夏祭り
翌朝目が覚めると、舞はまだ寝息を立てて眠っていた。俺は起こさないようにゆっくりと起きてテーブルに朝食と鍵をポストに入れといてくださいという書き置きを残してアルバイトに向かった。
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夕暮れ時に俺は恵沢神社の鳥居の前にいた。舞と待ち合わせすることになっている。祭りということもあって、どこを見渡しても屋台や人しか見えない。人混みの中でも、釘付けになりひときわ目立つ水色の浴衣姿が似合う女性がいた。息を呑むほどに美しく、俺の視線は女性に奪われ周りの人混みが見えなくなっている。不思議なことに目が合う。何故か女性はこちらに微笑みかけていた。徐々にその女性が近いてくる。非常に舞に似ているような気がした。気のせいだと思い目を凝らす。目の前まで近づいてくるとやっと本人であったことに気づいた。気付くと肋骨が軋む程に緊張し、耳が詰まる感覚を覚えた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
舞は申し訳なさそうに言ったが、俺は緊張のあまり固まってしまって動けなかった。
「大丈夫?」
「あ、う、うん…」
いつも化粧などしなくても十分に可愛いと思っていた舞が、おめかしをして浴衣を着てきたことで更に美人になった。俺はどうしたらいいのかわからなくなりそうだった。緊張している俺をみて、舞は不思議そうな顔をしていた。
「ねぇ、じゅっくんは何が食べたい?」
「俺は祭り自体、始めてきたし特に何を食べたいとかわからない。だから舞が食べたいものを食べたいかな」
「なるほど……うん、わかった」
舞は親指を立ててサムズアップしたあとに何故か俺の手を握り歩み始めた。
「こんなに人が多いし、じゅっくんは始めてきたんだから迷子になるかもしれないじゃん。だから、手繋いで行こう」
あたかもそれが、自然なことであるかのような感じの言い方だった。
「あ、え?うん、」
柔らかくて、暖かい感触が掌を包み込んで鼓動が一気に飛び跳ねた。舞は手を繋いでいることなんて微塵も意識してない様子で、左右にある屋台を見渡していた。俺は一人意識している自分が悲しくなった。分かりきっていることだけど舞は自分のことを異性として見ていないのだろうな。俺のこの気持ちは、どうしたら伝わるのだろうか。俺の胸の鼓動はどうしたら鳴りやむのだろうか。そんなことを考えながら彼女を見つめていた。
「ねぇ、あそこの綿菓子食べようよ!」
「あ、うん……」
舞は屋台を指さした。急に話しかけられ素っ気ない返事になってしまった。
「綿菓子二つください」
「はいよ、すぐ作るから待っててね」
店主は綿あめ機に長い木の棒をグルグルとまわして、桜色の糸を巻き付けていた。糸がフワフワの塊になるととても甘く優しい香りが漂った。あっという間に二つの綿菓子ができると舞は、それを俺に渡しもう一つは自分の口の中に入れた。舞に習って食べる。不思議な感触だ、確かに口の中に入れたはずなのに食感はなく、ただひたすらに甘かった。これが溶けるということなんだろうか。人生で初めて実感した。
俺の恋心も綿菓子のように溶けて無くなれば、どれだけ、楽になるのだろうか…甘い記憶だけが心の中に広がれば、いつまでも幸せでいられるだろうな…と、ふとそんなことが心の中によぎった。
舞を見ると既に綿菓子がなくなっていた。
「あ、そうだ私ね。花火も見れるし、人もいない穴場スポット知ってるから少し買い込んで、そこでゆっくり食べようよ」
近くの屋台の食べ物を次々と買い込んで、俺を引っ張って神社の裏にある広い森の方へ向かった。暫く歩くと開けた広場に出た。そこには小さな丘があり、丘の上には丸太が長椅子みたいなのが置いてあった。遠くからは祭りの光と音がほのかに聞こえるぐらいで静かだった。
俺と舞は丸太に座る。屋台で大量に買った焼き鳥や焼きそばなどを食べ始める。どれもいつも食べているよりも美味しく感じた。
俺は人生で初めて幸せを感じていた。これからこんな幸せが永遠に続けばいいなと思いながら、夏の風にあたっている。
「ちょっと花火始まる前にお手洗い行ってくるね!食べ過ぎちゃった」
舞はニコッと笑ってお手洗いの方にそそくさと向かって行った。
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舞はお手洗いを済まして戻ろうと森の中を歩いていると三つの黒い影が囲んだ。
「佐々木、久しぶりだな!」
声がした方の顔を見ると、十思のことを宇土と一緒にいじめていた加藤だった。
「やっぱり、怪我したってことは噓なんだね」
舞はニヤッと笑っている加藤の顔を鋭く睨んで言う。
「当たり前だろ、宇土の親父がいじめ政策の間は休学しろってうるせえから、休んでただけ。休んでる間は次、会ったらどう復讐しようって考えてたんだよ。そうしたら偶然にもねチャンスが巡って来たってわけさ」
