残る者と行く者
「あのまま指輪を渡していたら、こんなことには……」
ルーシーの寝顔を見つめ、ロイドがぼやいた。
それは明らかにサイモンへの非難だった。
「あのまま渡してたら、どんな世界になってたか分かったもんじゃない。今の僕たちが無事でも、未来の全国民が恐怖政治に敷かれるかもしれないんだよ?」
サイモンが反論した。
「あのときロイドが邪魔しなけりゃーーこっちの味方してくれれば、ペレス元大佐を捕らえられた。半殺しにして人質の居場所を聞き出せば、良かったのに」
「無理だ、相手はあの大佐だぞ。俺たちが束でかかってもーー例え勝てたとしても被害は甚大だ。大佐が本気を出せば、この道場を倒壊させることだって出来る」
「僕たちならそれを未然に防ぐことが出来た」
ええい、もうやめいやめいと口を挟んだのはサイモンの祖母だ。
「済んだことを言い合っても仕方ないでのう」
「そうよ。これから先のことを考えましょう」
メリルも同意した。
「まずはナタリーさんの捜索を。もしかしたら近くにいるかも。周辺を捜しましょう。それからロイドは都へ戻って、ペレス元大佐の消息を追って」
テキパキと話すメリルに、キースは目をみはった。
自分よりも弱くて守ってやらねばならないと思っていたメリルが、先ほどまでとは打って変わり、凛々しい表情をしている。
「その間、ルーシーちゃんは私が見ます。ここで」
「えっ」と声を上げたのは、キースとロイドだ。
「ここで、メリルが!?」
「ええ。ロイがルーシーちゃんを連れて都へ戻るのは、動きづらいし、ルーシーちゃんの安全が心配でしょう? だからここで待っているわ。ここでサイモンに守ってもらう。あと、アイス1ヶ月分とビビカの新作バッグを必ず買いますので、どうかアランさんとザラさんも助けてください。お願いします」
メリルの真剣な頼みに、アランとザラはあたふたした。
「ええ、勿論よ」
「アイスとバッグは冗談だからね。俺たちも勿論手を貸すよ。で、いいですよね? お師匠さま」
「ああ、勿論さ。このめんこい赤ちゃんとお嬢ちゃんが、うちへしばらく泊まってくってことじゃの。そりゃ歓迎だ。ここで泊まるのかい? 本宅に余ってる客間がようけあるよ」
「ありがとうございます! ご恩に着ます。この武道場で寝泊まりさせて頂けたらありがいです。ナタリーさんが帰って来るのは、ここですから」
メリルは自身の経験から知っていた。
指輪の悪魔に願い事を叶えてもらうと、その瞬間に契約者は姿を消し、悪魔に捧げた時間が経つとまた同じ場所に戻って来るのだ。
「ロイ、それでいい?」
「こっちの台詞だよ。君はそれでいいのか? そうしてくれるととても助かるが、そこまで君に甘えて許されるのか」
「私がそうしたいの。じゃあ解散ってここで別れられる気分じゃないわ。私はいま仕事をしていないし、あと一、二週間くらいはここに残っても大丈夫よ。キースは先にドノイへ戻って、家族にそう伝えて。すごく怒られると思うけど」
「えっ、メリルが残るなら俺も」
「キースはもう仕事が始まるでしょ。そっちを優先して。ここまで一緒にいてくれて、本当に心強かったわ。本当にありがとう」
メリルの目をじっと見て、決意の揺るぎなさを感じ取ったキースは頷いた。
メリルは意外と頑固で、有言実行タイプだ。
ロイドを追って同棲すると決めたときも、周囲は猛反対したが貫いた。
「分かった。ドノイへ戻ったら連絡するよ。メリルが戻って来るときには迎えに来る」
そう口にしながら、キースは決意した。そのときはメリルに告白しようと。
そのタイミングを逃せば、またそれぞれ日常生活の中で、距離が開いていくことは予想できた。
(けど、ロイドの奥さんが無事に戻って来たら、の話だよな。もしメリルの時のように、何年も消息不明だったら……?)
キースは想像し、暗い気持ちで胸がいっぱいになった。
婚約者が失踪し、別の女性と結婚したら、妻まで失踪した親友が不憫すぎる。
これが悪魔の指輪のせいなら、いつか必ず戻って来ることは分かっている。それがメリルの時とは異なる点だ。
(だけど、『いつか』って一体いつだ? 数日後や数ヶ月後ならまだ良いけど)
何年後か、何十年後という可能性もある。
ナタリーが何を願ったか、その内容の重さによるらしい。
ペレス元大佐のことは嫌いだし怖いが、どうかどこかで無事に生きていてほしいと願った。




