キースの怒り
指輪の悪魔は新たな願い事を期待していたが、今は無いとメリルが断ると、「じゃあまた願うときに呼んでね」と姿を消した。
メリルは一息吐いて皆の顔を見た。
ロイド、キース、サイモンの3人に、悪魔ワガナオの言葉は聞こえていなかったが、会話していたメリルの受け答えだけを聞いても、大まかな内容は把握できた。
ロイドが青白い顔で言った。
「メリル、今の話……俺の命を救うために、君は悪魔へ時間を捧げたってことか? 5年間消息不明だったのは、そのせいで……?」
「……出てきた悪魔が言うには、そうみたい……願い事の内容は叶った後に忘れてしまうそうだから、覚えてないんだけど……」
メリルもひどくショックを受けていた。
まさか自分が悪魔と取引を交わしていたなんて。
恐ろしいことだが、そのときは必死だったのだろう。愛する婚約者が死の瀬戸際にいて、とにかく助かってほしいと、藁にもすがる思いだったに違いない。
しかし、その代償は5年だ。
悪魔に捧げた時間を失い、戻って来たときには置いてけぼりだ。
当のロイドは他の女性と結婚し、家庭を持っていたのだから。
「なっ、何だよそれ」
声を震わせたのはキースだった。
「ロイを助けるために、メリルは悪魔に5年を渡した? 何だよそれ。じゃあ、お前のせいじゃねーか! メリルの失踪は。よくそんな平然としていられるな!? 責任取れよ!」
キースはそう怒鳴り上げ、ロイドに掴みかかった。
「5年だぞ、5年! 20歳から25までの貴重な時間だぞ! お前のために失って、戻って来たら、お前は別の女と結婚してお幸せに暮らしてるってよ、ふざけんなって思うぜ、普通!」
「やめて、キース!」
止めに入ったメリルだが、キースの言葉は綺麗ごと抜きのメリルの本心を代弁していた。
確かにふざけんなと思う部分もある。だけど、
「ロイがそうしてほしいって頼んだわけじゃないもの。私が勝手にーー」
そう、勝手にロイの拾った指輪を着けて、きっと偶然呼び出してしまった悪魔に、勝手に願いごとをしたのだ。
「責任は取るよ」
胸倉を掴まれたまま固まっていたロイドが、硬い声色で言った。キースが手を離す。
「俺の出来る範囲で、メリルの望みを叶える。メリルは俺にどうしてほしいか、よく考えて。また2人でじっくり話し合って決めよう。今はその指輪をどうにかすることが先決だ」
「お前、この期に及んでよくそんな冷静な……」
「キースも少し冷静になりなよ」
サイモンが見かねたように口を挟んだ。
「これは2人の問題という気がするね。キースは部外者だ。彼女の言うとおり、ロイドは彼女に犠牲を強いた訳ではないし、彼女の自己犠牲の結果、ロイドの現在があるのだとしたら、確かに感謝は必要だろうけど。でも悪魔に頼まなくても、ロイドは助かったかもしれないよね。手術後の生存確率は五分五分だったんでしょ?」
「なっ、お前こそ部外者のくせに。俺は2人の親友だぞ。それじゃあ何か、メリルは別にしなくても良かった余計なことをした、馬鹿だって言いたいのか? 怪我人の傷口に塩水塗りつけるような口を聞くなよ。たかが元クラスメイトが」
誰彼構わず噛みつく狂犬のようになっているキースにメリルは慌てた。
「やめて、キース。サイモンは『たかが元クラスメイト』の私たちを助けてくれたんだから。私のためにロイに怒ってくれているのは分かるけど、私も今はとても混乱してるの。落ち着いてからよく考えてみるわ。ロイの言うように……だから、ありがとう」
メリルの言葉に、キースも落ち着きを取り戻した。
「悪い……つい、かっとして。サイモン、助けてくれてありがとうな。感謝してる」
「いえいえ、どういたしまして」
サイモンは余裕の笑みを返した。
「ってことでとりあえず、場所を移動しない? 移動しながらでも話は出来るし」
「移動? せっかく部屋を取ったんだから、少し休んでこうぜ」
「移動し続けた方が安全だって、ロイドが言ってたよね。僕たち、追われてるから」
「ああ、そっか!」
「けど、シャワーくらい浴びていきたいよね」
「だな。あー、新しい下着ほしー!」
「シャワー浴びたら、着替え買いに行こうか」
「おっ、そうしようぜ」
とりあえずの予定が決まった。どこまでいつまで逃げればいいのか不明だが、着替えは必要だ。




