元婚約者と妻
三列シートの車の最後列には、ロイドの妻が座っていた。
さらに娘が人質に取られているため、手足の拘束等はないが、大人しく誘拐犯に従っているのだ。
夫であるロイドが妻をフォローすべきだろうが、ペレス元大佐に席順を指定されたため、メリルが隣に座った。
ロイドとキースはメリルたちの前の、二列目のシートに乗り込んだ。
まさかロイドの妻とこんな風に初対面すると思っていなかったメリルは、気まずさで胸が詰まった。
とりあえず隣に座って会釈をした。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、皆さんを巻き込んでしまって……」
ロイドの妻はナタリーと名乗り、謝罪を口にした。
メリルは首を横に振った。
「気にしないでください。ナタリーさんとお嬢さんこそ、私たちに巻き込まれたんじゃ……」
そもそも指輪を拾ってしまったことが悪いとロイドは悔やんでいたが、そこを責めるのも見当違いに思えた。
ロイドが持ち帰った指輪を勝手に身につけ、悪魔に願いごとをしてしまったメリルこそ、そもそもの発端かもしれない。
(私がそんなことをしなければ、悪魔の指輪だと分からずに済んだわ。それに私が5年を失うこともなかった。悪魔に頼まずとも、ロイは回復していたかもしれないんだし)
「おい、私語は禁止だ」
ペレス元大佐の声が飛んできて、メリルとナタリーは身を硬くし、口をつぐんだ。
(そういえば、この男はどうやって悪魔の指輪のことを知り得たのかしら?)
メリルは改めて疑問に思った。
しかも失踪から戻ってきたメリルが着けていることも知っていて、奪いに来たのだ。
(ロイに聞いたのね)
身に覚えのない不可解な指輪について、家族とロイドにしか話していなかった。
(ということは、ロイとペレス元大佐は元から知り合いなのね)
ペレス元大佐は元軍人で、ロイドは軍人なのだ。繋がりがあっても不思議はない。
2年間ロイドと同棲していたメリルだが、さすがに軍の関係者との交流関係までは把握していなかった。
職場でのことをベラベラ話すような軍人はいない上、ロイドは自分のことをあまり話さないタイプの人間だ。
(ずっと一緒にいて、ロイのことをよく知っていると思っていたけど、私が知らないことも多いんだわ。それに、私のいなかった5年間に起きた出来事は何も知らない……)
メリルは隣のナタリーをちらりと盗み見た。
ダークブロンドの髪を耳下で切り揃え、化粧っけはないが、翡翠色の瞳が美しい、聡明そうな女性だ。嫌な感じはしない。
前にキースから聞いた話によると、ロイドとナタリーは親族だけでチャペルで式を挙げ、派手なお披露目パーティーはしなかったそうだ。
キースは都にいた頃に紹介され、ロイドと彼女と3人で食事をしたことがあり、「しっかりした感じの地味目な奥さんだよ」とメリルに印象を話していた。
確かに派手さはなく、堅実そうだ。
いい人そうで良かったと、メリルはそっと安堵した。
ロイドを奪われたことは正直いって悔しい。
しかし、もうどうしようもないことだ。
それなら、いけすかない感じの女より、応援したくなるような人がいいに決まっている。
相手がこの女性なら、納得して身を引けると思えるような。
(逆にナタリーさんは私のことをどう思っているのかしら。私がロイの元婚約者だと聞いて知っているのかしら)
ロイドの妻のナタリーが、今回の件について誰にどこまで聞いて理解しているのか、今の状況では確認しようがない。
「じゃあお前は道案内ーーいや、お前が運転しろ」
サイモンに運転席を譲ると、ペレス大佐は真ん中の席に乗り込んできた。
「全員分かっていると思うが、妙な真似はするな。人質の赤ん坊を無事に返して欲しければ、大人しく私に従って指輪をよこせ。用が済めば、全員解放してやる。今から私は君たちの協力者だ。4使徒で力を合わせ、成すべきことを成そうじゃないか」




