夢
ナイフが止まった。今、佐伯さんは確かに命を狙われているって言ったよな。この人はほんとに何者なんだろうか。
「多分、君も聞いたことあると思うんだけど、僕の父親は佐伯一泰なんだ。簡単に言うならば、総理大臣、、元総理大臣かな。今は宇土健介がなったから」
苦笑気味に笑う。その表情の奥底に隠し切れない悔しさが混じっていた。それよりも元総理大臣の息子だという事実を知って驚いた。
「佐藤くんも知っているかもしれないけど、父は自殺した。いや自殺ってことになったんだ。本当は殺されたのに。僕はこの事務所に父が殺されたと証明できる証拠を隠してる。ここなら事務所の場所もそうそうにバレることはない。でも、最近になって何故か僕が証拠を持っていることがバレちゃったんだ。だから外に出ると命を狙われているって訳なんだよね。最近も変装し無いで外出したら、人が居ない場所でスナイパーに狙われたし、電車を使おうとするとホームで押されて線路に危うく落ちそうになったし、車にだって何度引かれそうになったかわからない、だからこうやって変装してるんだ」
そういうと首の皮を引っ張り、皮を脱ぎ捨てた。
「え……宇土……宇土正真じゃないか」
佐伯と名乗っていた人物の顔は俺の復讐相手である宇土正真の顔をしていた。握っていたナイフに力が籠る。
「これはどういうことですか……貴方は宇土なんですか?それとも……」
目の前の人物は誰だろうか
「佐伯斗真だよ。最初に言っただろう佐伯斗真だって、、だから佐藤君一回その手に持っているナイフをおいてくれないかな。君の気持ちはこれでもよくわかっているつもりなんだ。ホントはこの顔は見せないつもりだった。だけど、真実を話すためには見せないといけないと思ったんだよ」
「どこから話そうか、うん、とりあえず、この顔の説明から話すよ」
先ほどまでの軽々しくしゃべっていた佐伯とは打って変わって重苦しい空気を放ちながらしゃべり始めた。
「先ず、この顔は整形をしたんだ、だから本当の顔ではないから安心してほしい。僕の本当の顔は父が殺された日に捨てたんだ」
「父が殺された日、書斎には遺書が残されていた。そこには、宇土健介に殺されるかもしれ無いと言った内容が書いてあった。そして、僕は宇土健介のことについて調べた。そこで宇土正真という一人息子がいることが分かった。でもそれ以外のことは何もわからなかったし、警察もあてにならなかった。だから僕は宇土正真となり、情報を集めようとしたんだ」
「実際に整形をして宇土正真の顔になった時は何度自分の腹に包丁を突き刺したかわからないぐらいに殺意で満たされてどうにかなっていた。しかも宇土正真の顔だから病院にはいけない。母と兄貴に僕が腹に包丁を突き刺すたびに看病してもらったよ。そのおかげで今では、包丁も突き刺さないようになったんだ」
「でも、そこからが、また大変で今度は宇土正真のことも調べて、性格も似せようとした。そこで君の存在について知ることになったんだ。ちょうど、舞さんが自殺した後ぐらいかな。君がいじめられていたのもその時に知った」
「じゃ、じゃあ……佐伯さんはずっと俺が苦しんでいる間見て見ないふりをしていたんですか」
俺は、佐伯さんの話を聞いて腸が煮え切れそうだった。どんな気持ちで舞が死んだあと宇土にいじめられてきたか。いじめられている間、俺は佐々木家族を失った悲しみでやり返す気力もなかった。だから漠然と日々やり過ごすことしかできなかった。
沈黙が流れる。佐伯さんはワインを静かに飲んで言った。
「そうさ、僕は君が宇土にいじめられているのをずっと見ていた。そうして、宇土に対する復讐心が高まればいつか仲間にすることができると考え、助けなかった。そして君は今宇土に復讐しようとしてここにいる。だから僕が君を助けなかったことは正解だった」
俺は、抑えきれなくなり、佐伯の左頬を思いっきり殴った。佐伯が倒れる反動で机も倒れ、料理も散らばった。床に倒れる佐伯を尻目に事務所を出てエレベーターに乗り込んだ。
「僕を殴りたければ殴ればいい、殺したいならいつでも殺してくれてかまわない、それだけのことをしたのだから…でも、一つ約束してくれ!宇土健介を、あいつを地獄に叩き落すと!!!!絶対にあいつだけは、あいつらだけは許せない!!!!」
閉じるドアの間から復讐に飢える餓鬼が見えた。
