45話 復活
すると、メーリン様は僕の差し出した手を握り、笑顔でこちらを見た。
「よろしく」
そう言うと、彼女は僕の手を離し、お茶美味しかったよと、清々しい笑顔だで部屋を後にした。
静寂を取り戻した部屋で僕は少し思考を巡らせた。そして、己の声が静かな部屋に響き渡る。
「まさか、乙女ゲームの裏設定とかじゃないよな?」
パッと閃いたから出た独り言だった。
正直、僕は乙女ゲーム自体やった事はないし、この世界の事もアリスが言わなかったら異世界くらいしか思っていなかった。実際、この世界は乙女ゲームそのものなのだろうが、その乙女ゲーム『魔法の国のアリス』をプレイしたわけじゃないので詳しい訳じゃない。
そこで、思い至ったのが、このメーリン様が実は“女”というのは乙女ゲームの設定に含まれているのだろうか?という問いだ。
アリスの話によるとメーリン様はれっきとした攻略対象だ。そうすると、ゲームとこの世界には大きな差異が生まれていることになる。となると、メーリン様の件は裏設定か、本来なかったこの世界独自の内容になる。もしくは、僕やアリスの様なイレギュラーかだ。
もし、そのイレギュラーだったのなら、そして、『魔法の国のアリス』のプレイヤーならこの世界の結末をより一層深く知ることが出来るのではないかと僕は思う。
僕は、お嬢様を破滅させない為に少しでもフラグは折っておきたいし、可能性は取り除きたい。だからこそ情報が必要なのだ。なにせ、アリスの話には穴がいくつかあって分からない所も多々あるのだ。だから、彼女がイレギュラーなら話をしないといけない。
しかし、アリスにバレた時の様に『いただきます』に反応した様には見えないし、彼女がイレギュラーだという可能性は低いだろう。
そんな事を考えながら僕は机に向かい現状把握の為に書いている日記を書き始めた。
翌日、いつもの時間に起きて部屋の掃除をしているとフィンがエイダン様を連れてやって来た。
「ヴェル、ダーシー嬢の処分が終了した。君の体調ももう大丈夫だと医者から聞いている。問題ない様だったら今日から外へ出ていいよ」
フィンは笑顔でそう言った。
「はい!もう元気が有り余ってる程ですので、今日からまた学校へ行きますよ」
そう言うと、エイダン様は普段動かない表情を少し歪め、
「あまり無茶をするなよ」
と言った。エイダン様はよくクールだなんて言われているが、実際のところ表情筋が硬いだけでとても優しい心の持ち主だ。だから、フィンの護衛に選ばれているのだが、本人は気づいていない。
「はい、無茶してまたお嬢様に心配かける訳にはいきませんので」
僕は自重気味に答えた。
フィンとエイダン様が帰った後、僕は素早く制服に着替え、寮の外に出た。久しぶりに外に出られると思い大きく息を吸って門の前に立っていた。すると、そこにお嬢様とメイドのマリーがやって来た。僕は驚いて声を上げた。
「お、お嬢様!」
僕の声で気がついたのか、お嬢様はバッと顔を上げ、驚いた顔をしてこちらに向かって走って来た。
「ヴェル!とっても心配したのよ!魔力がないのに私を庇うなんて、バカなの!」
そう言いながら、お嬢様は僕に突進して来た。勿論痛くも痒くもないのだが、お嬢様は僕の胸をポカポカと叩いた。
「心配をお掛けして申し訳ありません。しかし、お嬢様を守る事も従者である僕の役目です。そこはご了承下さい。ですが、お嬢様の安全を確認できていないまま気を失ったのは僕の落ち度です。弁解の余地は有りません」
そう言って頭を下げると、お嬢様は瞳を濡らしながら小声で、
「ヴェルが無事ならいいわ」
と言った。その顔は少し赤みを帯びていて、とても艶やかであって、それでも尚可愛らしい。不覚にもドキッとしてしまった。従者として顔色を表に出さない様に訓練しているから顔に出ないが、その代わり耳が熱くなっていくのが分かる。心の中で『お嬢様の従順な下僕』と繰り返し平常心に戻す。
「さ、お嬢様そろそろ学校へ向かいましょう。でないと、始業のチャイムが鳴ってしまいます」
僕はいつもの顔をしてお嬢様に言う。すると、お嬢様もいつもの表情に戻り、
「じゃあ、行きましょう」
と言って、歩み出した。そして、僕はその後ろを当たり前の様に歩く。
こうして、僕らの日常は戻ってきた。そう思ったのも束の間、僕らは聞き慣れた声に反応し、歩みを止めた。
「姉上!ヴェル!」
声の方に目を向けると、そのにはここにいるはずのない人物、坊ちゃんことノア様が立っていた。
久々のノアです笑




