悪しき力
電話を終え、レストランのテーブルに戻り、ロイドの話を聞くことにした。メリルの指輪についての話だ。
「その指輪は、俺が5年前に拾った物だ。士官学校での実地訓練中、事故に遭った日に」
ロイドの事故の件はメリルは初耳だったが、キースは知っていた。
「山中でのゲリラ戦想定の訓練中に、崖から落ちて大怪我したんだったよな。緊急手術して、一時は命の瀬戸際だったよな。よく回復したな。マジで良かったよ」
「ああ。その手術やその後のメリルの失踪で頭がいっぱいいっぱいになって、すっかり記憶から飛んでいた。拾ったときは、ヤバいものだと察したのに」
「この指輪が? どうヤバいんだ?」
「見たところ、ただのアンティークな指輪だが、指輪についているこの黒い石。この中には悪しきものが宿っている。俺は『気』の使徒だから、物に宿る思念を感じ取ることができる。物に触る度に感じてしまうと、日常生活で疲労するから、普段から感度は下げている。特別に強いものじゃないと感じないようにね。この指輪の石に触れたとき、眩暈がして吐きそうになったよ」
「ってことは、それだけすごく悪いものが憑いてるってこと……?」
メリルは驚いてゾッとした。メリルはこの指輪をずっと嵌めているのだ。外そうとしたときに石にも何度も触れただろう。
能力者でないメリルや、家族や、キースは何も感じなかったが、ロイドは眩暈と吐き気を覚えるほどこの指輪に嫌悪したのだ。
「呪いの指輪ってか?」とキースが言った。
「とにかく、すぐに外した方がいい物だと感じる。着けていると危険だ」
「どうして私が着けているのか、それが不思議なんだけど。ロイが山で拾って、その後どうして?」
「俺が拾って、とりあえず放っても置けないから、持ち帰ろうと思って、ベルトに吊ってある道具袋に入れたまでは覚えてる。その後滑落事故に遭って、気づいたら病院のベッドの上だった。想像するに多分、俺の荷物の私物は全部、同棲中で婚約者だったメリルに引き渡されたんじゃないかな。その中にこの指輪があって、着けてみたんじゃないだろうか」
全く記憶に無いことだが、メリルも想像してみた。
怪我で病院に運び込まれたロイドの荷物を受け取り、その中から見覚えのない指輪を発見した。魔が差して、指に嵌めてみるかもしれない。
「それでメリルは指輪に呪われてしまって、失踪したってか?」
キースが半信半疑に言った。
「確かな事だとは言えないが、タイミング的にその指輪が関係している気がしてならない」とロイドが答えた。
「あの、本当に何も覚えてないんだけど、私、ロイドが訓練で大怪我をして入院している間に失踪したの?」
メリルは何よりそのことに引っ掛かりを覚えた。
愛する婚約者が不慮の事故に遭い、緊急手術をし、生死の境をさまよっているような時に行方をくらました?
とても薄情でひどい話だ。
一番大変なときに支えられず、姿を消しておいて、5年後に突然戻ってきたところで、ロイドの愛情が戻らないのは当然の報いだ。
むしろ、もっと嫌われていてもいい位だ。
なのにロイドは優しく、実家まで送り届けてくれた上、今も心配してくれている。
「ごめんなさい……」
「いや、謝らなくていい。あの頃の俺はまだ学生で、君はバイトで。生活は苦しくて。そんなときに俺が大怪我をして、君はすごく不安だったろう。実家とも俺のせいで疎遠だったし。1人で色々と抱え込んで、でも俺の前ではいつも笑ってて、無理させてたと思う。だから俺の入院がきっかけで、気持ちの限界が来たんだろう。俺が不甲斐なかったせいだ」
ロイドが苦しげに言った。
「だけど、その指輪のことを思い出して。その指輪が君の失踪と記憶障害に関わっている可能性がある。どちらにしろ、それを拾ったのは俺だから、俺の責任だ」
「ねえ」
と、これまで黙っていたサイモンが口を開いた。
「それがただの呪いの指輪なら、あんなに欲しがるかな? ペレス元大佐。人を殺してでも奪いたいほど、いいものってことだよね?」
もっともな言い分だ。
「僕は鈍感だから、その指輪から何も感じないけど、ロイドが感じるその『悪しきもの』って奴は、指輪の持ち主を呪うだけじゃなくて、きっと何かに利用可能なんだ。じゃないと欲しくないよ」
「確かに」とキースが大きく納得した。
「悪い奴が欲しがるのは、大体悪い力だもんな。けど大抵それで破滅するんだよ。ってのが大体悪役の定番じゃん」
「悪事に利用可能かもしれない。それは確かにあり得るが、それなら尚更、この指輪を着けていることは危険だ」とロイドが言った。
「んなこと言ったってよ、外せねーんだって。持ち主が死なないと外れないって。オッサンが言ってたんだろ」
「指輪の外し方については、指輪に聞いてみるといい気がするんだよね」
サイモンが言った。
「指輪に聞く!?」
「指輪の持ち主が呼び出せば、きっと応えてくれる。そうだな、静かな部屋でその石に触れながら目を閉じて、呼びかけてごらん。駄目元でやってみてもバチは当たらない」




