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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1章 七尾奏音 色欲編
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桜の精霊


 十思はDream planを決行するために、消費者金融から借金をした。その金で探偵を雇った。

 最初の復讐相手はもう決まっている。七尾奏音(ななおかのん)。奏音は高校時代に俺の彼女だった舞を自殺に追いやった張本人。色々あったせいか、眠気が襲ってきた。ウトウトしていると、舞との出来事が鮮明に見えてきた。


 舞と出会ったのは高校の入学式だ。正門にはピンク色の雨が風と一緒に踊っていた。俺はそんな風景を眺めながら、何かが変わるんでは無いかと希望を持っていた。校内に足を踏み入れた。入学式が行われる体育館に向かう。体育館の前で肩を叩かれ、振り向く。そこには小中と一緒で、俺を地獄に突き落とした宇土正真(うどしょうま)がいた。


「よう!またよろしく!サンドバック君」


 宇土の表情は時代劇に出てくる悪代官みたいな不敵な笑みを浮かべている。全身の毛が逆立った。


「………」


 ただひたすらに立ちすくむことしか出来なかった。恐怖でしかない。中学時代のようにいじめられるのではないかと思うと、恐怖を覚えた。


「それじゃ、また明日」


ニヤニヤしながらそう言って体育館の中に入って行った。宇土が見えなくなると、先までは何ともなかったが、ストレスで吐き気を催して体育館の裏へと早足で向かった。


裏へ着くと、勢い良く吐いた。汚物の中に少し血が混ざっていた。


「大丈夫?」


後ろから声がしたが、口元は酷く汚れているし、入学そうそう嫌われるのが、怖かった。だから後ろを振り向かずに返事をする。


「大丈夫です……」


彼女は俺の前に回り込んで、ポケットから可愛らしい花柄のハンカチを取り出した。


「これ使って!」

「大丈夫です…本当に大丈夫なのでほっといてください」

「お願いします……」


 本当にほっといて欲しいかった。こんな綺麗なハンカチを汚せる訳はないし、そもそも知り合ったばかりの人に迷惑をかける訳にも行かない。


「じゃあ、あげるから使って」

「だから遠慮しないで」


 彼女は俺に再度ハンカチを差し出した。


 俺は顔を上げて彼女の顔を見る。頭上には信じられないほどの美人な人が立っている。透き通った白い肌に、触ったら溶けてしまいそうなサラサラの髪、瞳は校内で咲き乱れる桜が映り込むほどに美しい。


「どうしたの?」

「え……何がですか?」


 俺の目からは、雪解け水のように清らかな水滴が静かに頬を伝っていた。


「だって泣いてるじゃん」


 手で目元を拭うと確かに濡れていた。


「あ……本当だ」


 十思は目元を腕で隠しながら、また俯いた。生まれてからこの方まで優しさに触れたことがなかったからだろうか、人に優しくされるのがここまで感動することだったとは思わなかった。


 両親からは何で生まれて来ちゃったかしら、速く居なくなればいいのに、などと言われ、父親はいつも鉄バットで殴ってきた。生きるために何度か家出をしたこともある。だけど両親は問題になるのが嫌だったのか、何度も連れ戻しにきた。


「へんなの」


 彼女は微笑んで言った。


「まぁ、とりあえず、これ使ってよ」


 彼女は十思の左手に無理やりハンカチを握らした。


「君、私と同い年だよね?私、佐々木 (マイ)って言うの!同じクラスになったら、よろしくね!」


彼女は元気よく言い残すと体育館へと入って行った。

彼女からもらったハンカチは、ほのかに暖かくて優しい香りがした。


 気分は舞のおかげで、落ち着いていたが、宇土のことを思い出すと、また吐きそうになったので、保険室で休休むことにした。


 一瞬、家に帰ろうとも思ったが、祖父母たちに虐げられるのは、嫌だった。保健室で入学式が終わるまで寝かしてもらおうと思い、校舎の中に入る。大きな下駄箱が立ち並んでいる。奥には二階へと登る階段があった。


 中は薄暗くひんやりとしていたが、階段にある窓から差し込む日差しが入り込んでいて、とても幻想的だった。


今日は新入生の入学式があるため在校生は休みになっているみたいだ。だからか校舎内は静かだった。


 スーツに身を包んだ先生らしき人がこちらに向かって話しかけてきた。

「あれ、新入生の子かな?どうしたの?」

「少し体調が悪くて…」

「あら、可哀想に…顔色もあんまり良くないみたいだね。保健室で少し休ませてもらおうか」


先生らしき人は俺の体調を気遣いながら保険室に案内してくれた。心が暖かくなった。保険室は昇降口を右に曲がって突き当たりまで行ったところにあった。先生らしき人が保険室の扉を二回ノックする。中から若い女性の返事が聞こえてきた。


「吉野先生、この子体調悪いらしくて、休ませてあげて欲しいんですけど、いいですか?」

「はい、わかりました」


先生らしき人はそういうと、体育館の方へと消えた。保険室の中は消毒液などの匂いがする。部屋の真ん中には、丸いテーブルがある。テーブルの上には、傷口を消毒するために使う道具などが銀色の入れ物と生徒が保険室を利用した時に書く紙が置いてあった。


奥にある窓からは、桜の花びらが咲き乱れる景色が見える。吉野と言われていた先生は白衣がとても似合う女性で髪はポニーテール。吉野先生はカーテンを開けながら言った。


「入学に体調崩すなんて災難だったわね」

「はい……」


 優しく問いかけてくる先生に俯きながら返事をした。


「ちょっとこっちで休んでて、私が入学式でもらう資料とか持ってきて来るから」

「…ありがとうございます」


 吉野先生も保健室から居なくなった。室内は静かになる。遠く離れている体育館で新入生の返事が小さく聞こえていた。ベットの上に寝そべって、先ほどの彼女のことを思い出していた。


 「明日も会えるかな……会えるといいな……」


  顔が少しだけ熱くなるのが分かった。心臓が可笑しく波打った。

  

  直ぐに吉野先生が戻ってきた。


「起きれるかな?」


 体を起こすと吉野が資料を渡してくれた。


「その資料に一通り目を通しといて!詳しくは明日担任の先生から説明すると思うから」

「わかりました…ありがとうございます」


1番上には各クラスの名簿が書かれている。俺は四組になった。四組の生徒たちの名簿を見ていくと、宇土正真という名前が視界に入った。先ほどまで落ち着いていた吐き気がぶり返してきそうだった。吉野先生は心配そうな表情を浮かべていた。俺は必死に飲み込んで大丈夫と合図を送る。再び名簿を見る。すると、佐々木舞という名前を見つけた。胸が熱くなる。


 今の気持ちは嬉しさ半分、恐怖半分と言ったところだった。


「家族の人とかに向かいきてもらう?」


吉野先生が聞いてくれた。


「いえ、大丈夫です」

「もう少し休んだら、1人で帰れそうです」

「それならいいんだけど……」


吉野先生はそう言うとカーテンを閉めて自分の仕事へと戻った。


俺は保健室で入学式が終わるのを待っていた。1時間ほど待っていると、外から音がしなくなったので、そろそろ帰ろうと思って荷物を持ってカーテンを開けた。吉野の先生はちょうど職員室に行っているようだった。俺は保健室を後にした。


正門に咲く桜を見ながら呟いた。


「彼女は桜の妖精かもしれない…」


俺は明日が少し楽しみになっていた。


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