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1話~クビになる話~

 僕は昔から誰よりも弱かった。

 とにかく身体能力がほとんど成長せず、どれだけモンスターと戦って経験を積んでも女神の祝福を得られない。

 だけど僕にでもやれる事はあった。それは囮役だ。あえて危険に身を置く事で経験を多く積み、且つ仲間の役にも立てる役割だ。

 僕のような弱者でも、訓練すれば逃げ回る事くらいは何とかできる。

 囮になって敵の注意を引いて魔法や弓を当ててもらう戦い方も、ようやく慣れてきた所だった。

 他に荷物持ち、買い物、料理、洗濯……役に立てるならと雑用はなんでも引き受けた。

 どうにかして自分の役割を見つけて、仲間の為にやれる事をやる……そう信じて戦ってきた。


「ライナぁあああああ!!!」


 仲間の一人、コーランの怒声が響き渡る。

 僕は今日、初めてミスをした。地面にぬかるみが出来ていて、足を取られて思い切り転倒してしまったのだ。

 目の前には逃げ回る僕にイラついているジャイアントオーガ。その手に持つ巨大な斧は、果たして僕目掛けて振り下ろされた。

 一瞬の大激痛、そして僕の意識は呆気なく途切れる事になった。

 みんなに迷惑をかけまいと必死に頑張ってはみたが、努力だけではどうにもならないという現実だけが残った。


「……ライナ。お前を今日限りで【勇気の剣】をクビにする」


 この通告を受けるのは時間の問題だったんだ。

 …………ああ、いつかこの日が来ると思っていた。思っていたのに、諦められなかった。皆の優しさに甘えて無駄に足掻き続けて迷惑ばかりかけてきた。

 いつかこの日が来るとは思っていたんだ。僕はずっと覚悟していたんだ。だからそんな苦しそうな顔をしないでくれ、お前にそんな顔をさせてまで頑張ろうとなんて思っていなかった。


「……分かった。今までありがとう、ロイ。君たちの冒険が健やかであるように願っているよ」


「ライナ、戦いの道が全てじゃない。人には向き不向きがある、お前には向いていなかったってだけだ」


 慰めるような言葉をかけてくれるロイだったが、彼は目尻に涙を溜めて鼻を啜っていた。

 泣きたいのは僕の方だと言うのにまったく、いつまでも情けない兄貴分を立ててくれる弟分だ。


「君が泣きそうになってどうするのさ? 僕が泣きながら出ていくものなんじゃない?」


「お前をクビにしなければならない俺の気持ちが分かるか!? お前は今日死にかけたんだから仕方ない、なんて話にはしたくなかったさ! でもこれ以上は見過ごせないんだ!」


「僕が悪いのは確かだけど、文句はいくらモンスターを倒しても全然成長できないようにした神様に言ってほしいなぁ」


 ロイの憤りが面白くて僕はクスクスと笑う。僕は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。いつまでもここにいては去るのが辛くなるばかりだ。


「……帰りは大丈夫か?」


「あのね、今日歩き始めた子供じゃないんだから、帰路くらい問題ないよ。家に帰って畑仕事でも手伝うさ」


「そうか。……たまに家に戻るよ」


「ああ、待ってる」


「皆には見つかるなよ。絶対に面倒になるから」


「はは、分かってるよ」


「……ライナ」


「君がなごりおしくなってどうするのさ!」


 引き留めたがっている空気を感じてそうツッコミ、僕は背中を向けて片手を上げる。そしてそのまま部屋を後にした。

 少しして室内から机を叩く音が聞こえた。僕の為に怒ってくれてありがとう、ロイ。


 外へ出ると大分薄暗くなってきていたが、何故か僕の心は晴れやかだった。

 思ったよりも気分が落ち込んで無いのは、ずっと覚悟をしていたのもあるがそれよりも……ようやく解放されたという気持ちがどこかにあるのかもしれない。今まで自分の実力以上に無理をしてきたからなぁ……。

 身体が軽くなったような不思議な感覚に、自分の手を何度も握ったり開いたりしてみたりする。

 ロイには悪いが、やはり僕には勇者パーティーは重過ぎたのかもしれない。

 これからどうしよう。家に帰るとロイには言ったものの、思う所はあるのでこのまま帰る気にはなれなかった。

 今まではロイ達におんぶに抱っこだったから、自分でも何か……何かを為せた証のようなものが欲しい。そうだ、初級ランクの上位モンスターを単独撃破しよう。時間はかかるだろうけど僕一人でも倒せる、と思いたい。

