聖夜に魔法の一粒を
この短編は、アンリさまの活動報告(12/24/2019)のお題の続きです。
クリスマスイブなのに、広いオフィスにふたりで残って残業している男女のお話です。
先に、下記のURLの内容を読まれてからお読みいただくことをおすすめします。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/613731/blogkey/2470554/
「たとえばこれ、なんだと思う?」
私は残業のお供にいつもデスクに置いている代物を一粒つまみ上げ、そして、宝石を鑑定するかのように高々と持ち上げて、谷口君に見せつける。
静まり返ったオフィス。
既に、この広いフロアに残っているのは谷口君と私だけになっていた。
聖夜の魔法を使うには丁度いい。
「ただのチョコレートですよね」
谷口君は首をかしげながら、見たままのつまらない現実を口にした。
「その通り、見た目はね。でも、これは実は魔法のチョコレート。食べて願いを言うと、その願いが一瞬だけ叶うの」
「ぷふっ。魔法のチョコレートって、なんですか。桜田さんらしくないですよ」
噴き出した谷口君を軽く睨みながら、私は席を立ち向かい側へと移動した。
「じゃあ、試しに食べて願いを言ってみたら?」
私は、谷口君を深く見つめながら、彼の目の前にチョコレートを差し出した。
ーーまずい、早くしないとチョコが指にベッタリついちゃう。
「え? 食べさせてくれるんですか?」
谷口君は何度か瞬きを繰り返し、視線を泳がせると曖昧に笑った。
私は口角を上げ、笑みを作って頷いた。
すると谷口君は、少し恥ずかしそうに、緩りと口を開けた。開いた彼の口の中に、チョコをポイっと入れてやる。
ーー意外と歯が綺麗。歯並びも良いし。
私はそんなことを思いながら、チョコの付着した指先をペロリと舐めた。
谷口君は唇を閉じてムニュムニュと口を動かすと、私をじっと見ながらゴクリと喉を鳴らした。
「この流れからすると、願いを言って信じれば、叶うんですよね」
「……」
私は、微かに眉を動かしただけ。彼の言葉にはまだ応答しない。
「桜田さんとキスがしたい」
ーーえ、、、?
耳を疑った。
椅子に座ったまま、私を探るように見上げたままの谷口君。
彼の前で、彼を見下ろし突っ立ったままの私。
どのくらい見つめ合ってしまっただろうか?
忘れかけていた甘い感覚のようなものが胸に押し寄せて来て内心焦る。
魔法は……。
「ほらね、叶うはずない」
谷口君が諦めた口調でそっぽを向き、口を歪めた。
それで我に返るとは、私もまだまだ……捨てたもんじゃないかもね。
私は無言で彼の両肩に両手を置くと、その口めがけて自分の顔を急降下させた。
谷口君が目を見開く。
「え? まじで!?」
お互いの視界がぼやける辺りまで、顔を近づける。
が、谷口君が目を瞑った所で、私は屈めていた上体を起こし、押さえていた彼の両肩を離した。
ーーこんな展開、恥ずかしすぎるし。
薄目を開ける谷口君に、
「残念~、魔法は一瞬って言ったでしょ。谷口君たら、叶うはずないとか、マジで? とか、結局信じなかったし」
魔法の終わりを告げる。
「ず、ずるいですよ~。期待させておいて!」
谷口君はおもむろに椅子から立ち上がると、ぐるっと私の席まで走って行って、チョコレートの箱を開けて中を確認している。
「あはは、またしても残念。チョコレートは今のが最後の一粒でした~。もう魔法は使えません」
がっくりと肩を落とす彼の姿に、仕事で疲れていた私の心は癒された。
「さ、早く仕事を終わらせて、飲みにでも行こう!」
「へいへい」
谷口君の、軽いノリの返事にホッとする。
私のこんなイタズラも、不機嫌にならずに彼は受け流してくれる。
ーー何か物言いたげにこっちを見てる?
「……杏璃さん、俺、神様もサンタクロースもあなたも信じることにします」
ーーん? 杏璃さん……て、なんで名前呼び? それに、その突然の信じます宣言は何?
まあ、嘘でも私とキスしたいって願ってくれて、ちょっと嬉しかったよ、後輩君。
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そのあと、谷口君が桜田さんを熱い目で見ていたことに、彼女は気が付いていないんですよね。
お約束(笑)
そして、クリスマス残業の後、ふたりで飲んでいると、まわりがみなカップルなのでこの際自分たちもカップルになりませんかとか、谷口君が桜田さんを熱心に口説き始めるのです。クリスマスだから、やっぱりキスもしたいとか。
面食らう桜田さん。
アンリさま、お題をありがとうございました。
お言葉に甘えて、このような形で投稿させていただきました。(←今ごろ(^_^;)
そして、勝手ながらお名前をお借りしました!
アンリさまの純文学的な作品を、現実恋愛にしてしまい、しかもこんな季節外れに失礼致しましたm(__)m
お読み下さったみなさま、どうもありがとうございました。