徐々に男たちは詰め寄ってくる。舞は急いで携帯を取り出しそうとするが、一人の男が背後に立って携帯を取り上げ、バキバキに折った。
「あらら、これで、助け呼べなくなっちゃったね」
加藤は気持ち悪く笑った。舞は全身に鳥肌が立つ。声を出そうにも出ない。
「その女、後で好きなようにしていいから、ちょっと抑えてて」
二人の男はニヤニヤとして逃げられないように舞の腕を左右から抱えこむように強く持つ。加藤は拳を強く握り勢い良く舞の腹に打ち込んだ。舞は顔を歪めながら加藤を睨んだ。
「こんなことして困るのは、アンタたちなのよ」
「うるせぇよ!その顔無茶苦茶にしてやるよ」
そういうと加藤は舞の顔面を強く殴りつけた。舞の顔はみるみるうちに赤紫色に腫れていき、無残な顔へ変形していく。
両脇の男たちはどんどん発情していて、ズボンがはちきれるのではないかと思うほどに、下半身が盛り上がっていた。
「加藤、俺もう我慢できねえよ、早くヤらしてくれよ」
男のズボンには、薄くべっとりした液が染みついて生臭い匂いもする。
「そうだな、俺ももっと歪む顔が見たいしなそろそろ遊んであげるか」
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いつまでも帰ってこない舞を心配して俺は探しにお手洗いに向かっていた。だが、お手洗いにもいない。流石に1時間以上も個室にこもっていることはないとだろうし、もしそうだとしても、女子トイレの電気がついてないのはおかしい。他のお手洗いに行ってるはずもない。だってここだけにしかないはずだから。そんなことを考えていると更に不安が襲ってきた。ふと下を向くと入学式の時に舞に貰った。ハンカチが落ちている。俺にあげたあと新しいのを買ったのかもしれない。絶対にこれは舞のハンカチだと直感が言っていた。悪寒が全身に走る
。幸いなことに、まだ土汚れがついていない。ということは時間が経っていないことだ。
俺はそのハンカチを握りしめて森の中へ走って戻った。広場の方に戻っても舞は戻ってきていなかった。もし何かあるとしたら、人目が少ない森の中だと思った。祭りの中でトラブルがあるなら何かしらのアナウンスなどで連絡があるはずだ。広場にいても放送は聞こえるのは知っているはずだから。俺は冷や汗を垂らしながら再び森の中に戻った。クソ、こんなことになるのなら携帯を持っとくべきだと後悔した。
「まい!どこにいるんだよ!」
俺は、思いっきり叫んだ。森の中はセミの鳴き声しか聞こえなかった。叫んでも、叫んでも、聞こえるのは、セミの鳴き声だけだった。十思は全身汗だくになりながら森の中を駆け回った。すると月明かりが森に差して三人の人影が見えた。走って近くと三人の間にある木の根元に半裸の女性が横たわっていた。
嫌な予感がする。その女性は舞と同じ水色の浴衣を着ていた。自然と足が止まる。足枷がついているのかのように重苦しい歩き方になる。
男の一人は加藤だと分かった。携帯を横にして動画を取っているようだ。加藤以外の二人のうち一人は女性の頭に下半身を当てている。もう一人は女性の股を広げ下着を剝ぎ取って自分のモノを入れようとしている最中だ。
近づくにつれて女性の顔が明確になる。嫌な予感は的中した顔中紫色に腫れて精液まみれになっていた舞だった。
頭にはち切れんばかりの血が集まった。神社全域に広がるような悲痛な叫び声を上げ。男たちに飛びかかる。
もう、何が何だかよくわからなくなってしまっているぐらいに殺意、怒り、絶望がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。憎い感情が濁流の如く駆け回る。三人の男たちは猛獣のような叫び声を出す俺の方に視線を向ける。
加藤は動画を取るのをやめて逃げ出そうと走り出していた。だが俺は逃がさなかった。身体全身から溢れる殺気を纏って加藤の顔面に憎しみの全てを込めて殴りつけた、二人の男は俺をみてやばいと思ったのか加藤とは反対方向に走って逃げって行こうとした。
俺は加藤が倒れ込んでいる隙に二人の前に回り込み、一人の胸ぐらをつかみ、背負い、勢い良く地面に叩き付けた。地面に叩き付けられた痛みで悶えている間に、恐怖で立ち尽くしていた一人の袖付近をつかみ片足で相手の体勢を崩すように足を引っ掛けて倒す。
それでも、起き上がって逃げようとするので近くに落ちていた木の枝を真っ二つに折り逃げられないように片方ずつ脹脛に刺す。二人は凄まじい叫び声を上げ、足からは赤く汚い血があふれ出していた。俺は念のために近くに落ちていた小枝を三本拾って同じように残った方足と両腕にも刺す。二人は激痛に耐えられなかったみたいで、失神した。
加藤の方に戻ると幸いなことに、まだのびていて起きていなかった。加藤から携帯を取り上げて粉々にした後に鋭くとんがっている携帯の破片を口の中に入れて無理やり飲み込めさせた。口の中が切れて血だらけになっていくのが見えた。
全てが落ち着くと舞のところに駆け寄って自分が着ている服を着させた。俺は代わりに加藤たちから衣服を奪って着る。近くの公衆電話まで行って救急車を呼んだ。