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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1章 七尾奏音 色欲編
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胸騒ぎ

 舞の退院祝いも無事に終わり。俺にとっては人生で一番幸せな時間でこれから先もこんな時間が永遠に続くのだと思うと嬉しくてたまらない。家に帰ってからも舞や貴史さん奈美さんの笑顔が思い返されて胸に暖かさが浸透していきとても気分が良かった。


 俺は布団に横になりながら、手紙を渡した時の出来事を思い返していた。舞の家に着いたときは手紙を渡したこともあって不安、焦燥感、などで心臓がバクバクだったけど舞と対面すると意外にも舞もソワソワしてて少し安心した。でも俺はもしかしたらどうやって断るのか考えていてソワソワしているのかと思ったりしてひやひやして落ち着か無かった。それで覚悟を決めて外に連れ出して返事を聞いてみたら、ごめん…とか言われて、ショックで立ち直れなくなりそうだったな。結果的に舞も俺のことが好きで、付き合うことになって……


 思い返すと顔が赤く紅葉していく感覚が分かった。身体よりも顔の体温が上昇していく、俺は布団から出て洗面所で顔を冷ますために水を顔にかけた。残暑で暖められた水道水は生温いが、水が秋の近づきを感じさせる気がした。


「舞と一緒に紅葉も見に行きたいな…」


 薄暗い鏡に映る自分を見て呟いたが、これからのことを思うと今の自分にはそんな暇は無いと自覚していた。明日から学校が始まる、つまり休学していた宇土が戻ってくる。浮かれてばかりいると、今度こそ舞を失うかもしれない。


 宇土のことを考えると胸がざわつく。楽しい思い出が嫌悪感の火で炙られていく。口の中が苦くなり一気に紅葉していた顔が雪景色のように白くなる。


 屈めていた身体を起こし、鏡に写った身体を見ると入学当初と比べると雲泥の差があるほど見違えた体格が寝巻きの上からも分かった。


「今度こそ大丈夫。宇土たちが戻って来るまで鍛えてき。今度こそは、、絶対に負けない」


布団に戻り、天井を眺めながらこれからの舞と歩む未来を考えていたら気付く頃には眠っていた。









インターホンの音で目が覚めた。

「十思まだ寝てるの?遅刻するよ!」


 舞が外から扉を叩きながら言う。俺はその声を聞いて飛び起きた。慌てて顔を洗い歯磨きをして、制服に着替えて玄関を開ける。まだ寝癖が付いた頭を掻きながら、舞に謝った。舞は呆れた表情を浮かべながらスカートを揺らしながらそそくさと学校へと歩き出した。


 付き合う前から舞はこうして朝俺を家まで起こしに来てくれる。多分弟みたいに思われていたのかも知れない。と思うと少し複雑だ。でも今は違うから気にしないことにする。


 俺の家から学校までは五分ぐらいなので、少し歩いたら学校が見える。入学式の頃はピンク色だった桜の木は枯れ始めていて、葉が赤や黄色などに変色し枯葉となっていた。枯葉は冷たくなったアスファルトの上に落ちる。何だかそんな桜の木を見るとツンとした寂しさが心にしみる。


 そんなことを考えながら、舞と一緒に教室に向う。


 教室に入ると予鈴が鳴る。舞に起こされていなければ完全に遅刻だった。遅刻したから何があるとかはないのだが、ホームルーム中に一人で入るとみんなの注目を集めそうなので、なるべくなら遅刻しないように舞に起こしてもらいたい。と心の中で苦笑した。それとは別に好きな人に起こしてもらうというのは凄く幸せに感じるからやめてほしくないっていうのもある。って思っていることは舞には黙っておこう。


 本鈴がなり、担任の郷田先生が出席簿を抱えて教室に入ってきた。宇土の姿はまだ見えない。


「これから、朝のホームルームを始める。今日から戻ってくるはずの宇土の件だが、怪我の具合が良くないということでもう少し伸びるということになるらしい」


 何故かそれがいい事なはずなのに素直に喜べない自分が居た。嵐の前の静けさなような嫌な感じがする。その後もホームルームは淡々と進めらる中で不思議な胸騒ぎがして先生が言っていることが右から左に流れていった。全く頭に先生が言っていたことが浸透しないままホームルームが終わった。先生が始業式のため廊下に生徒たち整列させようと指示をする。俺は列に並びながら考えごとをしていると前にいる舞が笑みを浮かべて話しかけてきた。


「あれ?十思何でそんな浮かない顔してるの?」


 舞は首を傾げて不思議そうに俺の表情を窺っていた。俺もちっとも胸騒ぎの原因が何なのかが検討もつかず余計に不安になり心ここに非ずという表情を舞に向ける。


「宇土が戻って来ないことは嬉しいんだけど、なんか引っかかるんだよな…」


 戻ると言ってはずなのに宇土は何故戻ってこないのだろうか、休学を延期した理由はどこにあるのだろうか。      俺はもしかしたら大きな勘違いをしているのではないかと思う気さえする。宇土は加藤みたいにアホではないから短期間で仕返ししないだろうと今までの付き合いで思っているからこそ怖い。それにここまで時間をかけられると、胸がざわつく。


「考えすぎなんじゃない?」

「そうかも、舞ありがと!」


俺は舞をこれ以上心配させないようにできる限りの笑顔で答えた。でも心の(もや)は晴れそうにない。


「そこ、整列中しゃべるんじゃない!」

郷田の怒声が廊下に響く、その声に驚いて舞が前を向く。列の先頭は始業式が行われる体育館へと向かい始める。体育館へと向かう間も、自分の考えすぎではないのかという思いと、用心したことに越したことはないという思いが論争して、頭の中がうるさい。


 体育館につくと先に着いていた生徒たちの声や先生たちの怒声などで騒がしく、頭の中での論争が少しだけましになった。だが全校生徒が集まる頃にはだんだんと静かになっていき論争が始まった。もし宇土が休んでいる間に仕返しのために何かを企んでいたら?いやいや、そこまで周到に準備しないだろう、自分の考えすぎだろう。でも、もしかしたら…などの考えが頭の中で巡る。


 校長先生の長い話が大半を占める始業式。それにしては今日は速く終わった気がする。


 教室に戻ると、帰りのホームルームが始まり先生が明日の話や教科書などの話をして、終わると生徒たちが次々と教室から出ていく。俺はずっと考えていたが埒が明かないので、一旦考えるのをやめた。そして、今目の前にある幸せに目を向けることにした。


舞と一緒に下校して家に着きバイト先に向かう頃にはすっかり胸騒ぎのことは忘れ去っていた。






 今日は舞が来る前に起きれたので支度を済ませて、軽く筋トレをしながら待っていた。学校があるときはトレーニングは朝できないので夜にいつも行っていたが案外朝早く起きてやるのも悪くないと思った。昨日と同じようにインターホンが鳴り、昨日と同じように登校して、昨日と同じように教室に着いた。幸せってこうゆうことなのだろうと、ふと感じる。


 この幸せを壊さないように、ずっと続くように密かに神様にお願いをする。


 俺は気付かなかった。今の幸せはこの時から密かに壊されていることに。もう少しした未来の話だが、七尾奏音と舞が出会い仲良くなるのを防げていれば、宇土達に舞が逆らうのを止めていたら、あんなことにならずに済んだのではないかと後悔している。


 俺は散った今でも君のことを愛している。

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