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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1章 七尾奏音 色欲編
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青春

 病院に着くといつも通りに病室へと向かった。いつもなら足取りは重く罪悪感に思考を支配されて憂鬱だったが今日は違った。とても軽やかで、気分が良かった。


 病室に着くと、舞は今日もいつものように、外を眺めていた。


「おはよう」と舞に挨拶をしたが、もちろん返事は返って来ない。でも、もう気にならなくなっていた。


「舞、朝ごはんまだだろ?」

「今日は、おむすびを握って来たんだよ」

「沢山あるから一緒に食べよう」


 舞は何にも返事をしない、聞こえているのかもわからなかったが、アルミホイールで包んだおむすびを取り出して舞の手元に置いた。


 舞は自分の手の上に置かれたおむすびを持ち上げてゆっくりアルミホイールを剥いて一口食べた。俺は息を飲んで見守っていた。俺と舞をもう一度むすぶ架け橋になれと願いを込めて握ったおにぎりなのだから。普通のおにぎりとは違う。小さく咀嚼を繰り返す。心臓の音が和太鼓のようになる。


「どう?、おいしい?」


「……凄く」


「凄く?」

舞の喉仏が上下に動いて飲み込まれた。


「不味い」

不味い、その言葉は俺を酷く傷つけた。それでも、そんなことよりも反応があったことが今の俺は何よりも嬉しかった。目頭から涙がこぼれる。


「酷いな~不味い訳がないじゃないか、舞も言ってたろ?料理は心って」


鞄の中に入れていたもう一つのおにぎりを取り出して一口食べる。


「しょっぱぁああ!!!」

 塩を入れすぎた。元気になれと言いながら塩を振っていたのがいけなかったのだと瞬時に悟った。


「舞ごめん!あの、食べなくてい……」

そう言いかけて舞の方を向くと、舞は泣きながら口いっぱいにしておむすびを食べる。


「うぅ不味いよ、しょっぱい……不味い、不味い、硬いよ」

そう言いながらもあっという間に一つ食べ終わり水で流し込んでいた。


「十思、、料理下手すぎ」

舞は桜が舞い上がるような神秘的な笑顔向けて言った。俺はその笑顔を生涯忘れないだろう。


「こんなに不味いおむすび人生で始めて食べたよ、でもね……心が凄くこもっているのが分かった。私の心をじんわりとあったかくしてくれて、とっても美味しかった」

また、舞の目からは大粒の水滴がついていた。


「作ってくれてありがとう…」


以前の舞に戻った気がした。俺の目からも涙が流れて、床に水溜りができるほどに泣いた。


「おかわりある?」


「うん!まだ沢山あるよ!」

十思は涙を腕で拭って言った、でもまた直ぐに涙は流れる。


暫くして、昨日まで入院していた貴史さんと奈美さんが退院して、舞のお見舞いに来た。二人が病室に入ると、そこには、笑顔で俺と話している舞の姿があったり、二人は舞を見て驚いた顔をしたいたがすぐに駆け寄り、嗚咽を上げながら抱き付き暫くの間離さないでいた。


俺は家族水入らずでいさせるため静かに病室を出て家に帰る。


 家には以前の暗さはもうなかった。無機質な舞を見て暗い気持ちで家に帰らなくて済むようになったのだと実感すると、胸が締め付けられるほど嬉しい。でも、問題が全て解決したわけではなかった。夏休みが開ければ、宇土が戻ってくる……宇土はきっと加藤みたいに仕返しをしてくるだろう。最悪、舞を殺すかもしれない……そうさせないためにも、もっと強くなって、舞を守らなければ。もう二度と傷つけさせるわけにはいかないんだ。


 宇土から舞を守るためにももっと強くならなければ…


 朝早く起きて俺は、最近やっていなかったトレーニングを再開した。舞と夏祭りに行くまでは毎朝、十㎞のランニングをして腕立てを三十回、背筋三十回、スクワット三十回、バーピーを三十回、そして、週末には、貴史さんとスポーツセンターで柔道の特訓もしていた。その成果があって、加藤たちを倒せた訳だが、舞が加藤たちよりも強い奴に絡まれないとは限らない。


 もう絶対に舞には辛い思いをして欲しくない。

バイト先のコンビニの前で足を止める。荒くなっている息を整えて中に入った。


 店内は、早朝ということもあって、閑散としている。レジには、目尻にくっきりと皺が入った、優しい顔をしてる男性か暇そうにあくびをしていたが、俺を見ると静かに微笑んでくれた。


