小さな王女様
ルーシーをあやすサイモンを眺め、メリルは目を細めた。
一週間前はおっかなびっくりルーシーに触れていたサイモンも、今では抱っこする姿が様になっている。
それはメリルも同じで、初めて赤ん坊の世話をするにあたって不慣れなことだらけだったが、サイモンの祖母の指導の下、沐浴や寝かしつけもお手のものとなった。
オムツの替え方は、旅立つ前のロイドに習った。
ルーシーは生まれてからずっとナタリーの実家にいたため、実際にロイドがオムツ替えをする機会はまだ無かったが、いつか一緒に暮らすときのためにと、自主練習を重ねていたのだ。
それを聞いたメリルは、真面目なロイドらしいと思ったし、もうすっかり父親なのだなと感じた。
ロイドとナタリーの娘、ルーシーの面倒を見ることを申し出たメリルだったが、ふとした瞬間にルーシーへ悪意を抱いてしまったらどうしようと、後になって心配になった。
愛しい婚約者だった人が、他の女性に生ませた子供だ。
とても可愛いが、可愛い分憎たらしく思うことはないだろうか?
この子さえ生まれて来なければロイドを奪い返せたかもしれないと、そんな思いでルーシーの寝顔を見つめる瞬間はないと言えるのか?
不安に思ったメリルだったが、それは全くの杞憂だった。
ルーシーはひたすらに可愛かった。
誰の子供であるかなど関係ない。
小さくて柔らかくて温かくて、全身全霊で欲求を訴えて大泣きしたり、必死に哺乳瓶の乳首を吸い上げたり、大きな瞳でじっと抱き手の顔を見上げる、そのひたむきさがひたすら愛しい。
この赤子が成長するために、日々があるのだと思える。この小さな世界の中心にはルーシーがいて、メリルやサイモン、アランたちは小さな王女様の下僕だ。
明日でそのお役目を解かれ、ルーシーと離れるのが寂しい。
サイモンはどちみちこの家に長く居られる訳ではないため、ルーシーがこの家に居続けたところでお別れだが、ここで暮らしているアランとザラは、出来たらロイドを呼び寄せて移住させたいと本気で考えていた。
しかしメリルがナタリーのために、ロイドに軍人を続けてほしいと訴えたため、その計画は頓挫した。
(ロイが軍を辞めてこっちに来て、ここでルーシーちゃんを育てながら、ナタリーさんを待つ。私もこのままここで居候させてもらって、家事手伝いしながら、ロイとルーシーちゃんをサポートする。それも有りだったかもしれないけれど……)
もしその生活に馴染んでしまえば、願ってしまいそうだ。
(ナタリーさんに戻って来てほしくないと。ナタリーさんがずっと戻らなければ、ルーシーちゃんを自分の娘のように錯覚してしまうかもしれない)
サイモンの祖母もとても良くしてくれるが、ルーシーには、血の繋がった祖父母がいるのだ。
(寂しいけれど、お別れしなくちゃ)
メリルは祈った。ルーシーの幸せを。
この子の母親が一刻も早く戻って来ますようにと。
もしナタリーが長く戻らないなら、その間にロイドとヨリが戻せるかも等という期待は湧いて来なかった。
ナタリーに早く帰って来てほしい。
そしてすぐに悪魔の指輪を外す儀式をして、身の安全を確保してほしい。
それからルーシーちゃんを抱きしめて、ロイに抱きしめられて、家族3人の時間を取り戻してほしい。
メリルは心からそう願った。
悪魔の指輪を外すための旅を通じて、そしてこの家で暮らす日々の中で、メリルの中に残っていたロイドへの未練は薄まり、今はすっかり断ち切れていることに気づいた。
ロイドの妻子と直接会って、彼女たちを心憎く思えなかったからでもあるし、5年ぶりに再会したロイドは、やはりそれだけの年月分の変化があったのだと思い知ったからだ。
もうあの頃の恋人はいない。過去の中だ。




