反則技
海辺の街からバスと電車を乗り継いで行ったショッピングモールで、着替えや旅行バッグを買ったメリルたちは、フードコートで遅めの昼食を取った。
それらの代金はロイドが支払った。一度皆と別れて別行動をした際に、多めの現金を用意してきたそうだ。
自分のせいで皆を巻き込んでしまった責任を感じているロイドは、逃亡中の経費は全て自分が持つと宣言した。
「でも……」
気兼ねするメリルにキースが言った。
「そこは素直に甘えさせてもらうわ。俺いま無職で無収入だし、メリルもそうだろ。サイモンだって身銭切る必要ねーし」
「ありがとう。そうしてもらえると、少しは気が楽だ」とロイドは礼を言い、食後の席を立った。
「ちょっと電話をして来る」
「ああ、分かった」
いそいそと公衆電話に向かうロイドを目で追って、メリルは小さく息を吐いた。
電話の相手は奥さんだろう。
(離れていても毎日電話をするから大丈夫、って言ってたものね。奥さんには何て説明してるのかしら。任務で出張中とか? 怪しまれないのかしら)
奥さんは初めての育児に手一杯で、それどころじゃないのだろうか。
元々出張の多い仕事であるし、真面目な性格のロイドは信頼を得ているのだろう。
『信頼し合っている仲良し夫婦』を頭に思い描き、メリルはきゅっと胸の奥に痛みを覚えた。
それは本来、自分が着くはずの座だった。ロイドの奥さんという座。
チェックアウトしてきたホテルの部屋代も、皆の買い物代も、ぽんと気前よく支払ったロイドを見て、胸がもやっとした。
メリルと同棲していた頃のロイドは貧乏学生だった。父親を早くに亡くし、母子家庭だったロイドの家は貧しく、士官学校の学費は奨学金で賄っていたが、生活は苦しかった。
メリルは高校卒業後、ロイドと一緒にいるために家を出て同棲し、アルバイトで2人の生活を支えていた。
それもこれもロイドと結婚できると信じていたからだ。
苦労するのは4年だけで、ロイドが無事学校を卒業して軍人になれば、晴れて結婚できる。収入は安定し、生活は楽になる。専業主婦になればいいよとロイドは言ってくれた。最高級の指輪を買ってくれるとも。
(なのに全部、手に入らなかった。ずっと支えて来たのは私なのに……。後から現れた人に全部持って行かれたんだわ)
そう思えば思うほど、悔しさがこみ上げた。
一番憎いのは自分の愚かさだ。
(どうしてロイに何も言わずに、悪魔と取引したのかしら。ロイは手術後、昏睡状態で直接話すことができなかったとしても、手紙くらい残して置けば良かったのに。5年後に必ず戻るから待っていてって。そうちゃんと伝えていれば、ロイはきっと待ってくれたはず)
何故そのときそうしなかったのか。記憶にはないが、過去の判断が悔やまれた。
(もしかして、悪魔との取引内容は人に話してはいけないというルールがあるのかも。今度呼び出すことがあれば、悪魔に聞いてみようかしら)
どちらにしろ、後悔先に立たずだ。あの時ああしていれば良かった、こうしていれば良かったといくら悔やんでも、過去には戻れない。もう取り返しはつかないのだ。
「あ、そうだ。僕も電話してくるよ。ばあちゃんに」
サイモンが思い出したように言い、席を立った。
「えっ、お前まで? ロイが戻って来てから交替で行けよ」
「変なこと言うね。彼女と2人きりになれるのに、喜びなよ」
メリルは少し前からサイモンに言いたいことがあった。「メリルよ」
「え?」
「私の名前、メリル。一緒に同じ場にいて話してるのに『彼女』って呼ぶの、それこそ変じゃない? 私だけ違うところにいるみたい。名前で呼んで、ちゃんと目を合わせて私とも会話してほしい。サイモンは私のこと……嫌い?」
メリルは勇気を出して尋ねた。
これからしばらく行動を共にすると決まった相手から、さりげなくずっと塩対応されるのは傷つく。
嫌いなら嫌いとハッキリ言われたほうが、まだ関係改善の余地があると思えた。
「気に障るところがあるなら、改めたいの」
メリルの真剣な眼差しに、サイモンはびびった。
「いっ、いや、き、嫌いなわけっ、ご、ごめっ、そんなつもりじゃ……」
飄々とした表情が崩れ、昔のようにどもった。動揺して目を泳がせ、それから観念したようにメリルと目を合わせた。
「……ごめんなさい、僕、いまだに苦手なんだ。可愛い女の子と話すの、緊張しちゃって……」
そう白状し、かあぁっと顔を赤らめるサイモンにメリルは目をみはった。
「じゃ、じゃあ電話して来るよ、メリル。キース」
逃げるように行ってしまったサイモンの背中を見送って、キースがメリルの眼前で手を振った。
「おーい、メリルさん。惚けすぎ。今のアレ、何なん。何なん、アイツ。イケメンが反則技使うなっての。惚れてまうやろー、だよな」
キースが唇を尖らせた。
「え。まさか本当に惚れちゃった?」
「ううん、何かビックリしちゃって……。確かにあれは反則ね……」




