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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1.5章 七尾奏音 色欲復讐編
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悲鳴

 二つの記憶が交じり混濁していた意識が一つになる。割れるような頭痛も消え、身を悶えるような激しい感情の起伏も感じられない。噓のように無くなった。


 それどころか今は、薄れていく中で見た少女のことで思考が支配されていた。記憶が断片的に蘇る。今まで何故少女のことについて思い出せなかったのか、忘れていたのか、疑問に感じるほどに鮮明に覚えている。


 少女とはほんのりと暖かくなってきた春に恵希公園で出会った。


 俺は両親から逃げるために公園の茂みに身を隠し、両親の存在に怯えていた。少女はそんな俺に話しかけてくれた。話しかけられたときは、生きた心地がしないほど驚き、心臓が止まりそうだった。当時の俺は家族以外に人と会話したことが無かった。いや、家族とも会話をしたことが無かったのかもしれない。どうやって会話すればいいのかも分からず、終始少女からの問いかけに言葉を返すことはできなかった。今思うと申し訳ないと思う。


 それでも少女は一生懸命に話しかけてくれ、俺の緊張をほどいてくれた。当の本人は何も考えていなかったのかもしれないが、俺は随分と救われた。なんせ、人というものを知らなかったし、他人も両親のように罵詈雑言を言うものだと思っていたから。


 少女は言葉を交わさない俺とも楽しげに話していた。明るく家族の話をする少女につられて俺も気付くと笑顔になっていた。


 少女と話す時間は流れ星のように瞬く間に過ぎていく、別れ際、俺は少女の名前を聞いた。


『私はのぞみ!高橋希!』


 それから、両親から逃げ出す度に恵希公園で希と遊ぶようになった。遊んでいるときは(はなは)だ楽しくて、時間という概念を忘れてしまう。直ぐに夕暮れになってしまう。俺は当時夕暮れが嫌いだった。夕暮れになると希が帰ってしまうし、日が落ち人気が居なくなる頃に、父親が俺を家に連れ戻しに来るからだ。


 そして、数日後希は『大好き』と言って忽然と姿を消した。


 希が居なくなってからは天国が日常に戻り、ただただ苦痛に耐える日々が続いた。多分俺の記憶が無いこともそこに関係しているのだと思う。人間は無意識に辛かったことに蓋をして自分を守るから。まだ完全に戻った訳ではないから断定することはできないが。


 記憶が少し戻った今でも俺の気持ちは変わらない。例え昔は希のことが好きだったとしても、今の俺は舞のことが好きだ。これから先もずっと好きでいる。この気持ちは変わらない。変わってしまったら、半年後に舞と再開する時怒られてしまう。


 きっと舞なら許してくれるだろうが、そんなことを思うと少しだけ笑みが(こぼ)れる。

 

 だからこそ、希さんに俺の過去のことを知られてはいけないと痛感した。握りしめてぐしゃぐしゃになった絵を見る。ふと裏側に文字が書かれたいたことに気付く。そこには『青龍の住処にある生命の源を垂らせ』と書いてある。青龍の住処とはダイニングキッチンがある部屋のことだろうか。立ち上がり、部屋に入る。


 絵に水道水を垂らす。白黒の文字らしきものが薄っすらと浮かびあがっていき、次第には判然(はんぜん)と見えてくる。


 『麒麟の間に行け』


 麒麟の間とは中央の部屋のことだろうか。半信半疑のまま部屋を出てると。タイミングを見計らったかのようにプロジェクターが夜景から佐伯さんの顔が表示された。


「ようこそ麒麟の間へ、、って言っても、佐藤くんは疑問に思っているだろうね。南の朱雀と北の玄武が無いことに、でも、朱雀も玄武もこの事務所にいる。そして今から、私の隠し部屋へと繋がるヒントの玄武の絵を見てもらう」


  俺は怖かった。自分の記憶が戻る度に自分で無くなる気がした。自分なのに自分ではない誰か自分の中に靄がかかっているように薄っすら見えてくる。でも、俺は何者になろうと復讐しなければならない。だから、俺は逃げない。


 プロジェクターが真っ白になり、次の瞬間に絵が表示された。


 風呂場で裸の少女が浴槽から這い出ようとしている。それに覆いかぶさるように少女を包み込み阻止している。何とも惨たらしい絵に俺は目を背けようとするが、身体は思考とは裏腹に絵に縛り付けられる。


 吐き気がするほどの嫌悪感が這い上がってくる不快感と頭痛。嗚咽を漏らしながら前に倒れる。次第に思考が不透明になっていき、泣け叫ぶ悲鳴が脳内に響き渡る。


「いやぁああ、やめて!お母さん助けて、痛い、痛い」

「おい!暴れるんじゃねよ!血が付くじゃねかよ!」


 耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴を上げ、抵抗している声が聞こえる。だが、虚しく男性に犯され続ける。声から察するに股からは大量の血が出ているようだ。男は快楽に溺れている声を出すのを最後にして悲鳴が啜り泣く声に変わった。


 鮮明だった音が薄れて次第にしなくなる。でも、鼓膜には叫び声がこびりつき離れない。思わず耳を抑え込むが無駄だった。余りの不快感で床に嘔吐した。胃に何も残らないほどに吐き散らかした。


 それでも、悲鳴が鳴り止まない。見かねた佐伯さんは大丈夫かと声をかけるが、半狂乱になっている俺にはその声も聞こえない。


「流石にこれは厳しかったかな……でも、これを乗り越えてもらわないと真実にはたどり着かない」

 

 佐伯さんは顔を歪めて小さく呟いた。

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