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脱出

車を下りると、足元には地割れが走り、上からはバラバラっと土が降って来た。

見上げると、亀裂の入った山肌が今にも剥がれ落ちそうになっている。崩落寸前だ。


サイモンが選択した逃げ道は水路だった。

断崖のガードレールを乗り越えて、海へ飛び込めと叫んだ。


「無茶苦茶言うな。ここから飛び込んだら絶対死ぬって!」


キースが叫び返した。


「大丈夫、絶対に助ける。僕は水の使徒のS級能力者だ。ほら行くよ、迷ってたらあれが落ちてきて死ぬ」


言うなりサイモンはメリルを抱き上げて、ひょいとガードレールを飛び越えた。


「えっ、ウソっ、マジかよ!」


ええい、こうなったら自分も飛び込むしかないと、キースは2人の後を追った。



気を失ったメリルが、はっと気付いたときには波間に浮かんでいた。

クラゲのようにぷにぷにした半透明の丸っこい、変わったボートに乗って揺られていた。

キースに寄りかかっていた頭を起こすと、キースがほっとした顔をした。


「メリル、気付いたか。良かった」


「キース……ここは?」


「サイモンが水の使徒の『能力』で創ったボートだ。助かった。俺たちが海へ飛び込んですぐ、土砂崩れが起きて……間一髪だった」


「ロイと、ペンションのみんなは……」


「分かんねえな。無事だと信じたいけど」


キースはそう言って前方をちらりと見た。サイモンがボートの進行方向を静かに眺めていた。

潮風になびく黒髪と飄々とした表情が、ボート全体がほんのりと青く発光しているため、ぼんやりと浮かび上がって見えた。


「どうかな」とサイモンは静かに答えた。


「ロイドはきっと無事だと思うけど、全員の安否は分からないな」


「なあ、お前のこの『能力』っていつから? 全然知らなかったんだけど。高校んとき、全然そんな感じじゃなかったじゃん」


キースが咎めるように言った。


「隠してたのか。人が悪いな」


「隠してないよ。俺も知らなかった。封印されてたんだよ。物心ついてないくらい、ガキの頃に」


ロイドやサイモンのように、生まれながらに特殊能力を持つ人間がいる。

通称『使徒』と呼ばれ、能力のタイプは4種に分かれていてる。気、土、火、水、だ。

幼くして能力が発現した場合、その力をコントロールできない子供も多い。その場合、家族が儀式を行い、能力を封印してしまうのだ。能力などないほうが幸せだと、一生本人に告げられないままのケースもある。


メリルは無能力者だが、身近にロイドがいたため『使徒』についての知識は人並み以上に持ち合わせていた。

大好きなロイドのことをもっと知りたい、理解したいと願い、図書館や資料館に通って使徒について調べた時期があった。

使徒は平均寿命が短いという論文もあって、心配になった。若くして亡くなったロイドの父親も使徒だった。


「へえ、そういうこともあるのか。久しぶりに再会した同級生が、イケメンスーパーヒーローに変身してるとか、マジでビビる。漫画みたいな展開だな。まあ、おかげで助かったよ。てかアイツ何だったの、あの覆面野郎。で、俺たちどうすんのこれから。大体、俺たち何で逃げたんだっけ?」


「殺されそうだったから逃げたんだろう。僕は変なのに追われてる君たちを見かけて、見捨てられないと思って一緒に逃げた」


「あの『変なの』ってあれ、一体何だ? 地面がボコボコって、うねって追いかけて来て」


「地の使徒の能力だね。かなりのレベルの。アイツだよ、黒い覆面の男。アイツはかなりヤバい。目的のためには手段を厭わない感じだ。頭のネジが何本か外れてるね」


「なんでそんな奴がロイドとメリルを狙ったんだ?」


「それは知らない」


キースに問われるまま飄々と答えるサイモンを、メリルは不思議な気持ちで眺めた。

本当に昔とは別人だ。同じクラスで気にはかけていたが、挨拶程度しか話したことはない。特に親しかった訳でもないメリルたちを、危険を顧みず助けてくれたという事実に、まず感謝の念を覚えた。


「サイモン、ありがとう。助けてくれて。キースも。ありがとう」


メリルがお礼を述べると、サイモンは「どういたしまして」と答え、キースは「当たり前だろ」と言った。「俺は今日は、お前の保護者なんだから」


「その、あの男が私を狙った理由だけど……言っていたの。指輪が狙いだって」


「指輪?」


メリルは2人に左手の指輪を見せた。


「これよ。ロイが拾った物らしいんだけど、何故か私が着けていて、その経緯は全く覚えてないの。記憶喪失だから」


事情を知らないサイモンには言いにくいことだったが、メリルは失踪のことも重ねて話した。

サイモンはじっとその話を聞き「大変だったね」と一言述べた。


「それにしてもその指輪、こう言っちゃ何だけど、そんなにすげえ価値があるようには見えないよな。てか、大事じゃないなら渡しちまえば?」


キースが言った。


「大事じゃないけど、外れないの」


メリルが言い、キースが指輪を外そうと試みたがやはり無理だった。

メリルは2人に言うべきかどうか迷った。あの目だし帽の男は、こうも言ったのだ。この指輪を外すには、指輪の持ち主が絶命するしかないと。


(だから本気で私を殺そうと……)


ゾクリと背筋が冷えた。

あの男は一体何者なのか。この指輪は一体何なのか。危険な物だとロイドは言った。ロイドは何か知っている様子だった。


(その話をするためにロイは来たんだわ。でも話を聞く前に、こんなことになってしまった。ロイ、どうか無事でいて)


「ん、メリル。どうした、寒いか? 夏とはいえ、夜の海だもんな。風邪引くなよ」


キースがそう言い、キョロキョロとした。何か羽織る物をと思ったが、上着も何もない。

サイモンが着ていた上着を脱いで、キースへ手渡した。

「大丈夫よ」とメリルは断ったが、サイモンは「僕は暑いくらいだから」とうそぶいた。



ゆらゆらと海面を漂い続け、やがてクラゲのボートは海岸へ辿り着いた。

田舎の漁港のようだ。小さな古い漁船が数艘、桟橋にロープで繋がれている。


「もう力が持たない。あの船で夜を明かそう」


サイモンが言った。能力も体力も眠気も、あらゆる生理現象が限界だと。


「何だよ、あらゆる生理現象って。急に生々しいこと言うなよ」

「トイレに行きたいってことだよ」

「ああそれな! 確かに」


不法侵入だが古い漁船に忍び込み、勝手に休むことにした。

漁師たちが港に出てくるよりも早く、出て行かないと騒動になる。サイモンとメリルに仮眠を取るよう勧め、キースは見張り役を買って出た。



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