムを手に入れる可能性は初心者から玄人まで誰にでもある。
(とはいえ、この壊れ武器十種に竜薬のレシピはやり過ぎな気がするけど…)
ハンナリはヨウカがレアアバターであることを知らないからこそ、ヨウカが持つレシピの数々に違和感を覚えていた。今まで様々な奇跡を見てきたハンナリだが、この恩恵はあまりにも大きすぎる。
バグかチートの類か、ハンナリはヨウカの不正を疑う。
「………」
そんなヨウカは、竜のオークション騒動の記事を見て青ざめていた。
オークションに出品した竜刀と竜薬がどれだけこのゲーム界を震撼させていたのか、その騒動の大きさを知って戦々恐々といった様子だ。
(うーん…そんな不正をする悪い人には見えないんだよね。そもそもこのゲームでチートなんて聞いたことないし、やっぱりたまたま多くの恩恵を受けた初心者なのかな)
まだ違和感は拭えないが、ハンナリはひとまず納得することにした。
「わーこの刀、すごく軽い!」
そんな中、アヤトリだけは呑気に竜刀を装備して店内で振り回していた。
「この竜刀貰っていいんですか?」
「防具制作の取引に用意したのでどうぞ」
「わーい」
真面目に現状の整理をするハンナリとは違い、アヤトリとヨウカはマイペースに話を進めている。
「ちょっと待ちなさいアヤ。引き受けるかまだ決めてないから」
勝手に話を進めるアヤトリにストップをかけるハンナリ。
「ええー受けないの!?なんで?」
「いや…」
ハンナリは悩んでいた。
通常のギルドなら、ヨウカの依頼を引き受けない手はない。
ヨウカが持つ恩恵を上手く利用すればギルドとしての格が上がる。ましてや相手は右も左も分からない初心者、容易くコントロールできるだろう。
(昔の私だったら、ヨウカさんをお得意様扱いしてただろうな。でも今のうちじゃ竜刀なんて分不相応だし、こんな廃れたギルドでお世話してもヨウカさんが可哀そうだよね。もっと勢いのある大きなギルドを紹介しようかな)
ハンナリにはもう野心がない。
時代に取り残され、すっかり自信をなくしていたのだ。
「………」
だがハンナリは一つ気になることがあった。
「ヨウカさん」
「はい?」
「どうしてうちに防具制作の依頼をしに来たの?こんな古臭い少数のギルドなんかに」
初心者が防具を求めるなら、まず間違いなく人の多い大人気ギルドに行く。なのに何故ヨウカは和道の装を選んだのか。
「えっと…掲示板で調べた中だと、この和道の装のデザインが一番好きだったからです」
「………」
思わぬ返答にハンナリは面食らう。
「…この強い武器に合う強い防具が欲しいんじゃないの?」
「性能よりもこの刀に合うデザインの服が欲しいです」
「強くなりたいとは思わないの?」
「楽しむこと優先でいきたいので」
「このゲームのダンジョン“自由界”はクリアすると豪華賞品が手に入るんだよ?竜刀の力があれば今からでも遅くない、目指したいとは思わないの?」
「勝負事はあまり好きではないので…」
ハンナリが質問を畳みかけるも、性能や攻略といった効率的な話はヨウカにとって的外れだった。
「自分はまったりこのFOOの世界を楽しめればいいので」
強大な竜刀を手に入れても、ヨウカはプレイ方針を変えない。
「…」
そんなヨウカの姿を見て、ハンナリは昔の自分を思い出す。
(…私も最初は、ヨウカさんみたいな志でゲームを始めたんだよな)
このゲームはダンジョン攻略が全てではない。
アイテムを制作する楽しさ、奥の深さも魅力の一つだ。ハンナリは和物が大好きで、美しい着物を仕立てるためにゲームを始めた。
(いつからだったかな……デザインよりも性能を優先するようになったのは)
装備ギルドを名乗るからには性能も重要だ。
しかもこのゲームは誰が先にダンジョンを攻略するかの競争、リリース当初は性能だけを求めるプレイヤーが沢山いた。そんなプレイヤーばかりを相手にしているうちにハンナリは、自分の方針を曲げてしまったのだ。
「…本当にうちでいいの?」
「はい、自分は綺麗な着物を生み出せるハンナリさんに依頼したいです」
ハンナリがいくら説得しても、ヨウカは依頼することに迷いがない。
(掲示板に載せていた、私の今までの作品を認めてくれた人。この信頼を蔑ろにしていいのだろうか?)
心の中で自問自答するハンナリだが、答えはもう出ていた。性能よりも大切にしないといけないものが目の前にある。ハンナリはズレてしまったプレイスタイルを修正する時がきたのだ。
「…わかりました、ヨウカさん。この竜刀に合う美しい装備を仕立てましょう!」
※
ハンナリはすぐヨウカに似合う防具デザインの検討を始める。
「ヨウカさんのアバターならどんな着物でも似合いそう。種族は人間だから変に気を遣う必要もないし」
このゲームには人間を含めて四種族あり、その体系や特徴は様々だ。
獣人なら尻尾があるので、腰に尾を通す隙間を作る必要がある。エルフなら耳が長いので、耳がひっかからないよう頭装備には工夫する必要がある。
「あ…ちょっと待ってください」
そこでヨウカが手を上げた。
「どうかしたの?」
「えっと……実はまだ話してないことがありまして」
自分の種族を明かすチャンスは今しかないだろう。ヨウカは意を決して、隠していた角と尻尾を露にする。
「実は自分、竜人のレアアバターなんですよ」
「…まじか」
ハンナリが驚くのはこれで何度目だろうか。
「レアアバターって本当にあるんだ…」
「やっぱり珍しいことなんですか?」
「私は初めて見たし、存在もハッキリと確認されてないはずだよ。過去にそれっぽいアバターが目撃されたけど、ただ仮装してるだけだったらしいし」
レアアバターの存在はこの手のゲームなら実在しても不思議ではないと囁かれているだけで、その存在がFOOの世界で目撃されたという事例はない。
ヨウカは改めて自分が持つ希少性を再認識した。
「竜人ってことは、この刀はヨウカさんのユニークスキルで作ったんだ」
アヤトリは装備している竜刀・蜻蛉を掲げる。
「なるほどね…それだけのレシピを持ってるのも納得だわ」
ハンナリは腑に落ちたように頷く。
「竜か……かっこいいね。テーマは竜の貴族に生まれたじゃじゃ馬姫…いや、竜の一族を誇りに思う剣士かしら」
ヨウカの正体を知ったことで、ハンナリの創作スイッチが入る。
この最高のアバターをどのようなデザインで着飾るか、そのことで頭の中がいっぱいになっていた。その直向きな姿はまさに一流職人のそれだ。
(…この和道の装を選んだのは正解だったな)
真剣なハンナリの姿を見たヨウカは、心の中でそう思うのだった。




