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業火な御馳走  作者: 赤八汐 恵愛
第1章 七尾奏音 色欲編
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悪魔

 病室で無残な顔で横たわっている舞の横に座る。怒りが収まらず、矛先を自分の唇に向けた。下唇から血が滲みでる。口の中には屈辱的な味が広がる。もっと速く助けることが出来たならば、一緒についていれば、後悔が胸を這いつくばり、怒りが脳みそを食い荒らす。終わってしまったことを何度も何度もフラシュバックさせる。嚙み締める口からは唸るような鈍い怒号が溢れだし、夜の病室に響く。廊下から焦燥感を煽る足音が近づきドアが開いた。俺は振り返り。舞の両親だと分かると椅子から立ち上がり、床に思いっきり頭をたたきつける。額から生暖かいものが伝わった。床に頭を擦りつけながら謝る。


「すみません…俺が居ながら大切な娘さんを守れなくて……すみません……すみません……」


 俺は、歯が割れるほど強く嚙みしめながら、絞り出すようにひたすら謝る。床は涙と血で濡れていく。貴史さんと奈美さんは異様な光景に最初は立ち尽くしていたが、舞の姿が視界に入ると奈美さんは床に崩れ落ち。ガラス玉が割れるような無惨な声を出していた。貴史さんは俺の背中を優しく触り言った。


「佐藤君、顔を上げてくれ……悪いのは、佐藤君じゃない……」


 貴史さんの悲しみと怒りをグッと堪えた優しい声が聞こえ顔を上げる明王さながらの抑えきれない怒りが滲み出る表情だった。いつも温厚な貴史さんだとは到底思えないほどに怒りで歪んだ顔だった。


 舞の両親の姿は俺の胸を抉った。どんな暴力よりも痛かった。どんな言葉よりも辛かった。二人の姿は見えない槍へと姿を変えて俺を串刺しにする。もっと俺のことを責めてくれたならば……後悔に苛まれなくて済んだのに。


 舞に泣き叫びながらすがりつく二人を見ながら俺は後ろに立ち尽くしていた。握り拳は次第に力加減をすることを忘れていた。掌には爪が食い込み。赤黒いものが床に滴り落ちる。腹の底で煮え切らない殺意が口から溢れ出す。悲しみが覆い尽くす病室で一人「殺してやる……」と呟く。


 翌朝、医師の話しを聞いた貴史さんから1ヶ月ぐらいで顔の傷などは治る。だが精神的な傷は治るかどうかは本人次第だと伝えられた。以前の舞に戻らないかもしれないと脳裏をよぎった。舞は結局この日は目を覚まさなかった。それから三日間経ったが舞は眠り続けていた。顔はまだ腫れていたが最初と比べれば少し落ち着いてきた。俺は舞の手を強く握りしめてずっと謝り続けていた。


 思いが通じたのか答えるように手が微かに動いた。


「今、指が動いた気が…」


 貴史さんと奈美さんも優しく手を握った。指が微かに動き腫れて塞がっている(まぶた)も若干上下し目が開く。


「…ここ……は」


 舞は思ったように声が出せないのか言葉を詰まらせなが呟く。貴史さんと奈美さんは顔を見合わせ静かに喜んだ。


「病院よ」

「どうして私、病院にいるの」


 俺を含めてどういうべきか悩んだ。奈美さんがゆっくりと言葉を選びながら優しい噓をつく。


「夏祭りに行ったのは覚えてる?」

「うん……」

「良かった。あのお祭りって帰る時に凄い人が一斉に階段に流れるじゃない。それで……人混みに押されて舞は階段の上から足を滑らせて……」


 舞は何も言わずに静かに聞いていた、奈美さんは涙を溢して言葉を詰まらせながらも架空の出来事を話し続けていた。


 記憶が混乱しているのか奈美さんの話を信じているようだったが、検査した先生の話だと脳に以上が無いことから次第に記憶が戻ってしまうということだ。俺は静かに記憶が戻らないことを祈った。


 舞は一人病室に戻らせ先生の話を聞く二人の顔は苦虫を噛み潰したような表情だった。俺もきっと同じような表情を浮かべているだろう。


 記憶が戻った時のことを考えると寄生虫が身体の中を動きまくっているような不快感だ。舞の元に戻ると貴史さんと奈美さんは無理して笑って直ぐに退院できると噓を重ねる。そんな姿を見てられなくなり一人病室を出て病院の中庭にあるベンチに座った。目を瞑り何度も何度も加藤たちを殺しまくった…それでも、まだ殺意は収まらない。


 自分が許せなかった…なぜもっと速く駆けつけられなかったのか、1人で行かせてしまったのか…今となっては、もうどうすることもできない。


 落ち込む俺の隣に貴史さんが座った。


「佐藤君…僕も君と同じ気持ちだよ…」

「舞をあんな目に合わせたやつが憎い、助けられなかった自分が憎い」


声は冷静で落ち着いていたが、明王のような表情を浮かべ強く拳を握っていた。


「自分は何のために警察になったのか分からなくなるよ…でもさ、良かったよ。自分がその現場に立ち会わなくて。もし立ち会ってたら間違いなく殺してただろうからね。今は監獄の中だから殺したくても殺せないけど、出てきたら確実に息の根を止めに向かう。自分の中の悪魔と誓ったんだ」

 

 この時、貴史さんは俺と同じように悪魔と契約したのだと思い知った。

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