恋心
舞は、放心状態のまま十思が病室からでていくのを見ていた。押し倒されたときまで気付かなかった十思の男らしくなった顔や筋肉を感じて熱が顔に集まるのを感じていた。今まで意識していなかったはずなのに、恋愛というものに全く興味が無かったのに、自分の中に何かが芽生え始めているのを感じながら、手元に残された便箋を開いた。
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舞へ
俺は、舞のことが好きです。でも、俺は不器用だから上手く伝えられないと思う、でもほんとに舞のことが好きです。入学式の時のころに一目惚れしました。あの時は、桜の精霊が人間になって俺の前に現れてくれたんだなって思うほどに、舞は優しさと美しさがあった。そんな人とこんなにも仲良くなれたのは俺にとって最高の奇跡だと思ってます。だからこそ密かに恋心を想い続けていました。だからこそ、夏祭りの日は舞に辛い思いをさせてしまって悔やんでも悔やい切れない、二度とあんなことが繰り返さないように俺もっと強くなってどんな奴からも舞を守れる男になるから、ずっとそばにいてほしい。そして、もし俺と付き合ってくれるなら、俺が舞と一緒に行きたい場所があるのでそこに行こう。
俺が舞と行きたい場所、それはユートピアランドです。そこに行って、昼間には沢山のアトラクションに乗って、沢山おいしいもの食べて、夜にはあの時見れなかった。花火をもう一度、二人で見に行こう。そして、舞の本当の笑顔を取り戻したい。隣でみたい。それで夏祭りの日の悪夢を終わりにしよう。
十思より
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手紙は薄っすらと涙のシミがついていて、どれだけの思いを込めながら書いたのかが分かった。だからこそ、この手紙を読みながら舞は油絵のように便箋に涙を重ねながら何度も胸に刻むように読んだ。
「こんな手紙もらったら泣くに決まってるじゃん……ばか…うぅ」
病室のドアを開ける音が聞こえて急いで涙を拭って手紙を枕の下に隠す。扉から出てきたのは母親だった。姿が妙にぼやけて見える、まだ、喉の奥がツンとする。なにか声を出すと涙が再び出てきそうだ。
母は何だか明るく嬉しそうな表情をしていた。
「先ね、先生と話してきたんだけど、明日には退院できそうだって!」
「え?ほんとに!」
私の目から涙がこぼれた、母親と抱き合いながらお互いに喜びをかみしめた。今日は嬉しい知らせばかりで困ってしまう。
「明日、退院出来たら、佐藤君も呼んで、どっかおいしい物でも食べに行きましょう!あ、お父さんにも、速く返って来てもらうようにお願いしないとね」
舞は、涙を拭き取って顔中皺くちゃにさせて喜んだ。それから、母と少しだけ雑談した。でもやらないと行けないことが沢山あるみたいですぐに母は帰ってしまった。
一人になった病室で退院後の楽しみを想像して浮かれていた。でも、この気持ちを整理させるにはもう少し時間が欲しかった。だからこそ十思にあったらどんな顔をして、どうやって話しかければいいのかわからなくなっていた。でも、反対に今すぐにでも会いたい気持ちもあって頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
翌朝、舞は予定通りに退院することができた。やっと病衣から解放された時は、憂鬱な気分が晴れやかになった。
久しぶりに家に帰ってくると不思議な感覚に陥った。昔から住んでいる家なのに、あたかも親戚の家にお邪魔しているかのような感じがしてソワソワして落ち着かない。気持ちを落ち着かせようとして、二階にある自分の部屋に向かう。自分の部屋に入ると先までとは打って変わって、本当に家に帰って来たのだと実感できた。これで、本当に夏祭りの日が終わったのだと実感することができた。
舞の心がじんわりと暖かくなっていき、こわばっていた肩や背筋が下がって、瞼が暖かい水滴で湿っていく。本当に終わったのだと思うと恐怖が緩やかに溶けて消えていく気がした。
母親が一階から自分を呼んだ気がしたがもう少しだけこの感覚を味わっていたかったから聞こえていないふりをした。
「終わったんだな……ほんとに……」
ふと、十思のことが脳内で走馬灯に駆け巡っていき、どうしようもなく十思に会いたくなった。十思がいなければ、一生あの病室で窓から外を見続けて、夏祭りを終えることが出来なかった……十思がいなければ私は死んでいたかもしれない……
「何で、そんなところに突っ立てるの?、速く支度しないと佐藤君来ちゃうよ」
母は不思議そうな声で、私の後ろ姿にはなしかけていた。私は泣いている姿を見せられなくて、振り向かずに返事をする。
母はそういうと、階段を下りてリビングの掃除をし始めていた。掃除機の音が家中に響き渡る。その音のおかげで私のしんみりとしていた感情が壊れて、泣き止むことができた。
涙を拭うと、支度を始めた。十思のことを意識すると、着ていく服装がなかなか決まらない。それにこんな顔で行くよりは化粧をしていた方がいいのではないかと思い始めてしまった。でも、普段十思と会うときは、化粧はしないし、それなりのオシャレしかしていないので、普段しないことをするとおかしいと思われるかもしれないと思い結局、普段通りの自分にした。
チャイムが鳴った。鼓動が勢い良く飛び跳ねる。心臓が速く大きく波打つ、顔は妙に熱くなる。照れてしまってどんな顔をすればいいかわからない。十思は家に入って母親と喋っている。まだ、私は自分の部屋からは出れない。先よりも、鼓動が速く、大きく波打つ、まるで、自分を急かすように、もうどうにでもなれという気持ちで、十思がいるリビングへと向かった。
いつも上ったり下りたりしている階段が今日だけは、永遠とも感じる長さに感じる。階段を降りると十思の後ろ姿が見える。そして母親は台所でお茶を入れている。
「やっと降りてきた!佐藤君来てるのに何で、速く降りてこなかったのよ」
母は少しムッとしている。十思はそんな母をなだめてながら、困った顔して笑っている。そんな姿を見て十思ももしかしたら私と同じような気持ちなのではないかと思った。でも私の勘違いかもしれない。それを確かめようと私は十思と向き合ったところに座って顔をチラッと見ては俯く。
十思は顔を合わせようとしない。互いに体をモジモジとさせ、チラチラとしか顔を見ない、煩わしい気持ちが逸る。そんな私たちを見かねて、台所にいる母が首を傾げ不思議そうに見ていた。
「二人ともどうしちゃったの?今日は全然喋らないわね、いつもなら学校の話やら、バイト先の話なんかして和気藹々と話してるじゃない!それにどうしてそんなにモジモジしちゃってるのかしら、まるで初対面の人にでも会うみたい…」
「べ、別にモジモジなんかしてないよ、いつもこんなかんじだよ。ねぇ、十思?」
アイコンタクトを送る。十思もわかったみたいで何度か頷いてくれた。
「そうですよ!奈美さんの気のせいですよ!いつも喋ってるみたいで以外に黙ってる時間もあるんです」
母のおかげで少し空気が楽になった気がした。でも、父が帰って来るまで、時間があるから何か喋っていないと母に疑われてしまう。どうしようと考えていると、十思が母に言った。
「まだ、貴史さんが帰って来るまで時間があるので、舞さんと一緒に外に散歩して来ていいですか?」
「ええ、いいわよ。気を付けてね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、舞行こうか」
「う、うん」
私は言われるがまま十思について行く。外に出てしばらく歩くと十思が口を開いた。
「あのさ、手紙読んだ?」
顔は強ばっていて、緊張しているのが横から見ていてもわかった。
「うん……」
「返事聞いてもいい?」
「ご、ごめん。」