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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1章 七尾奏音 色欲編
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犯人

 俺は、貴史さんが見ていた場所に目を向ける。視界の先には、死骸が転がっていた。顔と思わしき場所は粘性を含んだ白色の液体がこびりつき、身体からは腸が飛び出し、赤と白の体液で覆われている。身体はところどころ切断されて、もはや肉の塊だった。それを貴史さんは奈美さんだと言う。


 服装も外見も表情も全て奈美さんそのものに見えたが、俺には信じられなかった。だってあんなに明るく優しい人がこんな無惨な姿になるはずがないのだから。


 俺は言葉が何も出なくなった。漠然と目の前にある()()()()肉塊(にっかい)を見ることしかできなかった。感情が心が、壊れた音がした。泣くことも、叫ぶことも、怒ることも出来なかった。


 肉塊を見つめている一秒が永遠のように感じた。平衡感覚が歪む。今自分がどこにいるのかもわからないぐらいほどに、現実と非現実が混ざり合う。


「佐藤君……あれは奈美ではないよな……」


 放心状態の貴史さんが再び小さな声で呟く。頷くことも否定することも出来ない。黙っていることしかできなかった。


 抱きかかえている。舞の体温が急激に冷たくなってきたのが腕から伝わって来て、俺は我に帰り叫んだ。


「貴史さん!舞が、舞が!冷たくなってきてます!速く助け無いと!」


 貴史さんも我に返ったように、携帯を取り出して救急車を呼ぶ。だが、電話をしている貴史さんの顔が真っ青になっていくのが分かった。


「そんな、、来るまでに三十分かかるって……それじゃあ死んじゃいますよ!娘が死んじゃいます。、、どうにかならないんですか」


 貴史さんから発せられた言葉を聞いて息が止まった。


「佐藤君……場所が悪かったみたいだ……山奥だから救急車が来るのは、三十分かかるらしい」


 貴史さんはそう言うと、膝をついて歯ぎしりをした。


「クソ!!!!!」


 貴史さんは目の前にいるのに助けられない自分を悔しそうに地面を何度も何度も力強く叩く。俺はその姿を見て怒りを感じて鋭く睨み怒鳴った。


「何やってるんですか……まさか、舞を見捨てるつもりですか?それでも父親ですか?舞はまだ生きているんですよ!貴方が諦めてどうするんですか!!!!」

「……じゃあ、どうすればいいというんだよ!車で病院まで行くとしても三時間以上の道のりがかかるし、第一医療道具も何もな……あ!ちょっと待って!」


 貴史さんはそう言うと走って一階に向かう。それから数分後、息を切らせながら手一杯に医療道具をもって戻ってきた。


「ハァハァ……さっき一階を見ていた時に保健室があったっていうことを思い出して……」

「俺は舞の応急処置しとくので、貴史さんは()()()()を見てあげてください」


 俺たちは舞と肉塊の出血を止めるために包帯を巻いたり、消毒をしたりして救急車が来るまで待っていた。三十分後救急車が来て二人を運んでくれた。俺は舞と一緒に救急車に乗り込み、貴史さんは車で病院まで向かっう。


 病院までの間に舞は夢を見ているのだろうか、うなされながら一言呟いていた。


 「ドウ……シテ、カ……ノン……シンユ……ウ……ダトオモ……ッテタノ二……」


 確かに舞はそう言った『どうして、カノン親友だと思っていたのに』これはどういうことだろうか?かのんというと、七尾奏音だろうか。まさか、七尾さんが全てを仕組んだ犯人だというのか。こんな残酷なこと彼女ができるはずがない。


 仮に七尾さんが犯人だとしたら、舞を憎む理由も分からない。ボーリングの時も仲良く話していたのにどうしてだ。舞は何故、今、七尾さんの名前をだすのだろうか。


 俺がそんなことを考えている間、女性の救急隊員の方が舞の身体をタオルで全身を拭い、包帯を素早く丁寧に巻き直している途中、手を止めて言った。「許せない……」と。


その言葉に「俺もです」と答えた。


「私、この子と同じぐらいの娘がいるんですよ……だから余計に……」


 救急隊員の言葉は俺の心を突き刺し、より現実味を帯びさせた。もちろん、救急隊員が共感してくれたことは憎しみを抱えているのが一人じゃないという安心感が得られたが、それよりも、母親という存在が言うことで、重みがあり、舞が経験したことが消えないということを改めて実感して、更に憎しみが溢れでそうになる。


 俺は抱えきれない憎しみを抱え、絶対に復讐してやるとこの時誓った。


 病院に着く頃には、救急隊員の迅速な対応のおかげで舞は何とか命を取り留めることができた。でも、まだ完全に治療できたわけではないので、舞はストレッチャーに乗せられて初療室に運ばれた。そして肉塊は手術室に運ばれたのが見えた。


 椅子に座って待っていると肉塊を運んでいた救急隊員の一人が俺の元にやってきたので、座っていたベンチから立ち上がる。救急隊員は真っ赤に染まった拳をゆっくり広げ掌にあったものを見せてくれた。


俺は掌にある物体を恐る恐る見る。


 掌には、真っ赤なイルカのストラップがあった。これは、俺と舞が水族館で奈美さんに買ったストラップで、いつも大切にすると言って携帯に着けてくれたものだった。


「ずっとこれを握ってて……」


 救急隊員はストラップと言葉を置いて足早にその場から消えていった。足の力が無くなり崩れ落ちた。


「噓だ……奈美さんが……」


 背中を押され絶望の海へと落とされたような感覚になった。涙が静かに流れ、止まらなかった。


 奈美さん。俺にとって母親も同然で優しく、いつも笑顔だった奈美さんが、無残に殺された。ずっと無残にされながらも待っていてくれたのに、俺は守ることができなかった。もっと速くたどり着くことができていれば、舞とユートピアランドに行く約束をしなければ、七尾さんからチケットをもらわなければ、俺は絶望しながらただただ静かに悔やんだ。


 どのぐらい経ったのだろうか。記憶にないが、気づくと貴史さんが隣に座っていた。


「話は聞いたよ……やはり奈美だったんだな……」


 貴史さんは至って落ち着いてそう言ったが、今にも消えてしまいそうな表情しているのが分かった。

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