ボーントゥビーロック
秘密基地が作りたい。大きな木の上に小屋を建てて、梯子をかける。中にはベッドや食糧を持ち込んで、好きなようにそこで過ごすのだ。場所の目星は付けてある。街から歩いて10分ほどの場所にある妖精の森。一度入って戻った者はいないと言われる危険な場所だが、俺は最近あそこにかけられた防衛システムの突破方法を見つけたので、俺だけは自由に妖精の森に出入り出来る。秘密基地作りにこれ以上ない良い場所だ。
問題はどうやって秘密基地の材料を集め、そしてあそこまで運ぶのか。俺の計算では理想の秘密基地には上質な木の板が少なくとも何十枚かはいる。斧を家の倉庫から引っ張り出して素材を現地調達するにしても、一人では労力に限界があった。
それに一度完成して終わりではないのだ。やがてさらに巨大に、快適になる予定の秘密基地のために、協力者は欠かせない。だから俺は街中を歩き、手駒に出来そうな人間を探していた。
こいつも違う、こいつもダメだ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ。街ゆく人は十人十色だが、どれもピンと来ない。俺が求めているのは何か他とは違う、特異な才能を持つ者だ。どうせ仲間にするなら、面白いやつがいい。
人の顔にそろそろうんざりしてきた頃、ようやく中々良さそうなヤツを見つけた。艶のある黒髪に、黄金の様に輝く珍しい瞳を持つ幼女。俺と同い年くらいのそいつは大通りの傍に立ち止まり、花屋の店先の黄色の花を指を咥えて見ていた。俺がその花を横から取ると、幼女の視線も俺へと向く。ぼんやりとして見えるがやはり、その目からは何か特異なものを感じた。
俺は店に入って花を購入し、ラッピングされたそれを持って再び幼女の前に行く。
「俺はヘビーロック。お前は誰だ。」
「サータ。」
「そうか。サータ。この出会いを祝して、お前にこの花をやろう。そしてこの俺の秘密基地作りの仲間にも入れてやる。喜べ。」
「やったあ。」
餌付け完了と。俺はサータに花を渡し、その手を掴んで妖精の森へと向かった。
「この先、危ないよ。」
妖精の森の入り口に着くと、それまで無言で引っ張られていたサータが突然口を開いた。
「ここは妖精の森だ。知ってるのか?」
「知らないけど、強い魔法が見える。」
どうやらサータはこの森の防衛システムを察知したらしい。やはり面白い人材だったと自分の審美眼に満足しながら、地面に被せた木の枝や葉のベールを足で退かせる。そこには訳の分からない文字が幾つも刻まれた石版があった。
「何それ。」
石版を拾い上げるとサータが隣から覗き込んでくる。俺はサータに見えるようにしながら、並んだ文字を覚えている通りの順に押していく。最後の一文字を押すと石版が淡い青の光を放った。
「あ、消えた。」
サータが森を見上げながら呟く。俺は石版を地面に置いて最初のように隠してから、サータの手を引いて森へ足を踏み入れた。
妖精の森の木は他のよりも高く、太い。これは良い素材になりそうだ。俺は品定めしながら森を歩く。サータも歩きながら花屋の花を見ていた時のような、ぼんやりした目で木を眺めていた。
「もう少し歩くと湖がある。秘密基地はそのその畔に作る予定だ。その花はその近くに植え直せ。」
サータは俺と繋いでいない方の手の花を見ながら頷く。あの色は湖に映えるだろう。
湖に着き、サータが花を植えた後、俺たちは畔にある一際大きい木の根元に集まった。見上げると遥か上で幹から枝が分かれていく場所があり、そこが良い感じに平らになっていた。
「あそこに俺達の基地を建設する訳だが、当然それにはまず木材が居る!サータよ!お前を材料集め大臣に任命する!と言ってもまだ斧がないからお前の仕事はまた後日だが。」
聞いてるのか聞いてないのか分からんボケた顔をしているがまあ良い。
俺は木のうろや皮を足がかりに基地建設予定の木を登り、太い枝に寝転んでサータを見下ろす。するとサータは意外にも軽快な動きで木を登ってきて、俺の隣に添い寝した。果物に似た、甘い香りがする。
「男女七歳にしてなんたら、だぞ。まあ報酬の前金として添い寝くらいは許してやる。喜べ。」
「わあい。」
心地良いそよ風が眠気を誘う。まあ焦ることはない。俺は青空に浮かぶ雲を眺めて、目を閉じた。