新しい指輪
ナタリーが戻って来たという知らせは、遠く離れたドノイにいるメリルとキースにも届いた。
駆けつけたい気持ちはあったが、何せヘリオーズへの往復には日数がかかる。
ロイドからも「落ち着いたら、ナタリーとルーシーを連れてこっちから行くよ」と言われ、その機会を待つことにした。
「まあ、ロイも忙しいしな」
「ルーシーちゃんを迎えに行ったり、しばらくはバタバタするでしょうね」
ナタリーが戻って来て、本当に良かったと2人は心から思った。
娘を助けるために時間を失い、戻って来たら娘に忘れられている、そんなことにならずに良かった。
ルーシーの物心はまだついておらず、生物の本能的な部分で、きっと母親のことが分かるはずだ。これからまた毎日一緒に過ごし、抱っこしてミルクをあげ、オムツを替えてあやし、と3ヶ月の空白を取り戻すだろう。
「ねえ、本当に奢ってもらって大丈夫なの? フルコース、すごすぎてびっくり」
メリルは声をひそめてキースに言った。
2人がコース料理を食べたのは、ドノイで一、二を争う人気の高級レストランだ。予約を取るのも大変だと聞く。
ナタリーが戻って来たお祝いを、本人不在でキースと2人でするというのも妙な感じだが、その上こんな高級店だとは。
一応のお洒落はしてきたが、場違いでないかと気にしながら入店した。
ロイドと付き合っていた頃は学生の貧乏カップルで、こういう店でデートしたことはなかった。
料理を待つ間は緊張したが、運ばれてきた料理の美味しさと、店側の良質なサービスにうっとりした気持ちになれた。
「大丈夫。ボーナス入ったし」と答えたキースも、普段着ないようなフォーマルなジャケットを羽織り、胸ポケットからハンカチーフを覗かせたりしている。
(キースのこういう格好も見慣れないし)
「半年働かないうちにボーナス貰えたんだぜ、中途入社サイコー」
しかし言っているとこはセコい。
おどけたかと思うと、キースは急に黙った。
そして食後のコーヒーをぐいっとあおると、意を決したようにメリルを見つめた。
「メリル、あのさ、その、あれだ。俺と結婚を前提に付き合わないか?」
遂に言った。
「えっ!?」
メリルの反応は予想通りだ。寝耳に水という感じで驚き、目を丸くした。
咄嗟に出た言葉は「何で?」だった。
「何でって、ほらっ、俺らももういい歳だし、お互いフリーだし、気心知れてるし、家族も知ってるし」
慌てて言い募ったキースだが、違う、言いたいのはそんなことじゃないと頭の中でもう1人の自分が騒ぐ。
「……っ、それに、好きだからだよ! お前のことが昔から、ずっと好きだ。けど言えずにいたらお前、ぽっと出の転校生なんかにころっと惚れちまうしさ。ロイなら仕方ないかって一度は諦めた。けどロイとはもう終わっただろ、だから俺のこと前向きに考えてほしい」
一気に言い切って、キースはメリルを見つめた。
正直言って、スマートとは言いがたい告白だ。何度も練習したのに事前に考えた言葉は頭から抜け落ちて、思ったままの言葉が口をついて出た。
失言が多い自覚がある分、焦る。
(やべぇ、なんか嫌なこと言ったかも。ロイとはもう終わっただろなんて)
メリルは呆気に取られたまま、気の置けない幼馴染みからの思いがけない告白を噛み締めていた。
(私のことをずっと好き……うそ、キースが?)
びっくりしたが、嫌な気はちっともしなかった。
今までのキースとの歴史が走馬灯のように駆け抜けた。どこを振り返っても一貫してキースは優しかった。気取らず、等身大で話せる相手だ。心許せる、ということだ。
「いいかも……」とメリルは呟いた。
キースが今言ったように「前向きに考えてみた」ところ、いいかもしれないと思ったのだ。
「えっ!」
「キースをそういう対象として考えたことがなかったけど、キースといると楽しいし、気楽だし、私のこともよく分かってくれてるし、家族もキースを気に入ってるし、うん、言うこと無しよね。これからもよろしくね」
今さらそういう対象として見ることが出来ないと断られる覚悟をしていたキースは、驚いた。
そして嬉しさのあまり思わず立ち上がって、「よろしくお願いします」と良い返事をした。
周りの注目を浴び、慌ててまた座った。それからはっと思い出して、ジャケットの内ポケットに忍ばせていた小箱を取り出した。
「あの、じゃあこれ、婚約の証しに」
メリルは開かれた小箱の台座に、ピカピカの綺麗な指輪が収まっているのを目にした。
いつかこんな指輪が欲しいと、ショーケース越しに眺めていたような指輪だ。
その記憶に触発されて思い出したのは、あの頃のロイドとメリルだった。メリルにとってはそう昔の話ではないが、今となっては遠い過去だ。
キースはメリルの手を取り、初ボーナスをつぎ込んだ指輪をその指に嵌めた。
忌々しい悪魔の指輪の思い出を上書きできます様にと。
ラストスパートで書き抜きました。本作は昔書いた作品を改稿しての再投稿となりますが、どれだけ書き直しても満足のいくものを完成させるって難しいなあと思いました。精進したいです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




