いじめられっこは死ね
三人の当事者ABCの証言
Aの場合
『……
俺のしてきたことはいじめではないですよ。
いじめはほんとうに嫌です。そんなことするヤツは死ねばいいと思います。
ですが俺たちは違いますよ。ただの遊びです。
なぜ悪意のない遊びが責められるのですか? 俺にはなんの悪気もありませんよ。
たしかにあいつは死にました。自殺らしいですが。きっと他に原因があるんですよ、受験ストレスとか。
あいつの家、貧乏らしいですからね。金目当てで騒いでいるだけですよ。頭おかしいのでは?
……』
Bの場合
『……
私は関係ありません。私はそんな行為には加わっていません。
ええ、いじめがあったのは事実として認めますが、あんなやつ死んで当然です。
なにをいっても聞かないバカで……失礼しました。コミュ障がいで。
不潔でのろまで。いうことを守らない。どうせ働けるはずもない。
社会に落第してとうぜんなのですから、生保にでもなって社会の負担となるまえに、死んでよかったのではないですか?
……』
Ⅽの場合
『……
僕は知っていますけどね。
ええ、あいつは自殺しました。
あいつが周りに迷惑をかける落ち度があったとして、いじめによる加害はその幾百倍だったでしょうけれどね。
それだけダメージを受けるのです。自ら死を選んで当然です。
なぜこのような明白な社会的犯罪がなくならないか?
自然ですよ。被害者は社会的弱者であり、なんの権利もない。生き残ったとして社会から脱落して、なんの地位もない。
誰もそんなヤツの話は聞かないからです。
いじめはなくなりませんよ。このクラスでもあいつ以外の弱者がまた槍玉に上がるでしょう。
……』
教師の場合
『……
いじめられるものにだって、原因があるでしょう!?
私はクラス全体を守る責任があるのですよ。
たまたま起こった社会全体から見ても、とても例外的なひとりのケースを的にして、私をいじめないでくださいよ!
私にはなんの責任もありませんよ!
……』
経過
『……
この事件も、もう過去のものだな。どうせ解決もできない事件、か。
自殺は珍しくない。この日本で毎年、殺人事件より二ケタは多く発生しているのだから。
その統計データが正しいならそうですね。
ですが未解決事件をすべて自殺枠に入れているとしたら、統計も怪しくなりますよ。日本の平和信仰もね。
……』