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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1.5章 七尾奏音 色欲復讐編
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最後の試練

 汚物に記憶の断片が投影される。俺は父親に見つかり恵希公園から逃げていた。日はすっかり落ち、街中が静まっている。少女の悲鳴が微かに聞こえる。思わず足を止めて悲鳴が聞こえた方を向く。街灯で照らされた真っ白な家があった。

 

 自分と同じ環境で育っているのが他にもいたことに興味をもち、家へと近寄った。だが、直ぐに後悔する。

 

 少女の悲鳴は次第に大きくなり深々(しんしん)とした住宅地に響き渡り、耳を引きちぎりたくなるほどの悲痛な声になる。窓を開けて寝ていた住民は次々と窓を閉めカーテンを閉じる。


 男性の怒鳴り声も聞こえる。よく俺が父親に言われている暴言と同じだった。『暴れるな、死ね、きたねぇな』そして、『うるせぇ!』大体うるせぇって言った後には殴られる。だから、俺は何があっても叫ばないようにしている。でも、タバコを押さえつけられたときは叫ばずにはいられなかった。

 

 少女も同様で殴られているようだ。更に叫び声が酷くなったから。


 汚物が硫酸色に戻る。気分は相変わらず酷く、脳内に響き渡る悲鳴がこびりついている。でも先ほどよりは少しだけましになった。


「今回は大分酷かったね……少しだけ心配したよ。このまま壊れてしまうではないかと思って」


 汚れた口元を袖で拭った。


「薄情ですね。でも、俺は壊れませんよ。復讐するまでは」

「それは頼もしいね!期待しているよ!」

「佐伯さんに期待されるのは光栄ですね」


 ある意味挑発し合っている言い方をし合う。でも、こうでもして気持ちを高めていかないと心が折れてしまいそうだった。佐伯さんにはそれが分かっているようだった。

 

「そんな頼もしい佐藤くんにはラストステージに招待しよう」

「それは、嬉しいですね」

「あまり嬉しそうには見えないけど?」

「嬉しいですよ!次はどんな苦痛に味わうのかとワクワクしてますよ。まぁいつか佐伯さんもドリームプランの中に書き加えますが」

「それは、怖いね……」


 佐伯さんはそう言って手元で何かを打ち始めた。後ろから歯車が回る音がして、振り返るとエレベーターがあった場所が通路に変わっていた。通路は暗く奥が深そうだった。


「朱雀の迷宮って呼んでいるんだ。カッコイイでしょ」

「そうですね……先ず、なんで室内に迷宮があるのかが謎ですが」

「そこは言わないお約束でしょ!佐藤くん厳しいな!まぁとりあえず、この先で僕は待ってるから!じゃあね」


 ぷつりとプロジェクターが切れたように画面が夜景に変わった。鬱陶しかった佐伯さんの声が聞こえなくなると少し寂しくなる気がした。

 

 後ろの迷宮からは風が音を立てて吹いている気がする。相当深いのだろうか。ワクワクした恐怖感が襲ってくる。一歩ずつ迷宮に近づき、中へ入る。薄暗く肌寒い茶色のレンガで出来た一本道が続いた。

 

 次第に背後にあった部屋の明かりが頼りにならなくなった。代わりに壁に掛けてあるホログラムのランタンが道を照れす役割を担ってくれた。

 

 開けた場所まで出ると三メートルぐらいの茶色のレンガが幾つもの道を作り上げていた。道の上は十メートルぐらいの天井まで吹き抜けている。天井には無数のホログラムのランタンが吊り上げられている。なのである程度は明るさはある。

 

 このビルで働いている人は地下に迷宮があるなんて思ってもいないだろう。俺も目の前の光景が信じられ無いでいる。


 目の前には三本の分かれ道がある。どれに進めばいいのか毛頭分からない。だが、ここで立ち止まって居ては時間が過ぎるだけで、何も解決しないだろうと思い、適当に目の前の道から入って見る。


 二、三個の分かれ道を曲がると道が無くなり。一つ前の分かれ道まで戻る。足はまだ疲れていなかったが、泣いたり、叫んだりしていたので、精神的には既に限界を超えていた。体力も限界に近かった。そして、この事務所に来てから何時間立っただろうか。ここに来た時点で。日が暮れかけていたのを思い出す。

 

 体感では深夜辺りの気がする。ショッキングな出来事ばかりで幸い目は覚めている。


 分かれ道まで戻り、再び歩く。道中、分かれ道がまた現れた。その度に適当に進み、行き止まりなら戻り、進み、を幾度なく繰り返した。ふと気付く。自分がどこに進んでいるのか、ゴールはどこなのか、何故歩き続けているのか、方向感覚も無くなり。全てがどうでも良くなってくる


 次第に俺は何のためにこの迷宮を彷徨っているのかさえも分からなくなり、疲れ果て、その場に座り込む。疲労が足から全身に伝わり、身体が鉛のように重くなっていき、瞼さえも落ちてきた。壁に(もた)れているはずだったが緩やかに身体が崩れて床に横たわる。


 このまま二度と目が覚めなければいいのにとさえ、感じるのを最後に脳が完全に活動を停止する。


 気付くと俺は座り込んでいた。そこは絶望色と言うのに相応しい程に闇に包まれいる場所だ。生まれてからの時間ずっとここに居たかのようにさえ感じてしまう。記憶も暗闇に包まれ消えていく。


 全てが黒に塗りたくられたとき、俺は何者かも分からなくなってしまい、何故自分が復讐をしたいのか、なぜあんなにも復讐することを生きがいと思っていたのか、全てが分からなくなっていた。

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