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Lv8 ギルド“和道の装”①




 ギルドとは、プレイヤーたちが集まって結成される集団のことだ。


 仲の良いプレイヤー同士がギルドを立ち上げ、一つの目標を掲げ協力する。

 攻略ギルドなら“自由界”攻略を目指してスキルを高め合い、情報ギルドなら様々な情報を集めプレイヤーたちに共有し、装備ギルドなら冒険の助けとなる武具を考察しながら制作する。


 みんなで力を合わせて大きな偉業を成し遂げる達成感こそが、このFOO最大の魅力だ。


「はぁ…」


 ここはとあるギルド。

 淡黄色の髪に白い和服を着た女性が、ギルド受付に座り頬杖をついて深い溜息を吐いていた。


 彼女がこのギルド“和道の装”のリーダー、ハンナリだ。

 装備専門であるこのギルドは“和”を制作テーマとし、冒険に役立つ防具や装飾品の制作依頼を受け付けている。見栄えも良く性能も優秀で、かつては大人気の装備制作ギルドとして注目されていた。


 しかし、それも過去の話。

 今の店内にお客さんは一人もいない。


「……はぁ」


 ハンナリは更に大きなため息を吐いた。


「ため息はよくないよーお姉ちゃん。幸せもお客さんも逃げちゃうよ」


 そんなハンナリに陽気な声をかけるのは、妹のアヤトリだ。

 淡黄色の髪にツインテールの小柄な少女で、その幼い顔立ちには小動物のような愛嬌を感じる。服装は白い着物、水色の羽織、濃青色のマフラーと時代劇に出てくる新選組のようなデザインをしていた。


「お客さんも友人も栄光も、もう全部なくなってるよ…あーあ」


 妹に励まされてもハンナリに全盛期のような活力はない。

 ハンナリは過去にゲーム内でやらかしてしまい、一時的にゲーム引退を余儀なくされた。事が落ち着きこうしてゲームに復帰しても、過去の思い出が足を引っ張りモチベーションを上げられずにいるのだ。


「アヤは私が紹介したギルドに移りなよ。こんな廃れたギルドにいても退屈でしょ」


「あっちはあっちで遊んでるからいいよ。私は和道の装のメンバーでいたいから」


 そう言って屈託なく笑うアヤトリ。


 アヤトリはまだゲームを始めて一ヵ月しか経っていない。

 やる気のないハンナリがゲームに復帰した理由は、ゲームの先輩としてアヤトリに遊び方を教えるためだ。その役目を終えたハンナリは再び引退を考えていたが、それをアヤトリが阻止している現状だ。


「ほらお姉ちゃん、この情報見てみて!」


「んー?」


 アヤトリが見せてくれたのは、情報ギルドがまとめた“竜刀”に関する記事だった。


「今は刀が流行ってるらしいよ。なら刀に似合う和服装備も流行って、うちにお客さんが来るかも!」


 刀を装備したなら和の装備で揃えたくなる。ゲームではそういった趣を大事にするプレイヤーは多い。


「どうかな…仮に和服が流行っても、みんな天の衣に依頼するでしょ」


 ハンナリは竜刀や、現環境で最も注目されている情報には目を通している。

 中でもハンナリのやる気を削ぐ一番の要因は“天の衣”というギルドに装備界のシェアを奪われていることだ。対して和道の装は半年近くゲームから離れていたせいで、すっかり時代に乗り遅れプレイヤーから忘れ去られていた。


「ええーでもデザインセンスはお姉ちゃんの方が圧倒的に良いよ!」


 アヤトリは自分が装備している着物を見せつける。


「それはそうだけど、このゲームは性能が全てだからね…」


 デザインセンスに関しては否定しないハンナリ。だが世間は高性能の防具を求めており、デザインは二の次なのだ。


「はぁ…」


 パシ!