 そんな決意をして歩き出そうとした僕だったが、後ろから声をかけられて心臓が飛び跳ねた。


「あ~? なーに黄昏てんだ~ライナぁ?」


「怪我はもう大丈夫なんですか?」


 声の方へ振り向くと、良く知った二人がいた。一人は少女のような可愛らしい容姿とは裏腹に、間延びした乱暴な喋り口調に巨大斧を背負ったコーラン。もう一人は物語に出てくるような美しい聖女様がそのまま出てきたかのような僧侶のアマナだ。二人は小走りで近付いて来る。

 今まで一緒に冒険をしてきた二人とも、今日でお別れだ。そう思うと感慨深いものがある。しかしこれはマズイことになった……。すぐに移動しておけばよかった。クビになったとコーランに言ったら、ロイを引きずり出してきて僕共々物理的な説得が行われるかもしれない。

 何とか誤魔化してここから離れよう。僕はやや無理やり笑顔を作った。


「―――ああ、もう大丈夫みたいだ。寝てる間に治してくれてありがとう、アマナ」


「本当に心配したんですからね……。あんな無茶はもうしないでくださいよ?」


「うん。もうしないよ」


 上目遣いで可愛く怒るアマナに笑いかけると、コーランが僕の尻を蹴り上げた。かなり痛いが彼女は弱い僕にも容赦しない、それは彼女なりに僕を対等に扱ってくれている証だ。


「オメ~が弱ぇ~のが悪いんだぜぇ。肉食え肉、アタシゃ肉食って強くなったんだからよぉ」


「その割に身長は」


「よーし度胸だけは一人前だなぁオメェ」


 コーランは僕の首に腕を回してガッチリ拘束すると、ギリギリと締め上げ始めた。

 手加減はしてくれているけど苦しい……でもこれで最後だ、今日だけは大人しく受け入れよう……。


「あ~? んだテメー、抵抗しろよなぁこれじゃアタシがイジメてるみたいじゃね~かよぉ」


「みたいというか、そのものでは? ほら、離してください。完治はしていますが、まだライナの体力は万全では無いんですから」


「へ~へ~。オラ早く宿に入れや、風邪引くぜぇ」


 コーランはそのままの体勢で僕を引きずっていこうとする。相変わらず小さな身体のどこにこれだけの力があるのか不思議だ。

 いつものように引きずられて行きたい所だが、僕はもう勇者パーティーではない。

 降参するようにコーランの腕をパシパシと叩く。


「いや、ごめん。実はちょっと買い物に」


「ダメだ」


 遮ってピシャリとコーランが言い放った。背筋に寒気が走る。

 何故かコーランはモンスターを見つけて臨戦態勢に入った時の雰囲気を漂わせていた。


「アタシらは仲間だろぉがよぉ、こんな時くらいアタシら頼ってくれても良いんじゃねぇか~?」


「いや……」


「お前ロイの奴に勝手にクビにでもされたんだろ? でお前は受け入れた、違うか?」


 僕は呆気に取られてしまった。コーランの勘の鋭さにはいつも驚かされてきたが、この少しの間だけでそこまで正確に察するとは思わなかった。いつもは仲間として頼もしく思うが、こっち側に回る日が来るとは思わなかった……こんなに恐ろしいとは……。

