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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1章 七尾奏音 色欲編
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遺書

「貴史さん……貴史さん死んじゃダメですよ……」


 貴史さんは今にも消えて無くなってしまいそうな雰囲気だった。思ったことがつい口走ってしまった。でも、貴史さんが本当に死んでしまったなら一生貴史さんのことは恨んでしまいそうだった。


「ああ。分かってるよ……」


 深海にでも沈んでいるような声色だった。


「俺……貴史さんが死んだら、一生恨みます。舞と奈美さんがあんなにも無残にされたのに父親が黙って死んだら二人も報われませんよ」


「――――ああ。そうだな……せめて、死ぬなら道ずれにしないとな……」


 氷で作られた刃を向けられたるような冷気が殺気が籠った一言で、俺は少し安心した。


 初療室の扉が開き、一人の医師が近づいてきた。医師の表情は明るかったのでどうやら舞は重大な怪我などをしていないようだ。


「あ、舞さんのお父様でお間違いないでしょうか?舞さんの治療が無事に終わりましたので、入院手続きの方をお願いします」

「佐藤君は舞と一緒に病室に行っててくれ」


 貴史さんはそう言うと、医師と一緒に行ってしまった。


 俺は貴史さんに言われた通りに舞が乗ったベットと一緒に病室に向かった。舞を運んでいる看護師さんたちは人の命を救うためにこんなに夜遅くまで仕事をしているのだと思うと、感謝しても感謝しきれない。俺は心の中でもう一度感謝する。


 結局、舞は貴史さんが戻ってきても目覚めなかった。俺たちは一旦家に帰り、翌朝出直すことにした。


 翌朝、舞の見舞いに行くと舞は目を開けていて病室の窓から外の世界を見ていた。俺は夏祭りの悪夢を繰り返してしまったようで胸が痛くなった。舞はこちらに気づくと至って元気に『おはよう』と言ってくれた。


 貴史さんはそんな舞の姿を見ると近づいて抱き寄せる。今ある幸せと無くなった者の大切さを嚙みしめるように泣ていた。


 しばらく話していて、一つ分かったことがある。それは、昨日の出来事の記憶がすっかり無くなってしまったことだ。なので、舞は何故、自分が病院にいるのかも知らないし、自分がこんなにも痛ましいことになっているのかも分からない。


 舞に、本当のことを言う訳にも行かないので俺と貴史さんは噓をつくことにした。


 ユートピアランドから帰る途中で交通事故にあったということにした。もちろん、舞が退院してしまったら噓だということは奈美さんが居ないことでバレてしまうし、その前に記憶が戻るかもしれない。


 噓の交通事故の話を聞いた舞は至って普通に受け入れてくれた。だがユートピアランドでの思い出も消えてしまったことを残念そうにしていた。そして、謝ってくれた。『忘れちゃってごめんね』と


 複雑だった。思い出してくれない方が幸せなのに、舞は思い出したいと言っている。もし、記憶が戻ってしまったら舞は俺のことどう思うだろうか。本当のことを言ってしまった方が後で知るよりもいいのではないだろうか。でも、知ってしまったらここにある幸せが粉々になってしまうだろう。苦しい――きっと貴史さんも同じ気持ちだろうか。


 そんなことを考えながらも、俺と貴史さんは心配させないように笑顔を作っている。


 舞とは面会時間が終わる時間まで話していた。病院から出ると夕焼けで雲一面赤く染まっていた。


「何だか初めて佐藤君に会った日ことを思い出すな」


 貴史さんは空を見上げながらそう言った。


「最初に佐藤君に会ったときはさ、ヒョロヒョロで男子をは思えないような体付きでさ、でも、心は誰よりも透き通っていて素直でさそんな佐藤君が俺は好きだった。それにおむすび食べただけで泣くんだもんな」

「貴史さんだって泣きそうだったじゃないですか」

「そうだったな」


 貴史さんはクスッと笑いながら言った。その姿は何だか幸せだった頃に戻れた気がして心が軽くなった。二人して心の底から笑い合った。今ある幸せに感謝しながら。



















 夜中の三時に貴史さんから連絡があった。貴史さんの声は酷く沈んで、今にも沈没してしまいそうな絶望的な声で一言言った。


「舞が自殺した」


 ジサツ……なんで……少し前まであんなにも元気で楽しく話していたのに……まさか、記憶が戻ってしまったのだろうか。


「とりあえず、俺は病院に向かうが、佐藤君はどうする」

「俺も……いきます」

「分かった……」


電話が切れた後の無音が鳴り響く。テレビの電源を消した時のように色も音もすべてが無と化した。暗闇の世界で唯一見えたのは、月明かりで反射している包丁だった。


「舞……なんで俺を置いて逝ってしまったんだ……舞が居なくなった世界なんて存在なんている意味ないじゃんかよ」


 俺は包丁を手に持ち、首元に鋭く尖った刃先を当てる。冷たい感触が辺り、全身感覚がその一点に集まる、冬だというのに額から汗がでる。息が止まる。苦しい、怖い……死にたくない。


 包丁を首元から離した。


 悔しかった……舞がいなくなっても生きるということに執着してしまっている自分が、一瞬でも死ぬことに意識が向いて舞のことが頭から離れてしまったことが……悔しかった。


 無音の世界に着信音が鳴り響いた。


 貴史さんの車に乗り込むと車の中も無音で色もなかった。俺は貴史さんに『死んだら一生恨みますよ』と言ったことに後悔した。そして、自分が死のうとしたことが情けなく思えた。


 病院に着くと、警察から白い封筒に遺書と書かれたものを渡された。貴史さんはその遺書を開けて読んだ。読み終わると、警察に『処分してください』と言い渡す。


 言い終わると同時に、貴史さんの口から赤黒い血を静かに溢れ出した。舌を嚙みちぎったようだ。糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


 貴史さんは死んだ。


 俺は余りの出来事に意識を失ってしまった。


 翌朝、目が覚めるとどうやら遺書にはショッキングな内容ばかり書いてあったそうだ。それを読んだ貴史さんは耐えられずに死んだようだ。流石に遺書は処分されなかったが、警察が渡してくれた時に悲愴な顔をして『読まない方がいい』と忠告してから渡してくれた。

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