K
分かるのは多分それだけではない。人間に備わっている六感をこの空間全てに付与、体験することが出来てしまうということは、もはやこの空間は佐伯さんの中にいるのと同等だということではなかろうか?
いや、考えすぎかもしれない。一旦横になって冷静になろう。
窓から差し込む心地よい暖かな日を感じながらベットに横になる。瞼にはまだ、恐ろしい考えが薄らと見える。
呼吸に意識を持っていき余計なことを考え無いようにする。吸って吐いて、それだけを意識する。自分が今生きていることを確認しながら呼吸をする。これから人を殺すかもしれない俺が自分の生を感じている。不思議な感じだ。
肺に入ってくる空気は思いの外優しく軽い空気だ。ここがツリーハウスの中だからだろうか?実際はこの場所は地下にあるはずなので、新鮮な空気よりも埃まみれの重い空気のはずだ。五感で感じるものは嘘でも本物に感じてしまうのだから恐ろしい。
やはり目を閉じると無駄なことだけ考えてしまう。未来や過去だけが浮かんでくる。目の前に見えているのはいつも現在だというのに不思議だ。目を閉じると普段見えないものが見えてくる。
もう一度呼吸に意識する。吸って吐いてだけを意識する。他のことは考え無い。
次第に瞼が重くなる。ウトウトと意識が暗闇に吸い込まれる。
暗闇の中、沈む自分が見えた。真っ暗な沼のような場所に自分が沈む様子。本当の自分が暗闇に沈み消えて居なくなるような感覚。
全てがもうどうでもいいような、心地よい諦めが身体を包み込む。暗闇の世界で足音が遠くから聞こえる。次第に音は大きくなる。足音が目の前まで近づき止まった。姿は見えないが誰かがいる。
「俺が教えてやるよ」
俺の声が聞こえた。声だけが聞こえる。
「知りたいんだろう?俺のこと」
声を出すことが出来ない。驚いて出すことができないのか、ただ単にこの空間では出すことができないのか、自分では無い、自分の声が既に聞こえているから脳が錯覚してしまっているのかもしれない。理由は分からない。
思うことしかできない。
「俺は、お前だ。」
声が暗闇に響く。
「オレガ、オマエ」
辛うじて、声が出る。
「そうだ。俺はお前だ。佐伯さんに聞こうとしている存在だ。知りたかったんだろう。俺のこと」
問いかけるように喋る。まるで自問自答しているようだ。声も俺の声だから。
「モウヒトリノ」
言葉が上手く発せられない。
「便宜上、Kって呼んでくれ」
Kという文字を聞いて数日前の出来事が、思い浮かんだ。
「展示会でお前は初めて俺の存在を知った。頃合いだと思ったから俺はお前に存在を教えた。佐伯がお前のことを全て知っているのも俺がお前のことを教えているから、佐伯さんと初めてあった時、本当はあれは初めてでは無かった。佐伯とは高校の頃からの知り合いだ。だから佐伯は最初にあったとき『ここに来た理由は知っている』といったのさ、数年前からお前が佐伯に尋ねることは知っていた。俺が解離性同一性障害ということも知っている。それに佐伯は、本当は舞を亡くした頃から俺を支えくれていた。宇土からも守ってくれたんだ」
俺はそんなことも知らないで佐伯さんを殴って怒鳴りつけてしまっていたのか。罪悪感が波のように襲う。真実とは時に残酷だ。佐伯さんは、でも、なんで真実を言わなかったのだろうか。
「信じて貰えないからだよ。それに俺が頼んだ」
まるで考えを読み取ったかのように言う。事実アイツは俺自身なのだから考えていることもお見通しなのだろう。
「佐伯と初めてあった時覚えているか、ローズマリーのステーキが出てきたことを、希と絵画を見に行ったときの帰り道、ローズマリーの話が出てきたことに、花言葉『あなたは私を蘇らせる』の本当の意味に気づいているか」
佐伯さんがKを蘇らせるために用意したんじゃ
「違う。お前は舞が死んでからの記憶を思い出せるか?」
舞が死んでから、思い出せる。だって、、、だって宇土に虐められて、
「本当は宇土も加藤にも合っていないだから、お前は虐められていない」
どういうことだろうか。俺は確かに舞が死んでから宇土に虐められた。はず、だ。
「お前は学校に行っていない」
脳みそが溶けていく、Kが言っていることが噓なのか真実なのか、理解ができない。だって、記憶がないのだから
「Dream planを書き始めたのがいつか分かるか、オマエの中では気づいたらあったって言う感じだろう」
確かに書き始めたのがいつなのか思い出せない。
「舞が死んでからお前はDream planを書き始めた。学校にも行かずにな。その時に佐伯が心配してよく俺の様子を見に来たり、世話を焼いてくれた」
「話は戻るがローズマリーの本当の意味は」
誰かに身体が揺さぶられ、目が覚める。近くにいたのは佐伯さんだった。先程までのことが夢だったのか、事実だったのかは分からない。
「佐藤君起こしてしまって悪いね。あまりにも魘されていたもので心配になってね。それに凄い寝汗だ。一回風呂に入って来た方がいい」
俺が目覚めたのを安心した表情をしてみている。そんなに魘されていたのだろうか。確かにいい夢では無かった。暗闇に飲み込まれ、もう1人の自分のKに真実を伝えられて、色々なものが崩れ落ちていく感覚を味わった。
きっと全部悪い夢だったんだ。夢だと信じたい。ただ夢だとしても感じる罪悪感を消し去ることは出来ないだろう。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでもないです。ただ、、」
ただ何だろうか。自分は何を言おうとしているのだろうか?言葉が詰まる。
「Kに会いました」
佐伯さんの表情が硬直する。感情が静かに消えた。