 コーランを見ると、獲物を生け捕りにして「さぁどう料理してやるか」と考えているような瞳をしており思わず竦み上がる。

 それを聞いていたアマナは声を上げた。


「え? そ、そうなんですか? ライナ?」


「…………いや、そんなこと」


「アタシに嘘は通じないし、嘘をついたらロイ諸共川に沈めるからな」


「勘弁してくれ……」


 コーランの追撃を受けて僕はアッサリと白旗を上げた。こうなったコーランを止める手立ては無いし、そもそも僕ごときが敵う相手ではない。

 だがここで引き下がる訳にはいかない。僕もロイも納得したことなんだ。


「コーラン、僕はちゃんと納得して受け入れたんだ。それに今日、僕」


「アタシが納得してねーからナシだ」


 またも力強く遮られてしまう。まったく聞く耳を持ってくれない、これは本気で怒っている時のコーランだ。


「当然私もです! 貴方は確かに戦う力はありませんが、それでも私達の大切な仲間です!」


 珍しくアマナも言葉尻に怒気を含めていた。

 二人に出くわしたのは運が悪かったな……ロイにはまだ迷惑をかける事になりそうだ。

 抵抗する事を諦めると、僕を引きずったままコーランは宿の扉を蹴り開けた。


「ロイ!! 今すぐ出てきやがれ!!」


 宿全体を震わす程の怒声。店主と、食事をしていた冒険者が全員床に転がった。

 少ししてからドタドタと慌てたようにロイが階段を駆け降りてくる。

 そして僕と視線があったロイは、全てを察したように顔を歪めた。


『なにやってんだ馬鹿』


『出てすぐ見つかった』


 視線で一瞬意思疎通をし、ロイは一つ咳払いをした。


「他の客に迷惑だろうが」


「うるせぇ。テメーなに勝手なことしてやがんだ」


「命令だ、ライナを離せ」


 ロイも珍しく威圧的に言葉を放った。

 それに数秒沈黙したコーランは、ゆっくり腕の力を緩めて僕を解放する。

 しかし怒りはまだ収まらない。


「で? 仲間に黙って仲間クビにして追い出すとか、フザケてんのか?」


「フザケてなんかいない。俺達は友達ごっこをしている訳じゃない、世のために魔王を討ち果たす事を誓ったパーティーだ。ライナがそのメンバーに相応しくないのは、本人含めて全員理解していた事だろう。今日、それで重大な問題が起こったからクビにした。上から下まで筋の通った話だ、違うか?」


「アタシらに黙ってやっといて筋が通ったとかホザいてんじゃねぇぞコラ。そいつぁ全員で話し合って決める事だろうが。ここにゃローラもマイトもイアドンもいねぇ。どこに筋通してんだっつってんだ」


「お前らが反対する事は分かっているからな、悪いがやらなければならない事はする。それがリーダーだ」


「この野郎……」


 口論の末に無意識にだろうか、コーランが背中の斧に手をかける。

 それに気づいたアマナがコーランの前へ出た。


「落ち着きなさいコーラン。……ロイ、私も納得できません。確かに今回ライナは危うく命を落としかけました。でもそれはライナがいつもより張り切ってしまった結果で、今までは何の問題も無かったではないですか」


「……これからもそうだという保証が無いだろう。ライナはトキウサギ一匹すら倒すのに時間がかかるんだぞ。これから強い魔物がどんどん現れる、いつまでも守りきれないかもしれない」


「それはそうですが……」


「自分の身を自分で守れない冒険者が、この先も生きていける訳がない。アマナはライナを殺す気か?」


「そんな事は言ってません!」


 僕の意思を無視して徐々に場がヒートアップしていくのを感じる。

 二人が僕を大切にしてくれている事は嬉しいのだけど、喧嘩を見たくてパーティーを離脱しようとした訳ではないし、当の本人が蚊帳の外にされるのは駄目だろう。


「ちょっと待ってよ三人とも。ロイ、君が僕の事を本当に心配してクビにしてくれたのは理解しているけど、そんな言い方で二人に伝わる訳がないだろう?」


「う……」


「コーラン、仲間内で武器を持ち出すのは明らかにやり過ぎだ。僕の事を本当に思ってくれるなら、ちゃんと話し合おう。僕達が悪かった、黙って出ていこうとしたのは最低な行為だったよ。君達に甘えたくなかったんだ」


