正夢
夢から覚める。夢の内容が鮮明に残るが肝心な部分が分からない。あの少女と少年は一体誰なのだろうか。少年は誰に怯えていたのだろうか。ただの夢ではないような気がしてしょうがない。あの夢を見た時に自然と懐かしさを感じた。
分からないことだらけだが、それでも、確かなことが一つだけある。それは、夢で出てきた公園は確実に恵希公園であるということだ。もしかしたら、あの公園に何か隠されているのではないか、俺はそんな気がしてしょうがなくなってしまった。身支度をすると事実を確かめるために再び恵希公園へと向かう。
今日も外は日差しが強く嫌気が差した。暑さで道路には陽炎が立ち込み蝉の声で街の騒音と雑念が相殺される。蝉はどうして夏にしか鳴かないのだろうか、冬にも鳴いてくれれば、こんなにも夏に暑い思いをしなくても済むだろうに。どうしても夏の風物詩という感じがして余計に暑さが増す。
まだ家から出て数分しか経っていないのに額から汗が流れ落ちる。Tシャツの襟で汗を拭った。
やっとの思いで恵希公園に着くと、昨日と同じようにブランコに座っている女性がいた。そして、有ろう事か雲一無い晴天なのに俺が昨日上げたビニール傘を持っていた。公園に遊びに来ている子供たちに指を指されていても気にしないで、ブランコに座っている。
俺が立ち止まって女性のことを見ていると、目が合い。女性は微笑みながら一瞥するとこちらに向かってきた。偶然にも微笑み方が夢でみた少女と同じような気がして姿を重ねてしまう。
「あ、やっぱり。来てくれると思ってました。あの昨日は傘、ありがとうございました。どうしてもお礼がしたくてここで待ってました」
「でも、良かったです。来てくれて、、、来てくれるまで通うつもりでしたがそうならず良かったです。」
昨日あんなに泣いていた女性とは見えないぐらい元気よく明るかった。表情が夢でみた少女と重なる気がした。
「あ、あの私の顔に何かついてます?そんなに見つめられると恥ずかしいんですが」
「すみません。昨日の方とは思えなくて、、あと笑ってる顔が素敵で、、」
俺は、後頭部を掻きながら恥ずかしそうに謝った。実際に笑顔に見とれていたのは事実だったが、こんなにもくさいセリフが唐突に出ると思わず、恥ずかしかった。
「ありがとうございます!照れますね、アッハッハ」
女性はそう言ってくれた。何とか助かった。互いに照れ笑いをする。引かれていないとわかって内心ほっとした。
「あ、これ傘です。あ、でも、こんなに晴れてたら邪魔ですよね、、」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも持って来て頂いてありがとうございます」
彼女から傘を返してもらった。返して貰ったビニール傘は晴天の日には不似合いで、異質だった。僕たちの関係性もこの傘のようになるのだろうか。
「あ、はい!こちらこそありがとうございました!あと、もしこの後お時間ありましたらお昼御馳走させてくれませんか?」
「え、いいんですか?」
「はい!ぜひ!お礼がしたいので、御馳走させてください」
「じゃあ、、、お言葉に甘えて」
男なのに少し情けないとも思ったが、仕事が無くて困っているということもあり、甘えさてもらった。
「あ、あの先から思ってたんですけど、体調が悪いんですか?」
「え?元気ですよ!」
「それなら良いんですけど、声が震えていらっしゃったので……」
「あ、気にしないでください」
彼女は声が震えていた。理由を近くのカフェに向かいながら話してくれた。どうやら、彼女は中学生の頃から私立の女子校だったらしい。だから男性としゃべる機会は父親ぐらいしかなく、男性に対する免疫が無いということで緊張していたらしい。彼女いわく昨日は呆然としていたので意識することはなかったので緊張していなかったが今は俺と会話をするだけでも心臓が破裂してしまいそうなほど緊張しているらしい。なんとも可愛らしい。
落ち着いた洋封な雰囲気の店内に入ると、中は冷房が効いていて少し肌寒いと感じるぐらいだった。店員に席に案内され、座る。
「あ!すみません!まだ名前言ってませんでしたね!わ、私、高橋希といいます」
凄い緊張の仕様だ。なんだかシェパードに怯えているチワワのようで微笑ましく見えてしまう。
「えっと、俺は佐藤ジッシっていいます」
「じっしさん?っていうんですか。漢字はどのように書くんですか?」
「漢数字の十に思うの思で十思です。」
「へぇ~それでジッシって読むんですね!珍しいお名前ですね。きっと佐藤さんにそのような名前を付けてくださるってことはご両親はさぞかし、愛情深い方なんでしょうね」
「何でですか?」
素直に言ってくれたのだろうが彼女の言葉に少しばかり腹が立つ。感情に任せて愛想が無い返事になってしまった。多分正解の回答を言うのであれば、「そうなんです!」と言った肯定の言葉なのだろうが、愛情深い両親ならば多額の借金を残して消えなかっただろうから肯定はできない。まぁ、今ではその頃の記憶は忘れてしまった。思い出したくもない。両親のことなんて。
俺はなんて言っていいのか分からず黙っていた。というよりも答えを探していた。
「もしかして、私余計なこと言っちゃいましたか……」
彼女は申し訳なさそうに言うから、苛立ちが落ち着き俺はこう言った。
「いえ、実は両親の記憶が無いんです。だから愛情深い人なのかわからないんですよね。でも、きっと哀情深い人だったと思います」




