始まり
112 始まり
何度考えても許せない。例え殺す理由があったとしても殺した事実には変わりない。だから俺も同じことをする。復讐には復讐を、例え舞が殺さないでと言っても俺は七尾奏音を殺す。そうだ。俺は許せない。のうのうと七尾奏音が生きているということを許せるはずがないのだから。
気持の揺らぎが次第に無くなっていくのが分かり安心した。目的地の廃校がある最寄りの駅に到着する。山の麓の駅だからだろうか。俺しか駅にはいない。ここからタクシーを読んで廃校近くまで向かう。
携帯でタクシを呼ぶ。タクシー業者の人は物珍しい声色だった。それはそうだろう。見渡す限り田んぼしかない。駅以外、住宅はおろか建物さえも無い田舎だ。だから、人を殺しても見つからないのだろう。
暫く経ってから一台のタクシーが来た。乗り込んで目的地を言う。流石に廃校までとは言えずに、廃校近くの登山道までしか言えなかった。
山登りにしては軽装備だったので、タクシーの運転手がバックミラーを通して訝しげにこちらを見てきたが、深入りはしてこなかった。内心ほっとした。
二、三十分走ると廃校近くまで到着した。そこから少し歩いてやっと目的地に到着する。当時は夜だったのでよく分からなかったが、改めて見ると相当不気味だ。
タクシーから降り、グランドを歩いているとポケットに入れといた携帯が鳴る。きっと佐伯さんからだろうと思い、見ると案の定だった。俺の携帯にGPSでも着いているのだろうか。電話に出ると、あの時の教室まで来てくれと言われ電話を切られた。Kはあの時の教室の話もしたのだろうか?
ホコリの匂いが充満する玄関口をくぐり、階段を登っていく、あの時の気持ちが蘇る。焦りと不安が波のように押し寄せ今にも潰れてしまいそうな気分。もう終わったことなのに蘇る。嫌な気分だ。
1歩、また1歩と教室に近づく度に匂いが、景色が、肌の感触が、リアルに伝わる。もう5年も経っているのに染み付いて取れない。
廊下の壁に手をつきながら足を少しずつ進めては止まりを繰り返す。過呼吸に近い感覚が襲う。もう教室は目と鼻の先なのに、遠く感じる。
あの時に香った、生々しい匂いがしてくるようで気持ちも悪い。何年経っても記憶は感覚を呼び起こしてしまう。
這い上がってくる禍々しい記憶が俺を前へと進める。教室の前扉は開いていて、中の様子が窺える。教室の中央付近で誰かが、椅子に縛り付けられている。教室の中はカーテンがしまっていて薄暗い。廊下側にある窓からの光しか入っていないのであまりよく見えない。だが綺麗な白色脹脛が見える。
禍々しい気持ちが膨らむ。胸が熱く高鳴る。七尾奏音だ。五年ぶり出会う彼女はタオルで口や目を塞がれている。彼女は不思議なほどにおとなしい。これから死ぬ運命だというのに、まるで受け入れているようだ。
佐伯さんが後ろの扉から入ってくる。何も言わずに僕の方を見て穏やかに笑う。御馳走を用意してくれた父親のようだ。舞の父親の貴史さんを思い出す。僕と初めて出会ったときに御馳走してくれた時の表情が、佐々木家で皆で食卓を囲んだ風景が、頭の中に浮かぶ。
涙が零れる。やっとこの時が来たのだと思えると震えるほど感動的である。この震えが怒りから来ているものなのか、それとも悲しみなのか、嬉しさなのか、ちっとも分からないが俺は今、感動している。心が深く深く揺さぶられる。
俺は吐き捨てるように七尾奏音に向かって言った。
「犯されて燃え尽きろ」
頬から熱い雫が流れる。袖で涙を拭う。これから夢の一部が叶う。って言うのに、佐伯さんが七尾奏音の口を塞いでいるタオルをとってしまった。
七尾奏音は口が自由になると優しく微笑んで言う。
「ありがとう。佐藤君。私もずっとこの日を待っていたの。罪を償う時を」
何かの糸が切れる音がした。
「ふざけるな。何が、私もだ。お前はこれから殺されるんだぞ。そんな安心しきった幸せそうな表情を浮かべるなよ。なんでお前が、そんな顔をするんだよ」
縛られている彼女の表情は俺と同じく夢を叶えた時のように満足している表情をしている。どうしてだろうか。やはりあれは真実だと言うのだろうか。舞を殺したのは確実に七尾奏音だが、殺させたのはアイツだったのか。
「佐藤君お願い。なるべく苦しませて」
言われるまでもない。これからの犯す復讐は、嫌でも苦しいはずだ。ただこの復讐は時間がかかる。教室の端に置いてある椅子を持って来て座る。
「あぁ、当たり前だ。だが、その前にお前に確かめたいことが山ほどある。先ずお前は何故、舞を殺した」
一番聞きたかったことがを投げかける。あんなにも仲良しに見えた舞を殺した理由が俺には分からなかった。だから、ずっとあった時に聞きたいと思っていた。
「私が、舞を殺した理由は佐藤君と同じだよ。アイツを苦しめるために殺したの」
彼女は沈んだ声で話す。
「アイツって、誰だ」
「舞の父親、佐々木貴史」
風が肌を撫でる。音が消えた。舞の父親、貴史さん。やはりあれは真実だったのかもしれない。Dreamplanに書かれたあれは、全て真実だと言うのだろうか。