「……チッ」


「アマナ、ローラ達に集まるよう連絡してくれる?」


「え? は、はい! 分かりました!」


 僕の指示を受けてアマナは首を傾げたが、すぐにここにはいない三人に魔法で念話してくれる。

 ロイは僕に聞いた。


「ライナ、何を?」


「決まってるだろ? 意見が割れたこういう時は【勇者会議】だ」




 宿屋の店主が「勇者一行の一大事だから」と食堂を貸し切り状態にしてくれて奥に引っ込んでいってくれたので、僕たちはお言葉に甘えて他の三人を待った。

 三人はものの数分で集まってくれた。


「いきなり呼び出してごめんね、三人とも。今から第8回勇者会議を行うよ」


 僕は三人に謝罪してから会議開始の宣言をした。


「今日の議題についてはロイ、君から頼む」


「ああ……ライナを勇者一行から離脱させるかどうかについてだ」


「は? なにそれ」


 それを聞いて意外にもローラが真っ先に口を開いた。

 怠そうに自身の髪を弄っていた手を止めて、ロイ、それから僕を見る。僕はローラに頷いて見せた。

 続いてマイトも驚きの声をあげる。


「本気なのですか? ライナをクビに?」


 イアドンも静かに口を開く。


「……今日のことで?」


「そうだ。皆も知っての通り、ライナの戦闘能力はほぼ皆無だ。それでライナは今日死にかけた。これ以上ライナを危機に晒すのを俺は認められない。だから俺はさっきライナにクビを伝えた、俺の考えは【賛成】だ」


「今までどんくれぇライナに助けられてきたんだぁ? 戦闘で役に立たねぇ分以上の働きをしてくれたライナによぉ、やっぱ戦えねぇから出てけってふざけんなって話だろうが。アタシは当然【否定】ぇだ」


 賛成に入れるロイに言い返してコーランが否定に入れた。

 勇者会議は、昔から意見が分かれた時に話し合って賛成と否定に入れ、多く票が入った方を選択するという決めごとだ。選択に不服があっても文句を言ってはいけないというルールもある。

 本来ならもう少し会話をしてからどちらかに票を入れるのだが、二人の意思は固いようだった。


「ロイさんの言いたい事は理解できます……私も今日、ライナさんが死んでしまったと思って……うっ……」


 マイトはあの時の光景を思い出してしまったのか、そう言いながら口元を抑えて涙を流した。

 マイトは法術僧だ。身体能力を上げての近接戦闘を得意としている。しかし涙もろく、ちょっとした事ですぐに泣いてしまう心優しき修行僧である。


「ライナさんにはいつもお世話になっています……戦闘は苦手ながら、今まで旅に大いに貢献してくださいました。誰もが気付かないような事に気付いてくれる大変暖かい人で……ええと……私はその……有り難いと同時にいつも不安でした。ライナさんのような方が失われるのはとても悲しい……うぅ! 私は! 非常に悲しいです! ライナさんのような優しくて気遣いも出来る人には、是非教会に入って子供たちや人々の心の支えになってもらいたいと常々考えていました!」


 話しているうちにヒートアップしてきて、勢いよく立ち上がりながら強く熱弁するマイト。

 その情熱に少しだけ、「それも良いかもなぁ」なんて僕の心が揺さぶられた。


「マイトさん、どうどう」


 アマナに諭されて、「すいません!」とマイトが腰を下ろす。

 次はアマナの番のようだ。


「……私は正直、初めてこのパーティーに合流した時に何故ライナさんのような人がいるのだろう? と疑問に思いました。すいません、悪気があった訳ではなく……誤解しないでくでさいね? ロイさんとマイトさんとイアドンさんがいて、皆さんがそれぞれ戦う力を有していました。でもライナさんは神からまったくと言っていいほど祝福を与えられておらず、それでも前線で戦おうとするそのお姿に私は何度も声をかけようとしました。「向いていない」「危ない」「辞めた方が良い」と。でもライナさんは必死に頑張っていて、誰よりもパーティーの役に立とうと努力をしていて……戦う力が無くてもライナさんはこのパーティーに無くてはならない人だと思うようになりました。自分で戦えないなら、と他の方を活かす戦術を積極的に取り入れたり、戦闘で役に立たないからと雑事を引き受けたり……。今日、確かにライナさんは大怪我をしました。これから先、ライナさんを守りきれない事はあるかもしれません。でも、私達にはライナさんが必要だと思っています。特に……ロイさんに」


「……俺は兄離れできないガキじゃないぞ」


「騙し討ちのような形でライナさんをクビにしようとした事はどうかと思いますが、貴方が誰よりもライナさんの身を案じているのを知っています。ですが、今ここでライナさんをクビにして……本当に大丈夫ですか?」


 ロイは何も答えずに俯く。

 勇者パーティーのリーダーであるロイは、まだ若い身ながら相当の実力を有している。魔王を倒すのでは、と噂されるようになって長いが、ロイはまだ16歳なのだ。精神的には成長の余地が多分にあった。

