進展
目が覚めると、見慣れた天井が視野に入った。どうやら布団の上にいるようだ。まるで昨日の出来事全てが夢だったかのように思えてきた。
夢だったのだろうか。あれほどリアルな夢はあるのだろうか。全部鮮明に覚えている。高橋さんと公園で待ち合わせをして、絵の展示会に行って、赤い向日葵の絵を見たこと。そして、別れ際に連絡先を交換しようと言われ、もう一人の自分に『変われ』と言われたこと。全部覚えている。
「あれは夢なんかじゃない。現実だ。あれは現実だった」
自分の頭の中で昨日の出来事を整理する。整理した頭のまま、布団の近くに置かれた携帯を手に取った。そして電話帳を開き、再び現実か夢かを確かめる。
元から友人が少ない俺の電話帳はスカスカなので、開けば直ぐに分かった。『高橋さん』と書かれた連絡先が新しく追加されていた。俺はやはり自分が制御できなくなってしまったのだ。
再び昨日の恐怖がフラッシュバックする。身体の血の気が引いたような気がした。昨日程の不安感はもうないのが少しだけホッとした。
落ち着きを取り戻すと、もう一人の自分がどんなことを言っていたのか気になって高橋さんに確かめようかと思ったが、辞めた。真実を言う訳にもいかないし、仮に噓をついて昨日の自分が言ったことを引き出せたとしても知ってどうするのだろうか。
それに今日は悩んでいる訳にはいかない。佐伯さんから昨日の朝連絡があって『Dream plan』について話したいことがある。と言われている。
モヤモヤする頭のまま身支度をして、家を出る。アパートを出ると真っ白い入道雲が見えた。まるで自分に襲い掛かる困難のように大きく威圧的だった。
威圧的な入道雲に向かって一歩ずつ足を進め目的の探偵事務所まで向かう。佐伯さんには聞きたいことが山ほどある。もちろん『Dream plan』のこともそうだが、俺自身のことも聞きたい。佐伯さんは最初にあったときから全て知っていたのだろうか確かめたい。
もし知っていたのならば、どうして教えてくれなかったのか。そしてまだ、俺が知らない俺の秘密があるのだろうか。いつから知ったのか。聞きたいことが山ほどある。
歩きながら一つずつ整理する。暑さのせいか整理する情報が多いせいなのか分からないが、考えが一向にまとまる気配が無く、考えれば考えるほどに聞きたかったことが何か、今自分が何を考えているのかが白紙に戻っていく気がした。まるで雲の中にいるように。
考えがまとまらないまま歩き続けると次第に探偵事務所がある東宿ビルディングに着いてしまった。ビルの中に入ると身に染みるほどの涼しさがあり、心地よかった。
使用禁止と書かれたエレベータに乗り込み暗号を入力する。入力が終わると階数ボタンにはないはずの地下10階へと移動していく。
エレベータが止まりドアが開く。目の前に佐伯さんが満面の笑みで待っていた。
「待っていたよ。きみを、さぁ、コーヒーでも飲みながら『Dream plan』の話をしようか、飲みを用意してくるから先に座って待ってて」
佐伯さんは目は何だか俺を見ているようで見ていないような不思議な眼差しを向けた。まるで全てを見透かしているかのような視線だった。佐伯さんは飲み物を入れに台所に向かう。その間に俺は先に席に座って待っていることにした。
「Dream planについてですが、順調に進んでいるようですね。アナタに会うのはいつぶりでしょうか」
変だ。何故佐伯さんは三日前にあったばかりなのに、何年も会ってない人に会ったかのようなことを言うのだろうか。それに、『進んでいる。ではなく、進んでいるようですね』これは、佐伯さんがではなく俺が計画を進めていたというのだろうか。
「え?三日前にあったばかりですよね。それに、『進んでいるようですね』とはどういうことですか」
「あ、、失礼。まだ佐藤君のままだったのですね」
「どういうことですか」
「君も気づいてるはずなのでは?もう一人の自分の存在に、、、まぁ、いいです。まだ佐藤君のままなら先にこちらの進捗から話しましょうか」
やっぱり佐伯さんは最初から知っていた。自分にもう一人の自分がいる事に。俺が驚きのあまり黙っていると佐伯さんはカンペを読むように進捗を話した。
「まず、僕の方からは前回も行った通り材料は調達済みだし、※々※舞の手紙も七尾奏音に渡したからきっとあの場所にも来ると思う。こちらとしてはもう準備は終わっているよ」
「佐伯さん、、、誰の手紙って言いましたか?上手く聞き取れなくて」
「なるほどね、そういうことか。佐藤君はあまり気にしなくていいよ」
『キマイ』の手紙とは何だ。ノイズが入っているかのように上手く聞き取れなかった。いや、違う。聞こえてはいけないようなきがした。そう言えば『Dream plan』にも似たような現象があった。ボールペンで塗りつぶしたような場所がいくつかあった。しかし自分には塗りつぶした記憶は全くない。
記憶を掘り返そうとすると意識が再びあの時思のように薄れていく、そしてもう一人の自分の声が響く。
『俺の番だ』と除夜の鐘のように鳴り響く。




