崩落
「もしよかったら私にも聞かせてくれませんか?私も佐藤さんの話が聞きたいです」
「そうですか…多分、長くなりますが、いいですか?」
「はい!もちろん!」
彼女は太陽のように眩しい顔を向けてくれたが,俺は少しだけ、高橋さんに話していいもんかと悩んだ。話すことで、同情の目で見られてしまうのではないかと。でも、高橋さんはそんな人では無いし、もしかしたら、この辛さから解放されるいい機会かもしれないと思って話すことにした。
太陽が沈みかけ、欠けている月が出始めていた。
「そうですね、、これは、今桜のように散ってしまった彼女の話で……」
天国でも見ているかのように淡い瑠璃色の空を見上げて話し始めた。幸せの終わりと復讐の始まりをオブラートに包みながら。
「まぁ、そんな彼女のことを思い出しまして、つい笑ってしまいました」
話が終わる頃には空一面が深海色に変わっていた。冷たい風にさらされ、目から熱い水滴が一粒流れ頬を伝った。
終始彼女は目を輝かせて聞いてくれたし、俺も舞との思い出を話すのはとても楽しかった。久しぶりに大切な大切な思い出が話せて本当に楽しかった。でも、ちょっとだけ苦しくもあった。
「幸せだったんですね……」
彼女は優しく微笑んで言ったが、その言葉の奥の彼女はとても苦しそうだった。きっと舞がこの世にはもう居ないと察してくれたからだろう。でも、それ以外にも複雑な感情が渦巻いていそうだった。
「さぁ、今日は暗くなったのでもう帰りましょう」
冷たくなったベンチから立ち上がりながら言った。
「そうですね。あの……もしよかったら、明日も会えませんか……」
「そうですね、、」
「良かった、じゃあ、、またここで、時間は、、12時でいいですか?」
「わかりました」
別れ際の高橋さんは、喉に詰まらせた言葉を一つ一つ口に出すかのようだった。公園から遠ざかっていく街頭に照らされて見えた後ろ姿は夏夜には似合わない哀愁を漂わせていた。俺は話したことを少しばかり後悔して顔を歪める。
高橋さんが去った後、俺は家までの夜道を歩きながら考えていた。
「もしかしたら、俺と高橋さんは同じ境遇なのかもしれない……」
高橋希
私は湯船に身体を沈めながら今日のことを思い出していた。
佐藤さんと話すことで気持ちに整理できた気がする。でも、、なんだろうか。この想い、、佐藤さんを思い出すたびに苦しくなり、身体が熱くなる。どうしても、あの時の少年と佐藤さんが重なる。私は佐藤さんのことが、いや違う。だってあの時の少年はもうこの世からいないのかもしれないのだから。
私が引っ越すことが決まった日の夜、私はこの目で見たのだから、あの日、私は少年に会いたくて家を抜け出し恵希公園に向かった。でも、公園に着いてから私が見た光景は、、、今でも思い出すと恐怖を覚えるものだった。鉄バットを持った男が少年を殴り殺しているところだった。殴られている少年は間違いなくあの少年だった。少年は砂利に真っ赤な血溜まりを作って倒れていた。
当時の私は怖くて一目散に家に帰って布団の中に籠ることしかできなかった。そしてそれ以降再びこっちに戻って来るまで公園に行くことは無くなった。
もちろん両親に公園での出来事を話したが信じて貰えなかった。怖い夢を見たのだと言われ、自分もいつしかあの時の出来事が夢だったのではないかと思うようになり、記憶が薄れていった。でも、佐藤さんと初めてあった時にあの時の少年と面影が重なってしまった。
不思議だ。記憶が薄れて顔を声も忘れているというのに、、、思い出だけしかもう残っていないというのに、ほんとに不思議。
お風呂から上がると、キッチンで二人分の料理を作る。お母さんはお父さんの葬式が終わった途端に体調を崩し部屋にこもっている。一言声を掛けてからお母さんの部屋の前に料理を置いとく。
一階に戻りテレビをつけると、あの日朝みたCMが流れた。短いコマーシャルがその後も頭の中で再生される。後悔と一緒に。あの時に私がここに行きたいって言わなければ、もっと早く帰っていれば、お父さんと一緒に行っていたら。
「お父さん、、会いたいよ」
自信作のハンバーグ、いつもは美味しいはずなのに今日は美味しくなかった。
「どうしてだろう、、塩入れてないはずなのに凄くしょっぱいよ。あと冷たい、、、」
出来立てで湯気が出ているのにもかかわらず。冷たかった。ひとりで食べることがこんなにも料理を心を冷たくさせるなんて今まで知らなかった。家族で食べる夕食があんなに美味しかったなんて知らなかった。
結局半分まで食べて残りは捨てた。二階に上がるとお母さんの部屋の前には一口も口がつけられていないお粥が置いてあった。声をかけるが返事はない。心配になってもう一度声をかける。
「夜ご飯ここに置いとくね」
「食べない」
そう返って来た。胸が締め付けられる思いを隠して私は「明日はちゃんと食べてね」と言い残して去っていた。
母親の分もゴミ箱に捨てる。まるで自分の感情まで捨てているようだ。二人分の食器を洗い終わると導かれるように自分の部屋の布団に潜った。
翌朝、目が覚める。夢でお母さんが笑顔でキッチンに立っている姿を見た。少しだけ期待を募らせながらお母さんの部屋をノックする。
「うるさい」
期待をした分だけ殺された。階段を一段ずつゆっくりと静かに降りる。物音を立てないように料理を作り部屋の前に置き、一言声をかける。
「朝ごはん作ったから、、あったかいうちに食べて、、」
「要らない」
返ってきた言葉に刺されて感情がまた一つ殺された。言葉は透明なナイフとなり私の胸に突き刺さる。殺された感情を抱えたまま支度をし、玄関を出た。 外へ出ると内面の寒々とした思いとは裏腹に、身を焦がすような暑さで、ヒートショックを起こしてしまいそうになる。




