最後の御馳走
私は十思の顔が強張るのを見て、自分の発言が誤解をさせてしまったことに気づいた。
「あ、違うよ。ごめんっていうのは心配かけさせてしまってごめんってことで……」
十思の表情が一瞬明るくなったが、直ぐに表情を強張らせた。そんな十思をみて緊張してきて言葉が詰まる。喉がカラカラと乾いている。
「手紙は、凄く嬉しかったし私のことを凄く思ってくれているのも分かった。私が自分の殻にこもって自分しか見えて無かった。うんん、自分も見失ってたとき時に十思は辛い気持ちを押し殺して私に呼びかけ続けてくれた。ありがとう。そしてごめん」
「俺は、舞とこうして居られるだけで、幸せなんだ。しかもさ、俺より舞の方が何倍もつらかっただろう?だから、気にすんな」
こっちを向いて十思は微笑んで、私の頭そをっと撫でた。
「あと手紙の返事なんだけど、、読んだときにね、今まで感じたことが無いような感覚で胸が締め付けられて
あ~速く十思に会いたいって、でもこれが好きって気持ちかどうか分からなくて。私恋愛とか微塵も今まで興味が無くて、異性のことも今まで友達としか見れて無かったの、だから、でも。あ、もう分からない」
十思は足を止めて、舞の言葉をゆっくりと待っている。
「で、でもこれだけは言える。私の傍にずっと居て」
顔を赤く染めながら足取りを速め呆然として立ち止まっている十思を追い抜かす。身体が火照って暑い、もうすぐ秋になるというのに……
ふと、横を向くと十思も隣にいた。きっと同じ気持ちなのだろうと思うと何だかうれしく感じた。
「ずっと舞の傍にいるよ!俺ぜってぇ離れ無いからな!後悔するなよ」
返事をする代わりにそっと十思の手を握って頷いた。彼の手は、大きくて掌には豆が沢山あるのが分かった、そして何よりもひんやりしていて気持ちよかった。これまで感じたことのない暖かい幸福感が身を包んだ。まだ、身体は暑かった、でも先とは違う気持ちがいい暑さだ。
心地よい暖かさを感じながら家に戻ると父が帰ってきていた。
「先ね、お父さんと話してたんだけどね、やっぱり家で食べるのがいいんじゃないかって、舞も退院したばっかりだし、舞はどっちがいい?」
「うん、私も家でたべたいかな、久しぶりにお母さんの手料理も食べたいし、家で食べたほうが色んな好きなものが食べれるから」
本当は、外で食べるよりも家で食べたほうが、十思と長くいられる気がしたからというのは私だけの秘密。
「そうしたら、、母さんと僕が買って来るから。佐藤君と舞は待ってて」
正直、私たちも一緒に行くもんだと思っていた。でも今は十思と二人きりになれる方が嬉しかった。
父と母が居なくなった家はとても静かだった。だからこそ先から鳴り止まない鼓動が響てしまっているような感じに聞こえた。
「あのさ、俺たちって、今付き合ってるってことでいいんだよね」
「あ、そうか、そうだね、私たち恋人になったんだよね」
まだ、信じられなかった私たちが恋人になったことが、何だか他人事のように思えた。
「そうだよね。俺、舞の彼氏になったんだ。まだ、信じられないや。めっちゃ嬉しい」
はにかむ笑顔で喜んでいる十思を見ると私も嬉しかった。
「私も自分のことじゃないように感じるし信じられないけど、今凄く幸せかも」
「俺も!」
十思の笑顔は惚れ惚れする程に清々しく私のことをドキドキさせる笑顔をするのだろうか。つい見惚れてしまって笑顔を見つめていたら、視線が自然と重なって部屋には甘酸っぱい空気が流れた。暫く時が止まったような感覚に陥っている。十思の手は私の頬を撫で腕を後ろに回し顔を近づけてくる。私は軽く目を閉じて待っていると唇に柔らかいものが優しく触れ始めた。だが直ぐに離れた。
「ごめん…俺何やってんだろ」
自身の大胆な行動に驚いたような照れてるような顔をして謝ってくれたが、私はそんな十思に顔を近づけて、「謝るぐらいなら最初からするな」と色っぽく囁きもう一度キスをする。自分でも驚くほど大胆な行動だと思ったが我慢が出来なかった。次第に二人はお互いに舌を絡め合って、心に空いた穴が徐々に埋めていく。
ゆっくりと唇を離すと、十思の唇に人差し指でそっと抑えた。
「これ以上はまた今度にしよう、私、抑えられなくなりそうだから……」
脳みその奥底から炭酸水みたいにジュワジュワと快感に近い何かがが溢れてきておかしくなりそうだ。人生で感じたことがないような気持ちよさに支配されそうで怖かった。
十思は私と同様に、目をとろけさせて支配されそうな表情をしている。
「また今度ね」
「……」
十思はとろけた顔で静かに頷く。
ドアに鍵を差し込む音が聞こえて、心臓が飛び跳ねる。
「ただいま!」
父と母が帰ってきた、二人の両手にはこれでもかってぐらいにパンパンになった買い物袋を持っていた。先ほどまでやましいことをしていただけにソワソワした様子で「おかえり」と言う。
「今日はね、奮発して沢山御馳走買ってきちゃった!」
母のテンションは頗る高かった。多分私以上に私が元気になったのが嬉しかったから御馳走を買ってくれたのだと思うと目尻が熱くなる。
家族みんなで豪華な御馳走をテーブルの上に並べた。真ん中のホットプレートには、私の顔以上の大きさのA5ランクのステーキが焼かれ、その周りにはポテトフライ、サラダ、飲み物、などが並べられていた。肉が焼かれる音、匂い、溢れ出る肉汁で私の口の中から身勝手なほどに唾液が分泌され零れ落ちそうだった。
父が飲み物を入れてあるコップを掲げた。
「それでは、舞の退院を祝って乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
❁
この時の私はとても幸せで、愛おしくてこの時間がこれからは永遠に続くと思っていた。だが、それは儚い夢で、まさに春が終われば散ってしまう桜の花びらのような出来事だとはまだこの時は知らなかった。今の自分、いや過去の自分にはもう少し最後の晩餐を楽しんでもらおうと思う。正直こんなにも幸せを実感させるならば、あんなにも残酷な世界に落とされるのなら、、
最初から不幸だった方が幸せだった。