 ハンナリが三度目のため息を吐くと、アヤトリが急に合掌しだした。


「どうしたの?」


「お姉ちゃんから逃げた幸せを捕まえた!」


「…今の勢いだと潰れてない?」


「てい」


 アヤトリは両手でハンナリの頬を挟み、潰した幸せを摺り込むように撫でた。


「…ふふ」


 無邪気なアヤトリからの応援を受けハンナリは小さく笑う。


(私がこんな調子じゃアヤもゲームを楽しめないか)


 ハンナリは勢いよく立ち上がる。


「よし!今日は何か新作の和服でも作ろうかな。アヤ、モデルになってくれる?」


「うん!」


 仲の良い姉妹で経営するギルド“和道の装”は、今日ものんびりと活動を始めるのだった。


 その時、ギルド入口の扉が開かれた。





 和道の装に訪れたそのお客さんは、マントで姿を隠した装備も性別も不明のプレイヤーだ。


「いらっしゃいませー」


 お客さんが来るや、ハンナリはすぐ営業モードに切り替え笑顔を作る。


(ようやく復帰して最初のお客さんが来たか…)


 ハンナリは妹にぶつけるつもりだった創作意欲をこのお客さんにぶつけることにした。


「いらっしゃい!こちらにどうぞ~」


 アヤトリも元気よく挨拶し、お客さんを店内に招き入れる。

 マントのお客さんは店員の明るい雰囲気を見てホッとしたように息を吐くと、キョロキョロと店内を見回しながら受付に向かった。


「こんにちは、装備の依頼ですか?」


「は、はい」


 マントのお客さんはあからさまに緊張していた。


(うん…見たところ初心者っぽいな)


 なるべく昔の知り合いに会いたくないハンナリは密かに安堵する。


「ようこそ“和道の装”へ!私がリーダーのハンナリで、こっちは妹のアヤね」


「ど、どうも。自分はヨウカです」


 お互いに名前を名乗り、マントのお客さん…ヨウカはフードを外して素顔を露にする。


「わお…」


 ヨウカの顔を見たハンナリは思わず声を漏らした。

 今まで様々なアバターを見てきたハンナリだが、このヨウカほど美しい容姿のアバターを見たのは初めてだ。


(最初のアバターメイキングでここまでのものが作れるなんて…この人がかなりの凝り性なのか、現実のこの人が凄く美人なのか)


 ゲーム開始時のアバターメイキングは自分の顔をベースにパーツ変更や微調整などを行うが、いくら拘っても初期のメイキングには限度がある。


 ヨウカの容姿はその限度を超えていた。


(相手にとって不足なし。どんなコーデにしようかな~)


 思わぬ美少女の来店にハンナリの創作意欲はさらに駆き立てられる。


「防具デザインや性能のご希望はあります?」


「そうですね…和服系でお願いします。性能とか細かいことはよく分からないのでおまかせで」


 ヨウカのオーダーはハンナリにとって願ったり叶ったりだ。

 注文を伝えたヨウカは、次にアイテムボックスを開く。


「取引に使うアイテムは用意しています」


「あ、初心者なら無償で作りますよ」


 ハンナリはヨウカの手を止めようとする。

 初心者歓迎のギルドは初心者から見返りを求めない。それに今のハンナリは、自分の作品を着てくれるプレイヤーがいるだけで満足だった。


「いえいえ、どうぞお納めください」


 それでもヨウカは引き下がらず、アイテムボックスから刀を取り出しハンナリに渡した。


「お、刀だね」


 ハンナリはヨウカが和物好きであることに確信を得つつ刀を受け取る。


(まあ初心者の作るアイテムなんて使い道ないんだけどね)


 そう思いながらハンナリは刀のステータスを開いた。

 

「………」


 刀のステータスを覗いたハンナリの営業スマイルが徐々に崩れてゆく。


「…これ、竜刀だよね?」


「知ってるんですか?」


 ハンナリの反応を見て驚くヨウカ。


「だってこれ、攻略組が死に物狂いで落札に動いてる壊れ武器の一種でしょ」


「え?」


 ヨウカはきょとんとしている。

 それもそのはず、ヨウカはまだオークションに出品した竜刀がどれだけゲーム界を騒がせているのかを知らないからだ。


「これ、竜刀の情報ですよ」


 何かを察したアヤトリが竜刀に関する記事をヨウカに見せてくれた。


「………」


 記事を見たヨウカの血の気が引いていく。

 ここに来てようやくヨウカは、自分がしてきたことの重大さを理解するのだった。


「えっと…落ち着いて、少しずつ状況を整理しようか」


 ハンナリも急に現れた珍客に混乱するばかりだった。

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