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選択肢と覚悟

「分かったわ、3ヶ月の対価ね。契約するわ」


「誤解してるようだけど、対価は未来払いじゃないからね。即時払いだよ」


「え?」


「契約が成立すると同時に払ってもらう。単に寿命が3ヶ月縮むという理屈じゃない。契約すると同時に、君は3ヶ月という時間を失う」


「どういう意味?」


「一瞬で3ヶ月失って、気が付いたら3ヶ月後に居るってことさ。そしてこの契約に関する記憶は失っている。理解した?」


「ちょっとよく分からないわ」


「たちまち時間を失って、君だけが3ヶ月後にスライドするって感じだよ。分からない? この説明で彼女は分かってくれたんだけどなあ」


悪魔ワガナオの言葉に、ナタリーははっとした。


「彼女って、もしかして……」


この指輪の持ち主は、つい先程までメリルだった。

メリルは5年前に忽然と姿を消して、今になって戻って来たのだ。


「まさかメリルさんは、あなたと契約して?」


「どうだろうね? 人の願いごとを他の人間にペラペラ話すような真似は、俺はしないけど。願いごとを叶える悪魔が現れて、瀕死の恋人を助けられる手段があると知れば、大抵の女性はどうするんだろうね」


ああ、何て事だとナタリーは愕然とした。

これでロイドの言っていた言葉に合点が行った。

どうしてメリルが今さらになって現れたのかと責めたとき、ロイドは苦しげに言った。


『俺が全部悪かったんだ』


メリルはロイドを救うためにこの悪魔と契約し、5年もの時間を失ったというのか。

大切な婚約者だったからだ。


そのロイドを奪ったのはナタリーだ。

再会したとき、ロイドはまだメリルのことを待っていた。

ナタリーがあのショーウィンドウ前で声を掛けなければ、ロイドはもっと長くメリルを待ち続けて、ずっと独身だったかもしれない。


(そしてメリルさんと再会して、結婚の約束を果たせたかもしれない。メリルさんはロイのために5年を犠牲にしたのに……)


2人の仲を決定的に切り裂いたのはナタリーだ。

メリルの心情を思うと、ナタリーは胸が張り裂けそうになった。


(メリルさん、私のことを……憎んでる?)


「さあ、どうするの? 願いごと。無理強いはしないけど、早くしないと怖いオジサンがこっちへやって来るよ。ああ、もう一つ教えといてあげる。その指輪を外すには、さっきの儀式をしないと駄目だって思ってるようだけど、もっと簡単な方法がある。指輪の持ち主を絶命させればいい」


ナタリーはぎょっとした。

サイモンたちと揉めていたペレス元大佐が、ロイドに対応を任せて、こちらへ足を向けるのが見えた。今すぐにでもやって来そうだ。


「わ、分かったわ。あなたと契約する。早くペレス元大佐を飛ばして、ルーシーを返してちょうだい!」


のんびりしている猶予はなかった。

後のことはロイドが何とかしてくれるだろうと、夫に希望を託した。


(ルーシーが無事に戻って来るなら。3ヶ月後……元気で会えますように!)


家族と、巻き込んでしまった人々の無事を本気で願うのなら、ペレス元大佐を「飛ばす」という選択は、ぬるいかもしれない。


しかし、死を願う覚悟は持てなかった。

願うだけでは済まない。

願えば必ず叶い、確信的な殺人となる。そして願いごとの代償が必要だ。


地球の裏側にある外国、メナディゼという国は、言語も通貨も異なる。文明はやや遅れていて、治安があまり良くない物騒な国というイメージがある。

何の準備もなく身体一つで飛ばされれば、ペレス元大佐といえどそう簡単には帰って来られないはずだ。


そう思ったナタリーだったが、ペレス元大佐は普通の人間ではない。高レベルの使徒であり、元軍人だ。その逞しさは、ナタリーの想像の遥か上を行くのかもしれない。


この場凌ぎの「願いごと」に過ぎないと知りつつも、ナタリーは願った。


(メリルさんがロイのために捧げた5年に比べれば、3ヶ月くらい……)


メリルへの対抗心ではない。せめてもの償いの気持ちだった。せめてもの自分への罰でもあった。

メリルの献身を知らずに踏み台にして、ロイドと幸せな家庭を持ったことへの。


この場で使徒同士の戦いが始まれば、メリルやキースも巻き添えを食らう。

それを回避するためにも、悪魔の指輪は一旦この世から消えた方がいい。契約者と共に。



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