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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
序章(前菜)
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初めての絶望

 

夜だというのに電気もついていない部屋で母娘(ははこ)が二人で肩を寄せ合いながら声にならないような声で泣いていた。


数時間前

希の父、高橋隆則(たかはしたかのり)は大手金融企業の星菱(ほしびし)で働いていた。


「隆則君、明日なんだけど……午前中だけ出勤できないかな?」


 昨日、帰る直前に上司の金田にそう言われた。特に今月は第二四半期、つまり決算があって少しでも人手が欲しいぐらいに忙しい。だから、しょうがないと言えばしょうがないが、折角の家族との時間が無くなり、少し憂鬱な気分だった。


 頼まれた業務が終わり、更衣室で帰る支度をしていた。着替え終わり美智子に連絡を入れようと携帯を開くと、丁度SNSアプリのLights(ライツ)に美智子のメッセージがあった。


 普段はメールか電話しかしない人なので、最初に希からLightsを教えてもらった時は、頑なに嫌がったが、希に「Lightsやってないなんて時代遅れだよ……」と言われて泣く泣く入れいることにした。もうすぐ還暦になるが、時代に取り残されるのは嫌だった。


 今となっては電話やメールをするよりもLightsで連絡を済ませてしまった方が楽になった。美智子からのメッセージを開く。


【希と一緒に最近出来たショッピングセンターに行って来ます!】

【お昼は自分でお願いします!】


 思いもよらない暇ができた。何をしようかと考えていると、この前買って読まずに放置した小説が何冊かあるのを思い出した。


【わかりました。俺のことは気にしなくていいから楽しんでおいで】


 隆則はスラックスのポケットに携帯をしまった。残っている社員に一言行って、外に出ると太陽がギラギラと輝いていた。目が開けられない程に眩しい。思わず、手のひらで日陰を作って駐車場に止めてある黒のボックスに乗り込んだ。


 帰り道で適当に見つけた牛丼屋でドライブスルーをして、隆則は家に帰ってきた。テレビでお昼のニュースを見ながら牛丼を食べる。食事というよりも作業になっているので、食べ終わる頃にはどんな味だったか忘れていた。

 お湯を沸かし、珈琲を入れる。湯気と一緒に香ばしい匂いがリビングに広がる。ダイニングテーブルにマグカップと本を置く。珈琲の匂いを堪能してからゆっくり口に入れる。苦味と旨みが染み渡る。本を開いて物語に入り込んだ。


 気付くと隆則は仕事の疲れが溜まっているのか時々首をガクッとさせたりしていた。目をつぶったり、開いたりを繰り返しいる。本を机の上に置いて突っ伏して眠った。


 微睡でいると玄関の方から音がした。一瞬何かと思い起きる。だが、どうせ美智子たちが帰って来たのかと思って、再び眠りに落ちた…


玄関がゆっくりと静かに開いた。

「ガ……チャ……」


 











 普段は閑散としている住宅地に大勢の観衆の声が響く。警察官は大声で注意を促している。まるでミンミンゼミように騒いでいる。


 1人の住民が騒ぎを顎で指して、隣りの住民にひそひそと聞いた。


「あれって、何の騒ぎなの?」

「高橋さんのお宅にね、強盗が入ったらしいのよ。それで、強盗と高橋さんが鉢合わせしちゃったらしくて殺されたらしいわよ…」

「あら…世の中も物騒になったわね…」


 話をしている後ろで、叫び声を上げて人混みをかき分ける親子がいた。汗だくで張りつめた表情をしている。


「すみません!通してください!」

「家族です!通してください!」


 親子は大声で叫んでいた。黄色のバリケードテープをくぐり抜けて家に入ろうとしたいる。警官に抑えられて入れない。周りの観衆は同情の視線を向けていた。娘は警官に抑えられながらも悲痛な声で父親の名を呼んでいる。隣に居る母親は糸が切れたマリオネットのようになり、その場に崩れていた。1人の刑事が近寄り尋ねた。


「家族の方ですね?」


 声を出す気力も残っていない。刑事は親子を人混みが居ない場所へと移動させ事情説明などをしているみたいだった。


 刑事から何を聞かれたかは正直覚えていない。ただ気づくといつの間にか時間だけが過ぎ、悲しむ暇もなく葬式の準備などをおこなっていた。それから親子が休めたのは事件から四日後の夜だった。父親が殺された家で母と肩を寄せ合いながら、静かに泣いた。


「お母さん……私憎いよ、何でお父さんを殺した()()人は生きているの?」


 母親は何も言えなかった。かわりに憎しみが籠ったひきつった笑顔で娘の頭を抱いた。そのまま親子は一晩中静かに泣き続けた。


 翌日の告別式は雨だった。葬式が終わった後、娘は一人で自宅の近くにある公園に向かった。ここは娘が幼かった頃に父親がよく遊んでくれた場所だ。傘もささずにブランコに腰をかける。


 娘は人生で始めて絶望を味わった。今までの幸せを嚙みしめて。今にも自殺でもそうな顔で俯いている。髪が雨に濡れ、柳のように垂れている。


「大丈夫ですか?」


1人の男性が傘を差し出して声をかけてくれた…


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