 幼い頃から一緒にいた僕はロイにとって、自惚れでなく大きい存在なのだと思っている。昔からロイは何かあればまず僕に頼る癖があった。最近はそういう面を出さないようにしているようだが、時折弱音を聞いたりもしている。

 アマナはその事についてロイに尋ねているのだろう。

 ロイからの返答を貰えなかったアマナは、次の人に譲った。

 次はイアドンが話し始めた。


「…………俺は、以前ライナに言った。俺は、弱いものが傷付かない為に戦士をしている。ライナの存在は俺の流儀に反する。でもライナ、俺でも勝てない所があった。ライナは強い、心が強い。だから俺、ライナを戦士と認めた。……今のライナ、心が折れてる。強くない。戦士でなくなった。それは優しさからだ。……でもライナの作る飯は美味い」


 イアドンは僕を気遣うような視線を向けて口を閉じた。

 普段は物静かであまり話さないイアドンがここまで話すのは初めてだったのでビックリしてしまう。

 イアドンは屈強なドロイ族の戦士だ。ロイに挑み、接戦の末に負けて仲間になった事を昨日の事のように覚えている。

 最初イアドンは「ロイのような軟弱な男は認めない」と激怒していた。それは侮辱というよりも、「こんな子供達に世界の命運を預ける奴らが許せない!」という気持ちが強かったようだ。

 でもロイの力を認め自分も力になりたいと仲間になってくれた。自称勇者パーティーの記念すべき最初の仲間だった。

 その夜、僕はイアドンに呼び出されてハッキリと「お前は戦いに向いてない」とストレートにそう言われた。それに思わず爆笑してしまったのもいい思い出だ。

 イアドンが終わり、次に口を開いたのはローラだ。


「……はぁー……正直こういうの怠い……。別にどっちでもいいし……。ってか前からライナは戦えないって分かってたのに、それでも一緒に行きたいって言ったのはロイじゃんね。ライナが死にかけて「やっぱクビ~」ってクソダサ。ライナってお荷物を私達に抱えさせるだけ抱えさせて、ビビって捨てるとか勇者としてどーよ」


 ローラはいつも気怠そうにしていて、口を開くとトゲだらけの言葉を放つ。

 魔法の研究に熱中していて「世界に興味が無い」と断言していたローラを、「新しい魔法の発見が出来るかも」と僕たちが連れ出した。当時の僕達は物理耐性を持つ敵に行く手を阻まれていて、魔法を得意とする人間がどうしても必要だったのだ。

 最初は不安もあったが、ローラは雰囲気に反して意外と周りを気にしている所がある。

 ちょっとした雑談を覚えていて、それがダンジョン攻略の糸口になったりしたこともあった。

 ローラの意見にロイが反論しようとしたが、ロイは何かに気付いたような表情をして言葉を飲み込んだ。

 なんだろう? 僕もローラを観察してみる。


「最初から全員無理だって分かってたのに引きずり回してさぁ、本当不憫だわ。その無駄な時間を別の事に充てれば得意な事の一つや二つ見つかったかもね」


 ……なるほど、そういう事か。僕への待遇で不満を述べるなんて、普段のローラなら絶対に言わなさそうな事だ。

 ローラの性格的に肯定か否定かを言うだけで終わらせるのだが、今日はかなり自分の意見を言っている。「ローラならそう言うかもな」に気を取られて、そもそもローラが意思表示している不自然に気付いていなかった。

 今ローラは僕に同情し、ロイを非難している。

 ローラとは数年の付き合いだが、ここまで明確に意見を言ったのは出会った時にしつこく勧誘する僕たちに「そもそも世界を救うとか面倒」というような事を数十分に渡って演説した時以来だ。

 僕の視線に気付いたローラは、軽く舌打ちをして目をそらした。


 とりあえず全員の意見は出揃った。

 あとは意見をぶつけ合って最終的な評決を取るのがいつもの流れだが……今回は全員が割と立場がハッキリしてしまっているし、そのどれもが僕を思ってのものだったのは皆分かっているだろう。

