メリルの願い
皆で手分けをして、武道場周辺でナタリーを捜したが、見つからなかった。
やはり指輪の悪魔が関わっている可能性が濃厚だ。
ロイドはすぐに都へ戻ることにした。
ナタリーの実家へは、ナタリーがルーシーと共に拐われた時点で、ロイドから嘘の連絡を入れていた。
母子はもうロイドの家へ戻り、親子3人で何とか暮らしていると。しばらくはそれでやり過ごせるが、それもじきにバレる嘘だ。
ロイドはひどく後悔していた。
メリルが悪魔の指輪と共に現れてから、ずっと後悔ばかりしている。あのとき何故ああしなかったのかと。
『あのときロイドが邪魔しなければ』
サイモンに言われた言葉が突き刺さった。
サイモンの言う通り、一緒にペレス元大佐へ立ち向かっていれば、ナタリーがいなくなることはなかったのか?
確かにあそこにいた使徒は全員レベルが高く、ペレス元大佐とも互角に戦えただろう。
しかしあの場には使徒だけではなく、非能力者のメリルとキース、ナタリーがいたのだ。
3人を激しい戦いに巻き込むことは避けたかった。
それが分かっているから、ペレス元大佐も油断していたのだ。
まさかサイモンがあれほど向こう見ずだとは知らなかった。
(正義感溢れるヒーローか。あの自信は無敵だな)
恨めしく思う反面、羨ましくも思えた。
高校時代、クラスメイトだったサイモンにロイドは特別な関心はなかった。
サイモンに対してだけではなく、殆どのクラスメイトに対し、一律に関心がなかったのだ。キースとメリル以外は『その他大勢』であり、公平な態度で接していたため、優しく穏やかな人間だと思われていたが、裏を返せばそれだけ冷たいということだった。
その自覚はあった。子供の頃からどこか冷めていて、滅多に帰って来ない軍人の父はどこか他人のおじさんのように感じていた。
その父が体を悪くして退役し、自宅療養を経て死に至り、家が貧しくなったときには世間を恨んだ。
先にロイドたちを見捨て、冷たかったのは世間の方だ。付き合いのあった人々は次第に離れて行き、母が働き口を見つけた遠い町へ引っ越すと、殆どの縁は切れた。
唯一、それでも連絡をくれ続けた父の友人がペレス大佐だった。
そのペレス元大佐が、悪魔の指輪を手に入れるためにメリルを殺そうとしたことはとてもショックだったが、「契約者を殺さずに指輪を外す方法がある」と分かり、平和的に指輪を譲ることを承諾してくれたときは安心した。
(結果的に俺はペレス大佐を騙し、みんなも騙した。そしてルーシーは戻って来たが、ナタリーがいなくなった。俺のせいだ)
ロイドは責任を重く受け止め、決意を固めた。
何年かかろうが、何十年かかろうが、妻のナタリーを待ち続けると。例えこの身が朽ちようとも、死ぬまで待ち続ける。
(しかしそうした場合、俺は死にかけの爺さんでも、戻って来たナタリーは若い姿のままか。ルーシーより若いかもしれない)
数十年後に再会したナタリーのショックを想像すると言葉にならない。
「それでも俺は待つよ。それしかないからね」
電話口の向こうでロイドの言葉を聞きながら、メリルは大いに同情した。
都へ戻り、可能な限りペレス元大佐の消息を追ったが、何も手がかりがないという知らせだった。
連絡を取っていた電話番号もすでに不通となっていた。
ペレス元大佐が生きているのか死んだのかも分からないのでは、ナタリーが悪魔へ捧げた時間の長さは推し量れなかった。
ロイドは軍を辞めて、ヘリオーズへ移り住もうと考えていることをメリルへ伝えた。
メリルは驚いた。
「ナタリーさんを待つために?」
「ああ。いつ戻って来るか分からないけれど、なるべく近くで待っていたいからね」
サイモンの祖母なら、ここに住めばいいと言いそうだ。
実際、メリルもいつまでいてくれてもいいと言われている。
「君にいつまでもそこにいて貰うわけにもいかないし。キースと週末に迎えに行くよ」
あれから一週間経ったが、ナタリーは戻って来ない。
メリルとルーシーを迎えに来て、ルーシーはナタリーの実家に預ける手筈だとロイドは言った。ナタリーの両親にも事情を話した。
「待って。ルーシーちゃんはおじいちゃんおばあちゃんに預けて、ロイは軍を辞めてこっちへ来るの? そうしたら今度はルーシーちゃんに簡単に会えなくなるわ」
「ああ。だけどルーシーはナタリーの実家で暮らした方が、ナタリーにとって良いと思う」
「そう思うわ。ロイも辞めちゃ駄目よ、仕事」
「え?」
「ナタリーさんが戻って来たときに、ロイが仕事を辞めてたらすごくショックだと思うの。今後の生活が不安よ。ロイはしっかり働いて、生活の基盤を安定させてくれてないと。戻って来たナタリーさんが、安心して元の生活に戻れるように」
メリルは想像したのだ。
例えば自分がナタリーの立場だったらと。
例えば前と同じように5年後に戻って来たとして、夫が無職やそれに近い状態になっていたら。
そこまでして待ってくれていた感動よりも、不安や自責の念が勝るだろう。
自分のせいで夫のキャリアが失われてしまったとしたら、ショックだ。
待つ側になってみて思うのは、待っている時間はやはり長く感じるし、待っている間とても苦しいということだ。
その苦しさをどうにかしたくて、足掻く。
しかし、悪魔の指輪によって失踪した側にとっては、その時間は存在しない。
悪魔と契約を交わした瞬間に時間は失われ、気づけば数日後、数年後にいるのだから。
苦しむ時間はないのだ。
そして願いが叶った後は、何を願ったかを忘れてしまう。契約に関する記憶も失う。
そのことをメリルはロイドへ改めて説明し、
「だから、ナタリーさんが戻らない期間中にロイがどれだけ苦しんで、どれだけ自己犠牲をして献身的に待ってくれていたかよりも、戻って来たときに変わらない安定がある方が嬉しいはずよ。失踪した側にとっては、本当に一瞬先の出来事だから」
仕事を辞めるなというメリルの真剣な説得を聞きながら、ロイドは改めて自分のメリルに対する不誠実さを思い知った。
ロイドのことをこれほど親身になって考えてくれるメリルのことを、ロイドは待ち続けなかった。
待つ側は本当に長く、苦しい。
しかし、もう少し長く待っていれば独身のままメリルと再会できた。
「そうだね、短絡的に仕事を辞めるのは良くない。ナタリーが戻って来たときに安心して元の生活に戻れるように、都で軍人を続けるよ。それに無職じゃ君への償いが満足に出来ない。これから毎月、慰謝料を払っていくよ」
唐突な申し出にメリルは驚いた。
「慰謝料?」
「ああ。ゆっくり話し合って決めようと言ったけど、今の状況じゃ優しい君は言い出せないだろうからね。本当に勝手を言うけれど、毎月定額を振り込ませてほしい。せめてもの償いとして」
電話口の向こうで、メリルが小さく息を吐くのが分かった。
「私の願いを、ロイの出来る範囲で叶えてくれるっていう約束ね。じゃあ、今その権利を使うわ。ロイ、軍人を続けて。辞めないで。ロイがかっこいい軍人さんになるのは、私の夢でもあったんだから。私のロイへの願いはそれだけよ」




