天国と地獄
俺は昇降口の奥にある階段を登って二階にある四組の教室に向かった。自宅から学校までは10分程度で着く。一刻も早く祖父母たちから逃げたいので朝の六時半に家を出た。昨日貰った資料を見て自分の席に座る。席は一番後ろだった。窓からは、桜の木が立ち並んでいるのが見える。机に荷物を置くと、腹がなった。昨日も祖父母たちは何も食べさせくれなかったし、冷蔵庫に入っている食べ物を食べようとすると、ライターで背中を炙られた。だから昔から生ゴミみたいな残飯しか食べれなかった。それも3日に1回だ。
腹を満たすために、水道の方へと行き腹を満たす。教室に戻ると昨日の人が俺の席の前に座っている。彼女は携帯をいじっていたが、顔をあげて俺の顔を見た。少しだけ驚いている表情が伺える。それもそうだろう体育館裏で嘔吐していた奴と同じクラスなのだから。
「あ、昨日、体育館裏でゲロ吐いてた少年!……あ、ごめんなさい」
「いえ、本当のことなんで、それよりも昨日はありがとうございました。おかげで助かりました」
「あ、別にいいよ!あのぐらい!気にしないで」
「それよりも体調は大丈夫?」
「はい、おかげさまで」
俺は席に座りながら、彼女にお礼を言った。本当に助かった。彼女が居なければ、俺は高校三年間希望を持てずこの世からいなくなっていたかもしれない。そういうでも助かったと言える。
「それは良かった!あ、そういえば、名前聞いてなかったね」
とても優しく柔らかい笑顔で聞いてきたが、照れて彼女の顔を直視出来ず下を向きながら名乗る。異性と会話するのはこれが始めてかもしれない。昨日はもちろんカウントしない。
「佐藤十思です…」
「じゃあ……じゅっくんね!」
「え?……」
「だって佐藤君はなんか違うし、じっし君は言いにくいから!」
彼女はいたずらっ子みたい笑う。花のように可愛いらしかった。俺は一瞬顔を上げた。顔に熱があつまるのが分かったので急いで顔を俯かせた。
「私のことは舞って呼んで」
「後、タメでいいよ!同い年なのに、敬語使われるとムズムズしちゃうから」
「分かった……」
「なに~?その自信なさそうな言い方」
「だって、人のこと呼び捨てしたことなくて…」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、私が初めて奪っちゃたんだね」
この時間が永遠に続けばいいのにと思った。彼女は表情はコロコロと変わったが全て桜のように可憐だった。そんな表情をと見ると鼓動が大きくなった。舞に聞こえるんではないと思うほどにドキドキした。
天国みたいな時間を過ごしていると、いつの間にか聞き覚えがある二人の声が響いていた。宇土正真と加藤啓介が教室に入ってくる。ニヤニヤしながらこちらへ向かってきた。
「よう!サンドバック。楽しそうに話してるじゃん、いいな~俺も混ぜてよ~」
宇土が話しかけてきた。俯いていた顔を更に下げる。胃からはドロッとしたものが上昇してくるのが分かった。手で口元を抑えて我慢する。
「なに?サンドバックって……酷くない?」
舞は宇土を睨みつけた。
「うっせ!女は黙ってろ!それにコイツはそう言う名前なんだよ。なぁ?」
声だけで舞を黙らせる。クラスにいた学生の視線が集まった。宇土は俺の方を見て同意を求めてくる。中学時代にされてきたことなどがフラシュバックして怖くて何も言えなかった。
「まぁいいや。また楽しくやろうぜ!サンドバック」
「とりあえず、今日の昼休みよろしくな!最近溜まってるんだよ、色々と」
不快な笑みを浮かべている宇土健介を見ると今にも逃げ出したくなった。
「あんな奴の言うことなんか聞かなくていいんだよ。」
「舞も知ってると思うけど、あいつの父親、政治家なんだ、だから言うこと聞かなかったら退学にされるかも…」
舞は宇土を睨みながら大きな声で言った。宇土正真にも聞こえたみたいで睨み返してくるが、鼻で笑うと前を向いた。嫌な予感がした。
❁.