 皆の視線が自然と僕に集まる。僕の意思も聞きたいようだ。

 僕は小さく頷いた。


「……皆ありがとう、本当に嬉しいよ。僕には勿体無い仲間たちだ。……でもだから、僕はやっぱりここで別れるべきだと思う」


 僕の意見にアマナが反論しようとしたが、僕は手を上げて制した。


「今日の事は運が悪かっただけ? 僕は逆だと思ってる。今まで上手くやれてたのが「運が良かっただけ」なんだ。強いモンスターと遭遇して、僕は運良く生き残った。努力すればまだ役に立てると思っていた。でもそうじゃなくて、本当に、ただ運が良かっただけだったんだ」


 何度も危ない場面はあった。でも運良く誰かが助けてくれたり、モンスターの攻撃が外れたから僕は生きているんだ。

 誰かが一人欠けてたら、僕はここに来るまでのどこかで大怪我をしていただろう。

 イアドンだけは同意するように深く頷いた。


「ライナが生きてるの、幸運。ライナが今日まで無事だったの、偶然」


 イアドンがそう言うと、コーランがイアドンを鋭く睨みつける。イアドンは目を閉じた。


「へ~へ~運だ偶然だそれがなんだってぇんだ? 運でも偶然でも生きてこれたのはこいつの実力だろぉが」


「僕が一番怖れてる事は僕が死ぬ事じゃないんだよ。僕のせいで、誰かが死んでしまうかもしれない事が怖いんだ。今日の事で思い知ったよ。君は本当に優しいね、コーラン」


「な、なんだよ……」


 さっき僕が足を滑らせて転倒した時、僕が気絶する間際。コーランが怒声をあげながら、隊列を無視して僕の方に駆け出して来るのが見えた。

 今日まで気付かなかった事だけど、コーランは僕を誰よりも心配してくれていたんだ。その理由に思い当たる事はあったが、今はそれは関係の無い事なので口にはしない。

 コーランだけじゃない。ロイもイアドンもその時が来たら僕を守ろうとするだろう。

 僕がいなければ生還出来たのに僕のせいで死亡してしまう可能性があるという事だ。そんな事絶対にあってはいけない。

 だから僕は卑怯だとは思いながらも、コーランにこう質問した。


「一つ質問させてくれ。君は武器を落としてしまった、目の前には強大なモンスター、後ろに僕を庇ってる状況だ。武器が無ければ勝てないモンスターを前に、君一人なら逃げる事は出来るかもしれない。そんな状況で君は僕を見捨てられる?」


「………………………………………………ざけんな」


 悔しそうに呟くコーラン。これで大勢は決した。

 僕は全員の顔を見渡して告げた。


「他に何かなければ、今回の議題に肯定するか否定するかを決めてくれ。コーランとロイも改めてお願い」


「俺は変わらない。【肯定】だ」


 ロイは意見を変えずに肯定にいれた。


「……私も【肯定】に入れます。非常に悲しいですが、ライナさんの事を考えればそうするべきでしょう……」


 マイトは肩を落としながら肯定にいれた。


「【肯定】だ。戦う力、無いものは、守られるべきだ」


 イアドンは握りこぶしを突き出しながら肯定にいれた。


「…………【肯定】。向き不向きの問題でしょ」


 ローラは面倒くさそうに背もたれに体重を預けながら肯定にいれた。


「私は……それでも、【否定】に入れます。このパーティーには、ライナさんの力は絶対に必要なんです」


 既に肯定派が多数なのだが、アマナはそれでも僕を必要としてくれて否定にいれた。

 最後のコーランは、俯いたまま唇を噛んで何も言わない。

 僕たちはコーランの言葉を待った。


「……………………【肯定】だ。勝手にどこにでも行っちまえ……」


 僕は笑顔でコーランの言葉を受け入れた。

 そして僕も票を入れる。


「【肯定】に入れる。アマナの気持ちは嬉しいけど、やっぱり僕は今後の戦いにはついていけないだろう。これで終わりだ。賛成多数で、正式に僕のクビを決定とする。みんな、本当に今までありがとう!」


たまに見る「クビになる」系の作品ってば、自分の見ている範囲だと大体仲間がクズで主人公がいなくなると何もできなくなる奴ばかりだったので、いっそ主人公が本当にお荷物だけど仲間に愛されてた、っていう展開のものが見たくなったんですが、見つけられなかったので自分で書いてみました。

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