新たな契約
その弟子2人、金髪の男アランと赤髪の女ザラの待つ武道場へ着いた。
一脚の椅子が置かれている。
「指輪をしているお嬢ちゃん、ここへ」
サイモンの祖母が言った。
メリルはおずおずと進み出て、皆の見守る中椅子に腰かけた。
「4使徒はそれぞれ印のところへ立っておくれ」
板張りの床には、小さな印があった。「気」「火」「水」「土」と書いてある。
気のところにロイド、火のところにザラ、水のところにサイモン、そして土のところにペレス元大佐が立った。
「両手を伸ばして4人で手を繋ぎ、指輪の契約者の頭上辺りに意識を集中させる」
輪に加わらなかったアランが言った。
アランはどうやら水の使徒らしい。
「今から私が回って、順々に書を見せるからのぉ。それぞれ書かれている術を書かれている具合に発動させるんじゃ」
とサイモンの祖母が言い、アランから受け取ったノートを開いて、ロイドから順々に見せて回った。
書かれている術は、各使徒なら初級レベルでも使いこなせる程度のものだ。
しかし他の属性の使徒では、見てもよく意味が分からない。
4使徒が協力してこその『指輪の契約解除の儀式』なのだ。
「4つの属性の術が上手い具合にかけ合わさったとき、指輪は外れるはずじゃ」
まずロイドが気の術を使い、メリルの頭上にぐるぐると渦巻く風を作った。竜巻ほど激しいものではない。
その渦の中心を意識してザラが空気を熱する。そこへサイモンが空中に水を発生させ、ペレス元大佐が砂粒を混ぜる。
その泥水がぐるぐる回りながら次第に蒸発し、小さな小さな丸い石になった。
「おおっ、成功じゃ」
サイモンの祖母が手を伸ばし、その浮いている石を摘まみ取った。
「これが4使徒の石じゃわい。お嬢ちゃん、この石を指輪の石に重ねてみてな、すっと石の中に吸い込まれたら、指輪は外れるはずじゃ」
メリルを取り囲んでいた4人が手を離して、輪を解いた。
サイモンの祖母から受け取った『4使徒の石』をメリルは慎重に指輪の石に重ねた。
それはすっと黒い石に吸い込まれて消えた。
「ほれ、もう外れるで」
メリルはそっと指輪を掴み、引き抜いた。
これまでどれだけ力をこめて外れなかった指輪が、いとも簡単に抜けた。
おおっと驚嘆の声が上がった。
「でかした。早く寄越せ」
ペレス元大佐がメリルへ手を伸ばした。
メリルは一瞬躊躇し、ロイドの顔を見た。目が合って、瞳で頷かれた。
メリルは指輪をペレス元大佐の手のひらへ乗せた。
キースがメリルの腕を取り、自分のそばに引き寄せて、元大佐から距離を取った。
ペレス元大佐は恍惚とした表情で指輪を見つめている。
その手元を狙って氷の弾丸を撃ち込んだのはサイモンだ。
びしっと手首に当たり、ペレス元大佐の持っていた指輪が宙に舞った。
「ーーっ、貴様っ」
手首を押さえ、ペレス元大佐が鬼の形相でぐわっと睨んだ。
「サイモンっ、やめろ」と叫んだのはロイドだ。
「ルーシーが、娘が人質に取られてるんだ! 指輪は諦めてくれ、頼むっ」
メリルはそのやり取りよりも、飛んで行った指輪の行方を目で追っていた。
あっ、と思ったときには指輪は大きく宙を舞い、離れたところに立っていたロイドの妻、ナタリーが両手でナイスキャッチした。
「ナタリー、そこから動かず持っていてくれ。大佐、妻から指輪を受け取って、どうぞ行って下さい。邪魔をする者は俺が相手します」
ロイドが言い、サイモンの前に立ちはだかった。
メリルはオロオロした。
大人しく指輪を渡すと見せかけて、やはりサイモンは諦めていなかったのだ。
「1人で勝てると思ってるの?」とサイモンが鼻で嗤った。
「僕とロイド、一対一なら互角かもね。けどこっちにはばあちゃんとアランとザラ、キースもいるんだよ?」
「えっ、俺も!?」とキースがすっとんきょうな声を上げた。
使徒たちの戦いに非能力者がついていけるわけがない。
逆にメリルは「私だけ入ってない」と仲間外れにされて不満に思った。
「俺はぶっちゃけ指輪はどうでもいいよ。メリルさえ無事なら!」とキースが言い、
「こりゃ、数で勝てるとか情けないこと言ってんじゃないよ。やるならタイマン張らんかいな。ばあちゃんを頼るんじゃない」とサイモンの祖母も言い放った。
「サイモン、俺は加勢するぜ。その代わり、アイス1ヶ月分な」
「やっす。あたしはそうだなぁ、ビビカの新作バッグ」
「了解。買収するよ」
「こりゃ、お前たち!」
「冗談ですって、お師匠さま」
サイモンたちがロイドの前で揉めている間にナタリーさんのほうへ向かったペレス元大佐が、ぎょっとした声を上げた。
「お、お前っ!!」
皆がそちらを見たとき、ペレス元大佐はいなかった。
全員が呆気に取られ、目を疑った。
ペレス元大佐も、ナタリーも忽然といなくなっている。
2人のいた場所には……赤ちゃんがいた。
「えっ!? なな何でっ!?」
誰かがそう叫ぶ中、ロイドは赤ん坊のもとに駆け寄った。
「ルーシー!」
愛娘の名を呼び、ロイドは赤ん坊を抱き上げた。その途端、赤ん坊は火がついたように泣き出した。
か弱くも力強く、欲求の不満を訴え続ける赤子を抱いてあやすロイドだが、手付きが慣れない。
それもそうだ。ルーシーを抱っこするのはまだこれで二回目だ。
「あらまぁ、めんこい赤ちゃんだ」
サイモンの祖母が近づいて、真っ赤な顔で泣くルーシーの顔を覗き込んだ。
「これはお腹がすいてるんだろなあ。お母さんはどこ行ったんかいな」
それはこの場にいる全員が先ほどから思っていた。
ナタリーさんはどこへ?
メリルはある可能性を思いつき、心臓がどくどくと音を立てて高鳴った。
「……もしかして……ナタリーさん、指輪の悪魔と取引したのかも……」
ナタリーは指輪を手にしていた。
そして忽然と姿を消し、その代わりに娘が現れたのだ。
「ルーシーちゃんを返してもらいたいって、悪魔に願ったのかもしれない」
そしてそれだけではない。
ペレス元大佐も忽然といなくなっているのだ。
(ペレス元大佐が指輪を着けて、願い事をしたから消えたという可能性もあるけれど……それでナタリーさんも一緒に消えて、ルーシーちゃんが現れた?)
メリルは考え込んだ。
「ナタリーさんが指輪の悪魔に願って、ルーシーちゃんを返してもらい、ペレス元大佐をどこかへやった……そう考えるのが妥当な気がするわ」
メリルの推測に皆が愕然とした。