「おかえり。もう友達は大丈夫なのかい?」

「はい!おかげさまで元気になりました。」


 俺は舞が入院している間、店長のご厚意で休ませてもらっていたのだ。もちろん詳しくは言えなかったが。大切な友達が交通事故にあって心配なので、暫く休みたいと言った。その時に店長は、優しく微笑んで、二つ返事で「いいよ、最近人が全然来なくて暇だしさ」って言ってくれた。



「良かった」

一言しか言わなかったがその言葉にすべてが込められているように感じ俺は心が暖かくなる。


「友達が元気になったので明日からシフトは今まで通りに戻してもらって大丈夫です。ありがとうございました」

「分かったよ。佐藤君がいない間、みんな寂しがってたし、きっとみんなも喜ぶよ!」


 俺は照れて顔をほんのり赤く染める。ガラガラだった店内に徐々にだが人が入り忙しくなって来たので、俺はコンビニを後にした。朝焼けに向かって再び走り出す。走っている間は嫌なことが風と共に去っていく感じがした。


 無我夢中で走っていると、あっという間に家に着いていた。帰って来て一通り筋トレをすると、舞の見舞いをしに病院へと向かった。


 病室に着くと、舞が笑顔で出迎えてくれた。昨日までは窓から外を眺めている姿だったから嬉しかった。舞の笑顔を見るたびに、心の奥底から元気が溢れるような気がした。改めて自分は舞が好きなのだと自覚する。惚れた人の笑顔はとてつもないエネルギーをもらえる。


「十思おはよう」

「おはよう、体調はどう?」

「まだ、夏祭りの日のことがフラッシュバックするけど、一昨日までよりは回数も減って大分楽になってきた感じかな」

 挨拶を互いにすると体調を尋ねたが、舞の反応を見る限りあんまり良くないようだ。


「そっか……あ、そう言えば、やっぱり何でもないや」

「え?なに~?そこまで言ったんだから最後まで言ってよ~」

 脳裏に昨日書いた手紙がぼんやりと浮かんだ。でも気恥ずかしくなって渡すのをやめようと思った。でももう遅かった。口に出してしまった以上、言わなければきっと舞は家に帰らせてくれないだろと思ったので俺は覚悟を決めて鞄の中から手紙を取り出した。


「昨日さ、おむすびと一緒に手紙を渡そうともってたんだ」

恐る恐る鞄の中から手紙を取り出した。そして舞に渡そうとしていたが途中で止めた。


「一つ約束してくれない?恥ずかしいから俺がいなくなったら読んで」

 緊張して手紙を持っている手が微かに震えていた。この手紙は実を言うとラブレターなのだ。我ながらカッコ悪いと思う。男なら堂々と言葉で伝えたいのだが、昨日までの舞は聞こえていても聞いてないようなものだったし、言葉では上手く言えないと思って手紙を書いた。


 舞は以上までに緊張している俺をみて吹き出した。

「手紙渡すだけで何で手も声も震えてるの、馬鹿みたいそんなに嫌ならやめれば良かったのに~」

「悪いかよ、手紙始めて書いたんだよ」

からかう舞を目の前に俺はまだ手は小刻みに震えているし、心臓は物凄い勢いで鼓動を打っている。


「とりあえず、十思が帰ったら読むよ」

少しニヤニヤしている気がしたが、俺は止めていた手を再び舞に伸ばし手紙を渡した。


「やっぱり読んじゃおうかな~」

舞は笑いながら手紙を読もうとしている動作をした。


 焦った俺は座っていた椅子から立ち上がって、上半身だけを起き上がらせている舞に近づいて手紙を取ろうとするが、舞は手紙を持っている手を後ろに隠したり、上にあげたりして取らせないようにした。


「返せよ!」

 俺は舞の後ろ側に手をまわして取ろうとするが、これ以上近づくと押し倒してしまいそうだった。


「私、意地悪だから返さない!」

 舞は楽しそうに笑いながら手紙を持っている方を後ろに隠したりしたせいで、息がかかるほどに近く髪が頬に当たるほど近づいていた。舞の後ろに回した手が手紙に触れかかった時だった。


「あ!」


俺はバランスを崩し、舞のことを押し倒した。キスができるほどに近く、舞の瞳には自分が覆いかぶさる姿が写っている。世界に二人だけしかいないような不思議な感覚になる。


「手紙、俺がいなくなるまで、読むなよ。」

俺は覆いかぶさりながら言う。舞は驚いたような照れたような顔でゆっくりと頷いた。


それから、俺は何もなかったようにそっと起き上がって、病室を出た。


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