四時間目の授業が終わり昼休みを告げる鐘がなった。授業中は舞が近くにいたおかげで、とても幸せな気分になれた。だからこそ鐘の音を聞くと冷や汗がじわりと噴き出す。天国から地獄に一気に叩き落とされた気分になった。
胃が痛み始める。
宇土がこっち見て恐怖を煽るように名前を呼んできた。
「さ~と~う」
呼ばれた途端に全身が硬直して胃の中にハリセンボンがいるんでは無いかと思うほど痛かった。腹を抑えながら立ち上がった。ここで俺が従わないと舞に何するか分からない。
宇土と中学時代からつるんでいた加藤が近寄って肩を組んでくる。そして、宇土も同じようにしてきた。体温が冷たくなる。胃痛が更に酷くなる。先まで胃の中にいたハリセンボンは膨張して強く針を刺してくる。
「じゃあ、佐藤君ト イ レ 行こうか」
不敵な笑みを浮かべ脅すように言ってきた。宇土はいつも俺を痛みつける時はトイレに行く。個室だと誰にも見られないでいじめられるから。
二階にある男子トイレに連れて行かれると、加藤はスマホを取り出して動画を取り始めた。宇土が俺を個室に押し込んだ。そして、加藤も個室に入りカギをかける。三人も入った訳であるから狭かった。宇土は慣れた様子でベルトを緩めズボンを脱ぎ始めた。
地獄が始まった……
好き放題に殴られ蹴られ、気が済むと口の中にぶち込まれるの三拍子だった。加藤と宇土はスッキリした顔をしてトイレから出て行った。俺は生臭くなった口の中に自分の手を入れて便器の中に吐いた。
「また同じ生活を送るのか…」
俺はぐちゃぐちゃになった便器の中を見て呟いた。教室に戻ると、宇土と加藤がスマホで先撮った動画を大音量にしてクラス全員に見せてこういった。
「俺たちに逆らったらあいつみたいになるからな」
そ教室に戻ってきた俺を指さしながら加藤が続けた。
「あいつみたいになりたい奴いる?いないよね」
「あいつみたいになりたくなかったら逆らわないでね!」
宇土が補足するように付け足した。
「ちなみに教師にチクるのは無駄だからな」
「多分みんな知ってると思うけど、俺の親父、政治家なんだわ、だから、息子がいじめをやってるなんて悪評つけたくないわけなんだよね」
「そもそも、学校側もいじめがあったなんて認めたくないしな」
宇土と加藤は大笑いしながら、クラスを恐怖で支配しようとしていた。舞が立ち上がって言い放った。
「そんなことが本当に許されると思ってるの」
クラス中が一気に舞に注目した。宇土と加藤は馬鹿笑いしている。
「お前さ、俺の話聞いてた?頭悪いんでちゅか?」
「聞いてたよ、ちゃんとね」
舞はニコッとしながらスマホを取り出した。
「ちゃんと録音もしてね!」
「これが、世間に拡散したら、流石に政治家のお父さんでも、やばいんじゃないかな?」
加藤は焦っているのか、顔を青くして宇土の方を見たが、宇土は堂々としている。
「やれるならやってみろよ!」
「マスコミに圧力かければ1発で終わるぜ」
宇土は鼻で笑った。加藤も安心したのか、先程の威圧的な態度に戻った。
「分かった」
そういうと、舞はボタンを押し、匿名で全世界の人が見れる、nasaというSNSに投稿した。
「あ~あ、やっちゃったね、今後、自分がどうなるかも考えないで」
「まぁ、いいや」
そういうと、宇土と加藤は教室から出ていった。
❁.
舞が投稿した動画は瞬く間に、世界へと広がっていき、1時間で十万回再生になっていた。
俺の自宅にはテレビは無いし、携帯も持っていないので、知るすべがなかった。
その頃、日本全国では生放送が流れた。宇土の父親、宇土健介が記者会見を開いて、事実無根であると主張していた。
「今、nasaで公開されている、録音データは私のことを陥れようとしている方のフェイクニュースです。なので、私の息子が虐めをしていたなどの事実はありません。皆さん信じないでください。既に私の元には、フェイクニュースを投稿した犯人も逮捕したという情報が入っております」
健介は力強く言い放った。早急な事件解決に記者たちは騒がしくなった。それを静かにさせるためにか健介は力強く拳を机に叩きつけ注目を集めてから発言しだした。
「しかしながら、あのような出来事は例えフェイクニュースでも許されるおこないではありません。犯人には途方もない怒りを感じておりますが、火のない所に煙は立ちません。ですから私にも非があったと思っています。そこで皆様の信頼を得るために、私、宇土健介はここでいじめ撲滅政策を打ち出すことを誓います」
健介はバリカンで頭を丸め始めた。再び騒がしくなった会場が一瞬で静かになり、バリカンの機械音だけが響いた。丸め終わると言い放った。
「口だけでは、なんとでも言えます!頭を丸めるだけでは、皆様に信用して貰えないことは重々承知の上です。なので、半年間で虐めを撲滅出来なかった場合は、辞職致します。実際に辞職届けもここにあります」
と言うと、記者達に辞職届けと大きく書いてある、白い封筒を見せた。
この記者会見以降、誰も宇土家族を責める物はいなくなり、フェイクニュースを上げた犯人に矛先を向け始めた。
そして、速報でフェイクニュースの犯人が逮捕された人物がとりあげられた。犯人は以前から宇土健介のことをインターネット上で、批判する書き込みを大量に書いて、健介がいる事務所にも迷惑行為を幾度なくしてきた、35歳、クリエイターの女性だった。
❁.
舞は父親が家に帰ってきた後に、いじめの詳細を相談していた、その時にテレビで丁度、会見がおこなわれたのである。舞は会見の一部始終を見て驚いた。まさか自分がやった事で他人が逮捕されるなんて、想像もしていなかった。
「きっと舞を逮捕してしまったら、フェイクニュースの信憑性もかけるし、未成年を逮捕してしまったら少年法で守られて名前や顔も公開されないから、世間の怒りの矛先を向けさせるのに適していない。だから自分のことを批判している人を別件で逮捕して罪を上乗せしたのだと思う。そのほうが都合がいいからね」
舞は自分がやった事の規模の大きさに恐怖を感じた。