並ならぬ復讐心を抱いてることは分かったが佐伯さんを許そうとは到底思えなかった。でも、もし、佐伯さんがあの時に俺を救ってくれていたら、俺は今この場所に来ていただろうか。もしかしたら今よりは復讐心は薄れていて、来なかったかもしれ無い。そう考えると、あながち佐伯さんが言っていたことは間違いではないのかもしれない。でも、でも、俺は、、助けてほしかった。
ビルから出ると、雨は本降りになっていた。雲は自分の心を表しているかのように厚く暗かった。
佐伯さんが救ってくれていたら人生は変わっていただろうか。ありもしない世界線を考えながら家までの帰路についていた。考えれば考えるほどに、今よりは幸せだったのではないかと思ってしまう。そんなことを考えると胸を搔きむしりたいぐらいにどうしようもない絶望感を味わう。もしかしたらあったかもしれしれ無い幸せを考えれば考えるほどに深く絶望感が蝕む。いっそのこと死んでしまおうかとおもうぐらいに。
でも、佐々木家族に復讐することを誓った手前、もう死んで逃げることは許されない。
この気持ちを払拭したくて俺は、少し遠回りして俺に生きる希望を見せてくれた公園に行くことにした。きっとあの公園に行けば、また希望をくれるかもしれない、という淡い希望を抱く、自然と足は軽くなり、歩く速度も速くなった。
あっという間に公園に着いた。一昨日のように人気は全くなく閑散としている住宅街の中にある公園は恵希公園というらしい、以前と違う点を挙げると言うならば、同い年ぐらいの女性が喪服姿で傘もささずにブランコに座って声を上げながら泣いていたことだった。
なんだか、ほっとけずにはいられなくて俺は、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
俺が渡したハンカチで涙を拭う彼女からは懐かしさを感じる。きっと気のせいだろう。
「あ、はい……すみません……大丈夫です。ハンカチありがとうございます」
声が震えていて、大丈夫ではないことはよく分かったが、詮索されるのは嫌だろうと思い何も聞かなかった。
「あの、傘あげるので、速く家に帰ったほうがいいですよ。風邪ひいちゃうので」
俺は、微笑みながら優しくそれだけ言って公園を後にした。良いことをしたからだろうか、いつもより汗と雨で体に纏わりつくTシャツが今日は少しだけ気持ちいい気がした。
そんな清々しい気持ちで家に帰ってくると、風呂だけ入って寝てしまった。その日俺は夢をみた。
夢の中に恵希公園が出てきた。そこには幼い少年が茂みで何かに怯えているように隠れていた。体はあざだらけで、身体もやせ細っていた気がした。しばらくすると、一人の女の子が俺に声をかけてきた。
「ねぇ!そんな所にいないで、私と一緒に遊ぼうよ!」
女の子の顔は靄がかかっていてわからなかった。太陽のようなオレンジ色のワンピースを着た女の子だった。
「…………」
少年は、戸惑っているようだった。いや、むしろ怯えているようにも見えた。
「ねぇってば!聞いてる?」
「………………」
「もう知らない!喋ってくれるまで私もここにいるから!」
そう言って少女は俺の隣りに座り、ひたすらに少年に喋りかけている。最初は名前は?どこから来たの?と言ったことだったが、次第に少女は疲れたのか独り言のように家族の話をしていた。
「あのね、この前ね、始めてユートピアランドに行ってきたんだけどね、そこでね、ユートピアちゃんと写真を撮ったんだ!いいでしょ!しかも、その後ユートピア君とも写真撮ったんだよ!すごくない!いいでしょ!あとね、色んな乗り物乗って、沢山お土産買って!すんごく楽しかったんだ!ユートピアランドまた行きたいな~」
少女は楽しそうに話していた。それにつられて、いつしか少年も笑顔で話を聞いていた。
「あ!笑った!君も笑うんだね!」
「笑う……?って何?」
少年は掠れる声で少女に尋ねた。少女は驚いていたが、少年には少女が驚く理由がわかっていないようなだった。
「え……笑うって知らないの?笑うっていうのは面白かったり楽しかった時に口がこうやってニカってなることだよ!」少女は自分の口角を指で吊り上げながら教えてくれた。
「そうなんだ……じゃあ、俺始めて笑ったかも」
「じゃあ、私が君を始めて笑顔にしたってことだね!やった~!」
少女はニカって笑っていた。とても嬉しそうだ。
そして少年は尋ねた。
「あのさ、君の名前はなんていうの?」
少女は太陽ような眩しい笑顔で笑う。
少女は自分の名前を言ったのだろうか?少年は少女の名前らしきものを言うが、そこだけ音がなくなり少女の名前が分からない。
俺はここで目が覚めた。




